35時間目 煙下に舞うは翼の乙女
アユムがイフに敗れて可能性世界へと飛ばされた直後、彼女の危機と自分に対する焦りを隠し切れないルーダは弓矢を片手に戦地へと急行し、時計塔に降り立った。
「見つけたわよ……銀髪女!さっきは煮え湯を飲まされたけど、今度はやらせないんだからね!」
「あら……てっきり魔王が来るかと思ったのだけれど……違ったわね」
「アンタなんかアユムと戦う必要なんて無いわ!代わりに……アタシがアンタを倒す!」
ルーダは翼を大きく広げると目の前に炎の輪っかを生成し、その中から隠していた弓を取り出した。
「剣と弓、遠と近……決定的な差はあれど、実力で押し切らせてもらうわ!」
「同じ手は使わせないっての!」
ルーダは後ろへ下がりながら無数の弓を放ち、更に矢が着弾した場所からは踊り狂うように炎が噴き上がった。
「蠢け壁よ!」
ルーダは追い打ちをかけるように短い小節の呪文を叫び、発生した炎による動く壁を生成した。
「小癪な真似を……なっ!?」
「弓は遠距離の武器って決めつけないでよねっ!」
ルーダは動く壁や自身に生えている翼を上手く利用して素早くイフの背後に回り込むと、上下の弦で彼女を殴り飛ばした。
「分かれて燃やせ、踊り火の矢の雨っ!」
ルーダはさらに複数の矢を放ち、それに合わせて魔術を矢に付与し、それを火の雨としてイフの周囲に降らせた。
「ぐっ……さっきよりも手数を増やしてきたわね。でも残念、私は魔女だから」
「魔女だから何よ……っ!?」
イフは確かに火の雨や未だ健在の動く壁に翻弄されていたが、自身の権能を使ってルーダの翼を背中諸共一閃した。
「い……ったい……」
「フフッ、ごめんなさいね……私はあらゆる手を使ってでも勝ちたい主義だから」
「ち……くしょおおおおお!」
ルーダの絶叫と共に突如として大爆発が起き、時計塔もろともイフは吹き飛ばされてしまった。
「馬鹿な……翼人如きに爆破の魔術が使えるはずない!どうしてだ!」
「アタシはねぇ……アンタの顔に嫌って程見覚えがあるの……3年前にアタシの村で内乱を誘発したのはアンタでしょ!アタシは全部知ってる……お兄ちゃんがお父さんを殺したのも……アンタがお兄ちゃんに余計な事を吹き込んだからでしょうがぁぁあ!」
ルーダは背中の痛みなど忘れたかのように起き上がると、抑えきれない怒りを爆発させながら炎に包まれた弓を近接武器の代わりとしてイフに肉迫した。
「嘘だ……魔女たる私がこんな怒り狂った女なんかに……!」
「アタシは復讐なんてしたくない……でも、自分の不甲斐なさが招いた悲劇の元凶が見つかった今だけは……復讐の鬼としてアンタを倒す!」
ルーダの背中から未だに流れ続けていた血はいつの間にか一対の翼へと変化していた。
「アタシの本名を教えてあげる……アタシの名前はガルダリア·カルネイド、〈剛火〉の魔王グゥリルの……娘よ!」
ルーダが自身の本名を明かした次の瞬間、彼女の周りを巡っていた炎が一斉に彼女を包み込むと同時に彼女の外見そのものを大きく変化させた。
「魔王の娘……だと。そんな程度の大事に私が怖気づくとでも思ったかぁぁあ!」
「フィリアちゃんに怖い思いさせて……目の前で大切な人を奪うような事までして……そんなアンタには死よりも苦しい火炙りがお似合いよ!唸れ、炎獄!」
ルーダの渾身の魔術が発動し、イフの周囲を灼熱の火柱が囲い込むとそのまま彼女は炎そのものに飲み込まれた。
「認めない……私が負けたなんて……」
「これが……アタシのぉ……本気だぁぁあ!」
ルーダは自身の魔力全てを矢に込めて火だるま同然のイフに向かって放った。
一瞬の静寂の後、悍ましい断末魔の叫びを伴って虚無の魔女は最期の時を迎えたのだった。
「ゲホッ……」
「ルーダさん!ルーダさん、しっかりして下さい……」
「えへへっ、女神を友達に持ったんだもん……これくらいはカッコつけさせてよね」
ルーダはフィリアに抱きかかえられながら弱々しく呟いた。
「ついこの間アユム様に無茶をしないでと言ったばかりなのに……皆して無茶をするなんて酷いです、酷過ぎます!」
「あはは……ごめんね、ホント。アタシったら、もう立つことなんて無理だから学園まで一緒に帰ってくれる?」
「本当にしょうがない人ですね、ルーダ3は。帰りましょうか、私達の学園に」
同じ頃、街の中心地では被害が拡大するだけで魔王達がジリジリ通され、遂に首の皮一枚繋がっているのみの所まで追い詰められていた。
「良くも……我が見守りし街を汚してくれたな……下郎共ぉ!」
「グゥリル殿、あれを……!?」
満身創痍のグゥリルやオルカの頭上に突如機械的な魔法陣が展開されるのと同時にそこから渋く光を反射する鋼の槍が飛び出し、2人を追い詰めた巨人の核を貫き、破壊した。
「おいおいマジかよ……やっとお出ましか」
「時間など関係ありません、来てくれるだけで心強いですよ……」
「俺が来るまでよく戦ってくれたな……ここからは俺も本格的に混ぜてもらおうか」
轟音と倒された巨人が崩れた際に起きた砂埃を振り払いながら黒き鋼の仮面を着けた魔王が舞い降りてきた。
「だったら、我らもここから仕切り直しといこうじゃないか!」
「先生の為、先生の守りたいと願う者たちの為……この身を投げ打つ所存です!」
「そうか……なら、俺に合わせず個々に全力を発揮しろ!」
「うむ!」
「先生がそう仰るのなら……そうするまでです!」
この瞬間から再び死闘の幕が上がったのだった。