34時間目 戻るべき日常
夢の中で出会った少女イフ……彼女はなんと僕の現実にまで干渉してくるようになった。
「皆さんはじめまして、私は伊吹望海と申します。よろしくお願い致します」
「はい、という訳でよろしく頼みます。席は……うん、黒鉄の隣でいいだろう」
当然というべきか、男子達の視線はほぼ全て彼女に集中していたが、当の彼女はそんな物には見向きもせずに僕の隣の席に座った。
「こうして君と会って話をするのは初めて……では無いわね」
「わざわざ偽名を使ってまで僕に近づく君の本当の目的は何?」
彼女の容姿があまりにも夢に出てきたイフと大差なかった為、不審に思った僕は彼女を昼放課に屋上へ連れ出して話をする事にした。
「やっぱり君にはお見通しかぁ……そうだよ、伊吹望海なんて子はこの街にはいないわ。私はね、本当の君が知りたいの」
「本当の……僕?」
「君だってもうとっくに気付いてると思うのだけれど、念の為に言っておくわ……貴方、もうこの世界には存在してないのよ?」
え……今、何て言ったんだ……僕が存在しないって、どういう事なんだよ?
「あはっ、無自覚ならそんな反応するわよね?だって貴方はこの世界の……!?」
(お二人さんだけで楽しむだなんて随分と悪趣味だねぇ……ボクも混ぜておくれよ)
突然景色が変わったかと思うと、目の前にはイフトは別の……独特な雰囲気に包まれた年上の女性が現れた。
「お前は……まさか、始まりの魔女か!何故私の結界に干渉したのか参考までに聞かせてもらおうじゃないか」
「いやぁ……私はねー……ただのテスト感覚で彼の精神にアクセスしてみたんだけどー……まさかこんな事になっちゃうなんて思いもしなかったよ」
ちょっと待って……僕はこの状況を目の当たりにしてどうコメントしていいのかな?
「おっと、ごめんねー少年。ボクはクリエス、そこにいる魔女っ子ちゃんと同じく魔王なんだけど……ボクはご覧の通り魔法らしい魔法がまるで使えないんだよねぇ……」
ならどうしてこんな摩訶不思議極まりない場所に突然飛ばされなきゃいけないんですか!
「と、軽く自己紹介が済んだところで……お邪魔虫には消えてもらっちゃおうか……なっ!」
赤いポニーテールの女性が指をパチンと鳴らすとさっきまで僕の側に居たはずのイフの姿が一瞬にして消えてしまった。
「魔法が使えないっていう割には凄い事しましたね……クリエスさん」
「これは魔法じゃないよ。これはね……権能だよ、権能。ちなみにボクの権能は簡単に言えば〈その場の物体を移動させる〉ってものさ」
そう言ってくれちゃってますけどさっきのアレを間近で見せられてそんな説明されても素直に凄いと言えない……
「そんな事は置いといて……ボクは君に1つ話しておきたい事があるんだ。君はこの世界の人間であると同時にこの世の人間では無いとも言えるんだ」
「えっ……じゃあ僕はこことは違う世界の存在って事ですか?」
「まぁ、平たく言えばそうだね。この世界に来れたのはさっき消し飛ばした魔女の力が深く関与してるからだ」
イフさん……やっぱり君は……
「信じられないかもしれないが、君はこの世界に絶望し……ボクがいる世界にやって来たんだ。しかも君は勇者として世界を救い、魔王として世界に闇をもたらしたっていう伝説を残して一度こちらの世界に戻ってきているんだ」
クリエスさんから聞かせてもらった話は何故か身に覚えがある。前に父さんから仕事の手伝いと称してVRゲームでAIと触れ合って心を学習させるって事をしたけど……あの時見た世界は確かに異世界みたいだったな。
「その顔からして心当たりがあるみたいだね……」
「教えて下さい、僕が何者で……本当は何をしなくちゃいけないのかを!」
「そうだよね……真実の一端が明かされた今、君ならそう言うと思ったよ。さて、ここからは君の覚悟が試されるよ……」
クリエスさんは僕の額に手を当てるとそこから緑色の何かを送り込んできた。
「あっ……うっ……ぐぅっ……あぁっ……!」
「頑張れ、少年……今君にこことは違う世界にいた頃の君の記憶を移動させてるんだ……君自身の思い出に潰されないで……受け入れるんだよ」
頭が痛いのは多分イフって子が僕に何か仕掛けた罠とクリエスさんの発動した魔術が反発してるかもしれないからだ……真実を知ったって、記憶を取り戻したって……僕が僕である以上、僕は目の前の現実からはもう逃げる訳にはいかないんだ!
「うっ……おおおおおおっ!」
(アユム様……!)
(アユムくん!)
(アユム……!)
頭痛を乗り越えた先でとても懐かしい声がした。
成長速度が恐ろしく速いガルム……俺達4人をどんどん引っ張っていくルーダ……何よりも俺の事を好いてくれているフィリアの声が聞こえた事で、俺の目は一気に覚めた。
俺が向こうでの記憶を取り戻した時、俺の服装は元の勇者とも魔王とも取れる姿に戻っていたが、体はアユムのままだった。
「ありがとう、クリエス……お陰で目が覚めたぞ」
「お礼なんていいよ……ボクにとって君のような存在はとても嬉しいんだよ。さて、このまま勇者として戻るか、はたまた魔王として戻るか……それともその双方でいくのか、どうする?」
「そんな事を質問するな……俺は勇者として剣を、魔王として魔術を使う。それだけだ……」
俺はクリエスから仮面を受け取ると少しだけ微笑んだ。
「それが君の出した答えなんだね……クロム」
「あぁ……過去も、あり得た可能性も……受け入れるべき闇は受け入れたつもりだからな」
「なら、行ってあげて……君を待つ者達の元へ」
「あぁ……!」
今行くぞ……フィリア。世界よ、俺はお前には屈しない……惨めに膝をつこうがそれでも足掻いてくれる!
俺は心の中でそう呟きながらクリエスが用意した転移門へ飛び込んだ。