33時間目 戻ってきたニチジョウ
「おはよー!」
「おはよう!」
いつもと変わらない日常……僕は今日も教室へ入っていく。
「あっ、黒鉄くん……今日あたし日直なんだけど、職員室がまだ何処にあるか覚えきれてなくってさ……」
「そ、そっか……じゃ、じゃあ僕が案内するよ。校内の地図はだいぶ頭に入ったからね」
「ありがとう!早速お願いね!」
クラスで一番可愛い学級委員の白姫さんとは特に仲良くなって、最近ではこうして隣で歩きながら話す事も増えてきた所だ。
「そういえば黒鉄くんって普段家では何してるの?自己紹介の時には寝てばかりだって言ってたけど、そればっかりでも無いでしょ?」
「まぁね……適度に体を動かしたり、ゲームしたりするかも。でもなんでそんなことを聞いてくるの?」
「そりゃあ学級委員としてクラスの仲間の事はもっと知っておきたいなって……それに、黒鉄くんは……うぅん、何でもない!に、日誌取りに行ってくるね!」
白姫さんはそう言うと顔を赤くしたまま職員室へ駆け込んでいった。
「なぁ歩夢くん、今日またゲーセン行かね?」
「え、僕と?」
「だってさ、今日は待ちに待った〈アクセルロード〉の最新弾の稼働開始日だぜ?レーシングゲーマーとして無視できないんだよ、頼む!」
クラス1のお調子者としてすっかり定着している早田君は両手を合わせて目を閉じながら必死に頼んできた。
「べ、別にいいけど……僕レーシングゲームなんて殆どやった事無いよ?」
「なぁに付き合ってくれるだけでいいってもんよ!ささ、早く行こうぜ!」
(これが本当に俺が望んだ事なのか?)
今の声は……一体?
「ん、どした?早くしねぇと補導されちまうから、行くぞ!」
「う、うん……」
僕の頭の中に不意に響いてきた声……低かったけどあれは確かに僕の声だ。
けれども僕がこの声の正体に気付くのはもう少し先の話になるのだった。
「今までずっとロールプレイングしかやった事が無かったから何だか新鮮な気分だよ……!」
「だろ?俺達はこうして画面越しにどこまでも行けちゃうんだもんな……そう考えると、現実でやな事があったってゲームに逃げ込んじゃえばそんなのすぐに忘れられるってこったぁ!」
高校に入るまでは僕もそんな風に考えてた。でも、ゲームで行ける世界にも限界は存在する……だから、その限界に到達する前に現実の方でも心の場所を見つけないとね。
「ふぅー……楽しかったぁ。特にあの反重力ゾーン走ってる時のあの感覚は堪んねぇよ!週末もっかい遊びに来るかぁ……!」
「でもそろそろ中間テストの時期だよ?」
「げっ……そういえばそうだった。そしてその期間は生徒指導の先生が俺らの遊びに行きそうな場所に張り込むんだよな?だとしたらホイホイ遊びに行けねぇじゃん!」
「あはは……」
そしてその日の夜、僕は奇妙な夢を見た……
「ここは……〈ムゲンズワールド·オンライン〉の中……なのかな?」
「そうとも言えるし違うとも言える」
少し怪しさを感じるような声がしたのでそちらの方を見てみると、白い小さな日除けの建物の中で紅茶らしき飲み物を飲んでいる女の子がいた。
「えっと……君は一体、誰?」
「私はイフ、虚無の魔女だよ。フフッ、安心して……襲ったりしないから。少し私と喋っていかない?」
イフと名乗った女の子は僕をその建物の中へ入れるとまた紅茶を一口飲んだ。
「虚無の魔女って……どういう事ですか?」
「そのままの意味だよ……私はあの世界で魔王狩りをしているんだ。でも、天使も私にとってはひどく邪魔な存在なんだよ」
「聖邪のバランスを崩したいの……君は?」
「そうさ……私の願いはたった1つ、混沌から生まれる世界をこの目で見る事さ」
正直イフが言っている言葉の全てを理解する事は出来なかった。けど、この子は言葉にすらも狂気が紛れ込んでいる事だけは分かった。
「おっと、学生の君では理解が追いつかないかな?とにかく私はどちらの勢力も許せない性分なんだ。いつか君にも協力してもらうかもね……君が魔王じゃなければの話だけど」
彼女の蠱惑的な笑い声が遠のいていくのと同時に僕の夢は覚めていった。
「何か朝から凄い夢を見ちゃった……でもあの子は何でかは分からないけど、初めて会ったような気はしなかったな」
そして僕はいつもみたいに学校へ向かう途中で玄関の鏡を見た時、昨日の放課後から感じていた違和感に気づいた。
『俺はお前だ……今はまだ分からなくても、いずれ知る日が訪れる』
鏡に映っていた自分が僕に向かってそんな事を言ってきたんだ。
何だかスッキリしない気分のままいつもみたいに教室に向かった僕は、今朝見た夢を思い切って白姫さんに話してみる事にした。
「なるほどね……そういえば黒鉄くん、時々頭痛で早退する事があったもんね。もしかしたらその頭痛と何か関係があるんじゃないかな?」
確かに一理ある……現に程度の違いこそあれど頭痛があった日の夜は必ず変な夢を見ていた。
でもそのどれもが共通してどこか懐かしく感じるような気がした。
「話を聞いてくれてありがとう。おかげで少し楽になったよ」
「困ったらいつでも私を頼ってくれていいんだからね!」
僕は白姫さんのこの言葉を聞いて不意に似た雰囲気の子の影が脳裏を過ったが、すぐに「うん」と一言返した。