32時間目 全てが無に帰す時
街で戦闘が始まった頃、ルヴィリスのシンボルとも言える時計塔の頂上のテラスでその様子を何処か楽しげな様子で見ている少女がいた。
「あれが今のクロムかぁ……フフフッ、あぁ……貴方の心の中、一度でいいから見せて欲しいわぁ」
「こんな所にいたのかい、イフ。あまり私を困らせないでおくれ」
銀髪の少女を探していたと言いながら迫って来た青年は彼女を見つけるなり呆れた様子でため息をついた。
「あら、貴方みたいな人が散歩感覚で外を出歩いてもいいのかしら?」
「私は彼らに任せてきたのだよ……彼らは力こそ強大だが、クリスタルとオーブを媒体にすれば制御なんて容易いさ。今も響く愚か者達の阿鼻叫喚……素晴らしいとは思わないか?」
「えぇ……とても素晴らしいわ。でもね、これくらいじゃ彼らは屈したりしないわよ?」
「何かそれを決定付ける証拠でもあるのかい?」
「証拠なんて……貴方の目の前にいるじゃない」
イフと言う名を持つ少女は外見からは想像もつかないような狂気染みた笑みを浮かべた。
「ぐっ……!」
「がぁっ!」
黒鉄の仮面を付けて魔王としての姿と力を一時的に解放したアユム……否、クロムと彼と共に脅威と対峙している赤翼の魔王グゥリルは倒しても倒しても湧いて出てくる巨兵討滅に苦戦していた。
「やはり核となる物がクリスタルともなればここまでの力を引き出してくるか……」
『狼狽えるつもりは微塵もない……だが、このままでは俺達が一方的に消耗していくだけだな』
2人は既に息が上がり、残っている魔力も僅かに迫っていた事もあり、汗が頬を伝っていた。
「ルヴィリス近衛騎士団長ロッソ……現刻を以て貴殿らの援護に入る!」
俺達のすぐ後ろから赤色の剣閃が走り、一体ではあるが巨兵を真っ二つに斬り裂いた。
『助っ人か……すまないな、騎士長殿』
「気にする事は無い……私は以前、君に救われたんだから。そのお礼がしたい」
ロッソの顔をよく見てみると、確かに俺がかつて勇者として名を馳せていた頃に似たような顔の人物がいた事と、彼を助けた日の事を思い出した。
『お礼……か。そうだな……では、取り巻きの黒い雑兵を頼めるか?俺とグゥリルで何とか頭を抑えてみる……』
「雑兵だとしても依然脅威である事に変わりはない……全軍、3人編成で散開しつつ黒い巨兵を迎え撃て!我が恩人クロムや魔王グゥリルの元に行かせるな!」
「おおーっ!」
恩に着るぞ、ロッソ……このチャンス、無駄にはしない!
「そうと決まったら……我らも早くアイツをぶっ壊しにいこうぞ!」
『言われなくともそうするさ!』
俺達は素早く地を蹴って赤色の一際大きな巨兵の元へと急いだ。
(大変だよ、アユム!フィリアちゃんが何か銀髪の女の子に連れてかれちゃったの!アタシも抵抗したんだけど……すっごく強かったから、気を付けて!)
何……だと!?フィリアを思って学園を去った事がここに来て裏目に出たとでも言うのか!?
「何がヤバそうな奴が出たらしいな……我は赤頭を抑えに向かう。お前はお前の大切な者を取り返してこい……精神を揺さぶられた者は我からすれば足手まといでしかないならな」
『すぐに戻る……あり得ん事は承知で言わせてもらおう。死ぬなよ、グゥリル』
「お前もこの状況を分かってんなら、私情なんてさっさと片付けてこい。それまでは生きててやろう」
俺はルーダからのテレパシーを受け、更に瞬間的に感じ取った謎の気配のした時計塔の方へ急いだ。
「舞ってたわよ……余所者の魔王様?」
『その黒い剣……一体何者だ?そしてフィリアを何処に隠した!』
「彼女ならそこにいるわ」
銀髪の少女が指さした方を見てみると鏡のような物に閉じ込められているフィリアの姿があった。
『何故このような真似をした!俺を誘き出すにはあまりにも酷い餌だと思うが?』
「この世界に来て間もない貴方にそんな事を言われる義理はないわ」
この女……さっきから俺の事を余所者だのこの世界に来たなど言っているな……まさか!?
『そうか……なら、お前と話すことはもう無い……俺の前から消え失せろぉ!』
俺が剣を片手に彼女へ切りかかった時、彼女は咄嗟に俺の一撃を自身の剣で受け止めた。
「うふふふ……いい声ねぇ……自分の心の穴を必死に埋めようと足掻く叫び声が聞こえるわ」
『俺の心に穴など無い!勝手な思い込みも大概にしろ!』
「分かってないわね……私の力、特別に見せてあげるわ」
そう言うと彼女はフィリアを解放しつつ、俺の背後に素早く回り込んで蹴ってきた。
『一体何をするつもりだ?』
「あの子にも私の力を見せたくなったの……そしてあの子が悲鳴を上げる様を見たくなったの」
この女……口先だけじゃない!この俺とここまで対等に渡り合うだけの実力まで兼ね備えているのか!
『どのみち負けるのはお前だ!』
「いいえ……私よ」
俺が疑問に思った次の瞬間、俺の足元が血で染まった。
「アユム様……!」
『ぐっ……まさか、その剣……』
「やっと気付いたの?でも、もう遅過ぎよ……だって……今から貴方は|あり得たかもしれない世界に飛ばされちゃうからね」
「可能性世界……だと……!」
俺はいつの間にか仮面が剥がれ、姿も声も力もアユムに戻り、ただでさえ出血の酷かった左胸からは更に血が流れ出していた。
「じゃ、ごゆっくり……」
「ま、待て……話は終わって……」
俺は痛みを堪えながら必死で叫んだが、彼女は俺を笑いながら消えていき、俺の意識も次第に薄れていった。
「アユム……様……アユム様ぁあっ!」
そして、フィリアの泣き叫ぶ声を聞いたのを最後に俺は視界が暗転した。