30時間目 女神が剣を取ったら
僕が魔王に覚醒して……それから意識を失って保健室で眠るようになってから今日で多分数日が経つと思う。
少しずつ現実へ戻ってきている意識の中でルーダさんが僕を心配してくれている声が聞こえたし、遠く離れたはずのアユム君の声も聞こえてきた。
そして……そうしているうちに僕の意識も現実へ戻り、目を覚ます頃には夏の暑さはすっかり消えていた。
「あぁっ、やっと起きたわね!てか何よその胸飾りは!」
「これは……僕が魔王になった証だよ。アユム君と肩を並べて戦いたいっていう気持ちがそうさせてくれたんだ」
「なるほどね……ん、て事はアタシの友達ってアタシを除いて凄い人になっちゃったって事ぉ!?」
「そうなりますね……そういえばフィリアさんは?」
「それが……今朝から姿が見えないんだよ。一応レイディアの剣の祭壇に行くって書き置きを残してあったけど……」
そしてその頃、フィリアは姉がかつて魔剣を手にした祭壇を訪れていた。
「アユム様から貰った転移の魔結晶……早速使ってしまったのは少し残念な気もしますが、私はそれでも自分の目で確かめたい事があるんです」
本来女神になれたはずの姉さんが魔剣を手にしたその真実を確かめたいの……それに、私だって女神だから……皆さんの力になりたいんです!
『フィリア……なの?』
フィリアの目の前に現れたのは彼女と瓜二つの外見を持つ少女……フィーネだった。
「姉さん……どうしてここに?」
『貴女だってここへ来たって事は私が何故こうなったのかを知りに来たんでしょ?』
「それは……そうだけど……どうして死んだはずの姉さんが?」
『貴女に伝えたい事があるの……女神になった貴女に守る為の力をね』
フィーネはそう言うとかつて自身がこの世から去るきっかけとなった愛剣を手に取ると切っ先をフィリアに向けた。
「ね、姉さん……お気を確かに!」
『私は正気よ……フィリア、貴女が本当にアユムを愛しているのなら……本当に女神であると言うのなら、それを私に示してみなさい!』
フィーネはフィリアに向かって駆け出し、対するフィリアはその状況に整理がつかなかったのかただ慌てる事しかしなかった。
「私にできる事……ひ、光よ……盾になれ!」
フィリアが咄嗟に展開した光の壁とフィーネの魔剣による一撃は互いに激しくぶつかり、火花が周囲に飛び散った。
『どうしたの?私達の一族は皆剣舞を神様に奉納してきたでしょ?なら、貴女も剣を取るべきではなくて?』
フィーネは障壁が弾け飛ぶ勢いを活かしてフィリアを後ろへ強く突き飛ばした。
「あぅ……くっ……私、剣なんて持った事すら無いんですよ?そんな私が姉さんに勝てる訳無いです!」
『それでいいと思ってるの?アユムは多分それでもあなたを守ってくれるかもしれないわ……でも、私の妹として認めるには値しないわ!』
フィーネは戦意が失われかけていたフィリアに向けて何の躊躇もなく剣を構えて突撃してきた。
「私は……」
(フィリア……女神だからって、戦いの中へ飛び込んでいく必要は無いんだ。俺を支えるだけでもいい……それだけで、女神らしい事は果たせるんじゃないか?)
「それでも私は……私もアユム様の側で戦いたいです!アユム様は確かに強いかもしれません……でも、一人よりも多人数の方がもっと力を出せるはずなんです……だから私は……!」
フィリアが意を決して拳をギュッと握った途端、彼女の右手に眩い光と共に一本の剣が現れた。
「やぁぁぁあっ!」
フィリアはフィーネの見様見真似で剣を振り、フィーネの一撃を何とか受け止めてみせた。
『その剣……そう、とうとう目覚めさせれたわね。貴女だけの力を……』
フィーネは妹が聖剣を手にした事に安心するとそのまま後ろに下がりながら魔剣を鞘に収めた。
「これが……私の力……」
『私が魔剣に選ばれたのはね……彼を好きになってしまったからよ。私達ハイエルフは良くも悪くも恋人の影響を受けてしまうの。私はあの人に近付き過ぎてしまったから……聖なる力に見放されたの。それでも私は少しでも彼の力になりたかった……』
「だから姉さんは闇の力を受け入れて女神への道を自分から閉ざしてしまったんですね?」
『後悔はしてないわ……だって、アユムも前を向いて歩いてるって分かったし、何より一番の妹がこうして立派に女神になってくれた事が嬉しかったわ』
フィーネはフィリアの顔を見つめながら目に涙を浮かべつつ、満足げな様子で金色の光の粒子になってゆっくりと消えていった。
「姉さん……私、頑張りますね。私の大切な人達を守れるだけの強さを……私なりのペースで身に付けていきます」
フィリアは胸に手を当てて自分やフィーネに向かって言い聞かせるようにそっと呟きながら結晶の力で再び学園へと戻った。
そして……ルヴィリスの地下にある〈神聖騎士団〉のアジトでは砕かれたクリスタルの破片が集められていた。
「アルテア様、この地に眠るクリスタルの所在地の特定が完了しました。それから、各都市のクリスタルの破片も全て輝きを残したまま回収が完了、指示通り例の兵器生成に着手しました」
『そうですか……この大陸に我が物顔で居座り続けている魔王共を今こそ蹴散らすのです。私が考え出した最高の生体兵器……〈終極兵〉の大群を以て!』
アルテアと呼ばれた司祭の青年は鎖に繋がれながら作られている巨兵に目をやりながら狂気染みた笑みを浮かべ、その後声に出して高笑いした。