29時間目 少年は氷を率いて咆哮す
「ハァァアッ!」
『ガウラァァッ!』
シャギアは突風を纏わせた剣を何度か振り、司祭エリスの障壁を粉砕すると、続けて魔獣の爪による追撃を浴びせた。
『くっ……我が障壁を破るとは、流石は魔王だけの事はあるな』
「おい待て、どこへ行く!」
『今はまだお前に倒される訳にはいかん……では、失礼するよ』
エリスはそのままシャギアに向けて紫の光弾をいくつか放つとその際に起きた黒煙に紛れて姿を消した。
「しまった……取り逃がしちゃったね。となると次にボクが取るべき行動は……1つしかないよね」
消えたエリスを追うようにシャギアもその場から姿を消した。
そして、バルビア魔術学園ではガルムが学園の敷地に現れる魔物達を蹴散らしながら見回りをしていた。
「アユム君……やっぱり、皆を巻き込みたくない一心で動いてるんだろうけど、親友としては心苦しい限りだよ」
「ガルムさん、疲れてませんか?」
「フィリアさん……僕なら大丈夫です。これでも半日くらいまでなら不眠不休でも戦えますから」
ガルムは自分の身を心配してくれたフィリアに対して無理を隠しているような笑顔を見せた。
「大して休みも取れてないのに……アユム様の代わりを務めるなんて、どうしてそこまで出来るんですか!例え獣人族といっても休みが浅ければそれだけ跳ね返りが来ます!だから」
「アヴィス君がここを去る前に話してくれたんだ……過激派の連中がこの大陸全土に勢力を拡散させてる事を……ここだって戦場になりかねないって分かったのに、アユム君もアヴィス君も不在だって敵に知られたら誰がここを守るんだよ!」
ガルムは自分でも初めてだと分かるくらいに声を荒らげつつ、彼女の肩を強く掴んだ。
「ガルム……さん……」
「僕はアユム君の友達で……弟子なんです。だから、彼が不在なら率先して剣を取らなきゃいけないんだ!」
ガルムさんがこんな顔をするなんて……私は女神なのに何もできない……のでしょうか?
「ごめん、フィリアさん……とにかく僕はここを守る為に自分の身を削り切る覚悟はできてるんだ……邪魔はしないで下さいね」
ガルムは重たい足取りで見回りへと戻っていった。
『おや……こんな所に獣人族、しかも狼系の少年がいたとは。逃げた先でこんな幸運が待っているとは!』
ガルムが校庭を巡回し始めた頃、彼のすぐ近くにエリスが出現した。
「その胸の紋章、過激派ですね?」
『過激派ではない……我は〈神聖騎士団〉の司祭エリスだ!そんな薄汚い呼び方をされては困るっ!』
エリスはガルムに向けて無数の雷を落としつつも自分について軽く紹介した。
「うっ……ぐぅっ……やっぱり疲れ身で魔術を打ち破るのは難しいか……」
『お前の相手は雷のみだと誰が言った?』
「ほっ、炎……うわぁぁあっ!」
ガルムはエリスから放たれた紫色の炎を自身の双剣で受け切ろうとしたが、疲弊が重なった事によってうまく力が入らなかった事もあり、後ろに大きく吹き飛ばされてしまった。
『無駄な抵抗を止めて今すぐここを我らに渡せ』
「絶対に断るっ!ここは僕らの大切な場所だ……お前達みたいな危険な存在に渡すもんか!」
『ならば……お前のその醜い種を呪いながら消え去れぃ!』
エリスは紫色の魔法陣から極太のエネルギー砲を放ち、ガルムにとどめを刺した。
地面が抉れ、ガルムは砲撃が直に当たった事もあって意識不明の重体となってしまった。
(ガルム……ガルム……何故お前はそうも惨めに突っ伏している!お前は数が減っていく氷狼族の生き残りなのだ……お前の生存こそが一族の未来を左右するのだ……)
(ガルム、お前は強い。俺なんかよりもずっと、剣の才に恵まれている。俺がいなくてもお前ならフィリアを守れるはずだ)
そうだ……僕は父さんやアユム君から託された事があるんだ。だから……負けられないっ!
『まだ立つか……我の猛攻すら物ともしないとはな』
「僕は……何事にも何者にも絶対屈したりしない!これからもこの先も、僕は仲間達と一緒にはお前らに立ち向かって……勝つ!」
ガルムがボロボロの状態で起き上がった時、彼の胸元にはアユムやアヴィスが胸にぶら下げていたのと同じ形をした六角形の水晶がついた首飾りが出現した。
『その胸の水晶は……まさか、貴様……』
「僕にだって……司祭のような巨悪を討つことくらいできるんだよ!」
ガルムの胸の飾りは彼の体をすっぽりと覆い尽くし、彼の手に持っていた剣と服に変化をもたらした。
『何という事だ……こんなタイミングで魔王が誕生するとは……!』
「見ててね、アユム君……僕がこの事態を想定して編み出した技を!うおおおおおお!」
ガルムは自身が放つオーラで周囲に薄く氷を張るとそのままスケートの要領でエリスの周りを駆け回りながら何度も斬りつけ、その膝を地に付かせた。
「〈氷狼剣舞〉……僕にしか使えない、僕だけの技だ。いつかアユム君と……肩を並べて戦う為にって考えたんだ」
『馬鹿な……我が体が凍っていく……』
「氷結の果てに消えろ……」
ガルムが凍っていくエリスに向かってゆっくりと拳を握ると、瞬く間に氷の塊となった直後に木っ端微塵に砕け散った。
「僕が……アユム君と同じ……魔王になったんだ。あ、あれ……力が入ら……」
ガルムは蓄積し切った疲弊に耐え切れずに氷床に向かって崩れるように倒れ、そのまま意識が途切れてしまった。