28時間目 その魔王、猛獣と風を連れて
「ふぃー……危なかったぜ……にしても、クロムの技を本気で使えるようになったか」
「はい、先生に教わった流派は私の県によく馴染みますからね。そんな事より……何故あれ程の怪物がこんな辺境の地で暴れるとは……」
「こりゃいよいよ、単に〈紅〉のクリスタルが破壊されたって訳じゃ無さそうだな」
「やはり……〈神聖騎士団〉の中に……クリスタルを知る者がいるという事でしょうか」
「ま、大方そんなとこだろう……とりあえず現地のお偉いさんに伝えに行くから、お前はクロムの元へ急げ!」
「はい、アヴィス様!」
2人はそれぞれ自分達が向かうべき場所に向かった。
「アンタがこの港街を仕切ってる奴でいいのか?」
「な、何だね君は……もしや、先程の怪物を倒してくれたのか?」
アヴィスは町の人々に話を聞きながら、町で一番高い権力を持つ男性の元を訪ねていた。
「おうよ……とはいえ、オレとしてもこの状況はちょーっと良くねぇんだ。できる限りでいいから、ここ数日の港の様子について教えてくんねぇか?」
「私の下で外交官を務めている者達を乗せた船がアリシアに向けて向かったが、その道中で未知の島に叩きつけられたと情報が入ったのを皮切りにあの海域では徐々に不穏な噂が立つようになって……」
確かにノルス大陸とサウシア大陸の間にはいくつか人が船旅の疲れを癒せる島が存在してるな……こっちに来る道中も何か妙な気配を感じたが、これで全部繋がったな。
「なるほど……できる限り漁は制限するように伝えてくれ。恐らく、この辺の海域はあの化け物の出現によって生態系が著しく変化してまともに採れない可能性がデカい。それに……まだ何があるか分からない」
「原因究明は任せていいのかい?」
「おうよ……オレとオレの頼もしい仲間で何とかこの不穏極まりない出来事の真実を突き止めてみせっからよ!」
「ありがとうございます、えっと……」
「オレの名前はアヴィス……元はノルス大陸のアリシアを支配してた海の魔王さ。今は訳あって海賊っぽい感じだけど、よろしく頼むぜ?」
「そうでしたか……では、よろしくお願いします」
その頃、西の国リブトスの苔むした古城のその奥では……最後の魔王が覚醒していた。
「風が……教えてくれてるのか?この大陸がかなり大変な事になってるって……おっ、お前かぁ」
薄い緑色の髪の少年の元に四足の獰猛な雰囲気の魔獣がそっと歩み寄って、頬擦りをしてきた。
「こらっ、ボクは寝起きだぞ?あははっ……約束通り待っててくれたのかぁ、えらいぞ!」
『ガゥガゥア!』
「え、クロムがルヴィリスに向かったって?それは……ちょっとどころかかなり大変な状況じゃないか!少し目覚めたてで体が上手く動かないけど、これは行くしかないね!」
少年は魔獣の背中に飛び乗ると、転移魔術を展開する事なく、物凄い速度で魔獣を走らせ、城を後にした。
「ルヴィリスに来るのは久しぶり……だな。この国のどこかにクロムが……ん?」
少年は何かの気配を感じたのか、魔獣から飛び降りつつも気配のした方へ風の刃を飛ばした。
『むっ……我が姿は見えていなかったはずだ……何故認識できた!?』
「風が教えてくれたんだよ……ここには過激派の連中が数多く集結してるってね!」
『そうか……隠の皮が剥がれた今、我に残された事は名乗る事のみ……我は〈神聖騎士団〉司祭エリス、得意とする魔術は……多岐に渡る!』
エリスと名乗った老人は少年を抹殺するべくと一度に火球や電撃、攻撃性の高い水流を同時に飛ばした。
「くっ……やるね、キミ。だけど、ボクは生憎1人じゃないからさ……キミに引けを取るなんて事は絶対に無いからね!」
少年は跨っていた魔獣から飛び降りながらエリスに切りかかったが、剣の刀身は彼の胸部の辺りに展開された障壁によって簡単に受け止められてしまった。
『見くびってもらっては困るな……これでも我は司祭の中でも屈指の強さと言われている……不完全な復活を遂げたお前のような若造では傷を付ける事すら不可能に等しいぞ』
「なるほどね……でも、この子や風はもう1つボクに教えてくれた事がある。キミ達司祭の何人かは既にアヴィスやクロムが討ったらしいよ?」
『なんと……既に我らはそこまで追い詰められていたか。我が暫く席を外していた間にそんな事が起きていたとは……ならば尚の事お前達の事は無視できん!』
エリスは未だにバチバチと火花を散らしている障壁に魔力を更に込めて少年の体を大きく吹き飛ばした。
『ガゥァァッ!』
少年の身を案じた魔獣はすぐに彼を優しく掴むと地面に下ろした。
「ありがとう……ボクだって、キミ達みたいな危ない存在を無視しておく訳にもいかないんだよ。だからさ……早くボクらに倒されちゃいなよ!」
少年は魔獣の背に再び乗ると左手で手綱を握り、目を先程よりも鋭くしてエリスを威嚇した。
『そこまで敵意を向けられるとは……いいでしょう。我としても邪魔者であるが故、仕留めさせてもらおうか』
「意味ないと思うけど一応名乗っておくよ……ボクの名前はシャギア、〈裂風〉のシャギアだよ!」
シャギアと名乗った少年がその剣をエリスに向けると彼とエリスの周囲に緑に色付いた風が渦巻き始めた。
そしてこれをきっかけにサウシア大陸に君臨した魔王達は4人とも復活したという事になった。
何よりこの大陸での総力戦の序章の幕はこの瞬間から上がったのだった。