20時間目 覚悟のち覚醒
『剣を交える前に貴様に1つ問う……もう1人の俺とはどう言う事だ?』
『いきなり現れたからそんな質問をするのも無理はないか……いいよ、教えてあげる』
剣の城の王の間にて俺達は互いに向き合っていたが、フードの影で顔がよく見えていなかったもう1人の俺を名乗る少年は俺からの問いに対して素顔を見せた。
『おっ、俺と……瓜二つ……だとっ⁉』
『そう、これで分かったでしょ?でもね……君とボクとの決定的な違いは……これだ』
もう1人の俺は自分の目の前にかつてフィーネが握っていた魔剣を出現させ、抜刀しつつ構えた。
『何故お前がそれを……!?』
『ボクの初撃を受け切れたら教えてあげるよ……』
次の瞬間には彼の姿が消え、気が付けば俺は本能的に動いて彼の攻撃をギリギリのタイミングで受け止めていた。
『約束は守った……さぁ、お前がその忌々しい剣を握っている理由について聞かせてもらおうか!』
『これは君もよく知る血飢えの魔剣ディルスヴィングだよ……』
『なっ……あの剣は彼女の血を吸った後、主を失くした事に伴って砕け散ったはずだ!何故復活しているんだ!』
『知りたいかい……君の目の前で彼女が消えたあの日の真実を……君が成り損ないの魔王である事の真実を』
ぎゃりんという鈍い金属音と共にもう1人の俺は距離を取った。
『確かにあの日彼女は魔剣に魅入られ、そして自身の心を完全に支配されてしまった。だが、彼女は心を取り戻した上で自害した……ここまでは君もよく知る事実だ』
『そうだ……だから俺は彼女の願いを叶える為にあえて魔の者に堕する道を選んだ!』
再開される剣舞の中、もう1人の俺は淡々と事を語り始めた。
『あの日彼女が剣に心を奪われたのは剣がそうさせたんじゃない……』
『じゃあ何だと……まさか!?』
『そう、彼女はボクと肩を並べたい気持ちをかの司祭ウェルネスに付け込まれ……歪められてしまったんだ。多くの血を得るという形でね』
俺は彼から告げられた衝撃の事実に思わず動揺し、バランスを崩して地を転がってしまった。
『元々彼女は妹と違い、ダークエルフだったんだ……だから魔剣の呪いを一切受けなかった。これで分かったかい……彼女の死の真相は?』
『あぁ……分かったさ。安心したよ……そして同時に、助けられなかった事を改めて悔しくも思う。だが、今更悔いた所で彼女はもう戻っては来ない!だから嫌でも乗り越えなければならないんだ!』
俺は先程吹き飛ばされる間際に切られた左胸の辺りから血を流しつつも勢いよく起き上がって鬼と大差のない気迫と共に彼に迫った。
『なら、2つ目の話をしようか……君が魔王でありながらも極めて異質な、その理由についてね』
『一体それは何なんだ……俺が異質とは……どういう事だ』
『君が魔王になった時、同時にボクが生まれたんだ……その時点で君はもう異端な存在としてこの世界に君臨した事になったんだ』
確かに……魔王は一般に六角形の魔界石と呼ばれる石に己の負の感情や心に抱えた闇を移す事によって進化を促す……だが、それは同時に心を石に食われる為、失敗してただの魔獣になる者もいる。
俺も死を覚悟したよ……けど、あの時溜め込んでいた絶望の総量がそれを跳ね除けたからこうして魔王になれたんだ。
なら何故、彼が生まれるなんて事に……
『君の絶望の力は凄まじく、魔界石による〈魔変の儀〉の際に生じるエネルギーすらも軽く超えてしまった……』
『だからお前が生まれたのか?』
『そうとも言えるけど、誕生を決定付けたのは心の迷いだよ』
『迷いだと……そんな物が俺の中にある訳がないだろ!』
『魔王になった者はそれより前の記憶が消える……だが君はフィーネを喪った事を未だに覚えている。それはつまり、君が彼女の願いを叶える上でどう在るべきかと悩んでいたって事じゃないのか?』
そう指摘されてしまうと……魔王といえど返す言葉が無いな……
『なら、俺がお前を否定するのはすべき事では無いな』
『どうしてそう思うんだい?さっきはあれだけ否定しようとしてたじゃないか』
『俺の過去の傷がお前を生んだのなら……俺の手で何とかしなければならない。だから、この瞬間に……俺は……お前を切る!そして、今度こそ前に……進む!』
俺は右足を大きく後ろに下げて腰を落とし、大きく息を吸い込むと剣を一際強く握りしめ、物凄い速さで駆け出しながら彼を一閃した。
『前に進む……ね……それが、今を生きるボクの答えなんだね』
『俺は変わらない……変わる気も無い……だが強いて言うなら……こんな機械染みた声じゃなく、元から持つ……お前の声が欲しいよ』
『いいよ……君が望むなら、僕の全てを君に返そう……でも忘れないで……魔王である以上は一生世界の敵として見られているって事を』
彼はそう残すと俺の中へ溶け込むように消えていき、俺の姿も服装こそ今着ているレイディア剣術学院の制服だったが、生身の人間へと変化した。
魔王だった頃の名残として、かつて戦った宿敵からの贈り物たる右の義手を残して。
「そんな事はとうに分かりきっているさ……姿が元に戻っても僕は黒鉄の魔王で居続けるし、この先もそんな立場から世界を変えていくよ」
僕は剣を鞘に納めながらそっと消えた彼に約束した。