14時間目 ふたりきりで何も起きない訳ないよね
「ム様……ロム様……クロム様!」
この声は……フィーネ……か?
『済まないがもう少し寝かせてくれ……ん、おわぁぁっ!?』
早朝から俺を起こしに来たのはフィーネ……とよく似た金髪のエルフ……いや、女神フィリアだった。
「い、いきなり大きな声を出されるとびっくりしてしまいますよ……おはよう御座います、クロム様」
『ちょっと待てフィリア、どうしてお前がレイディアに?学園はいいのか?』
「ご報告が遅れてしまいましたね……この度私も留学が許され、こうしてこの街に来ておりまして……」
『なるほどな……となると、ガルムやルーダはこれまで通りバルビアにて夏季カリキュラムに取り組むという訳か』
「何だか久しぶりですね……」
『何がだ?』
「えっと……その……こうしてまた2人きりになる事……です」
フィリアは嬉しいのか恥ずかしいのか知らないが物凄く顔を赤くしながら途切れ途切れに話した。
というかそんな事を言ってくれたせいで俺も意識しかけたじゃないか!
『レイディアの学園にもこんな寮が存在してるとはな。だが、何故フィリアはここに来たんだ?』
「あっ、あの……今日は授業も無いみたいですし、レイディアの街を歩きたいなって思いまして……」
そういえば学園生活が始まってからフィリアとはあまり話せる機会を作ってやれなかったな。
思えば過激派との戦いに専念したあまり、この間の休日も結果的に全て使い潰してしまったからな……
というかこんなに可愛い子に若干とはいえ上から目線で頼まれたら魔王の俺でも素直に断るなんて出来る訳無いだろ!
『いいだろう……その為にわざわざ起こしてくれたんだ。せっかくの休日だ……出掛けるとしようか』
「はいっ!」
俺は取り敢えず前にガルムから友好の印として貰った私服に着替え、学園の門の前に向かった。
『ガルムの奴、本当に俺と友達になれた事が嬉しかったんだな。まぁ、そうでも無ければこんな贈り物など無いだろうしな』
「クロム様……お待たせ致しました。ど、どうでしょうか……前の休日にルーダさんと出掛けた際に買った服ですが……似合ってますか?」
レイディアの制服姿も可愛かったが、やっぱり私服の女の子、それも……一番の仲のいいフィリアのその眩し過ぎる白いワンピース姿はとても可愛くて……俺は思わず一瞬だけふらついてしまった。
『とても似合っているよ。さて、行くか』
「そうしましょうか」
こうして近くで見るとやはりフィリアはフィーネと凄く似ているな。特に薄い金髪とその顔立ち……俺が知らないだけで実は彼女はフィーネと何か深い繋がりがあるのでは……
「あのっ……さっきから私の顔を熱心に見てますけど、何か付いてますか?そんなに見つめられると照れてしまいますよ……」
『す、すまない!?少し考え事をしてたんだ……』
「また考え事ですか……たまには私と周りの景色を楽しむ事だけを……い、いえ……何でもないです……」
『そ、そうだな……今はその……フィリアとこの瞬間を共有してる訳だから、こんな平穏な一時は大事にしていかないといけないな』
「そうですよ、クロム様。今のクロム様には息抜きは多過ぎるくらいでいいんです!魔王だとしても頭の使い過ぎはいけませんよ!」
何故か膨れっ面で説教されている……まぁ、実際ここの所頭を使ってばかりだったからこう言われるのも無理ないか。
『そうか……確かに魔王にも多かれ少なかれ休息の時を用意せねばいつか思わぬ所でその跳ね返りが来てしまうな。そういう点では今日、フィリアがこうして俺を誘って街を共に歩いてくれたのは……俺にとっていい機会だったのかもしれん』
「そう言って頂けて光栄です。ところで……何故クロム様はレイディアに留学なさったのですか?」
その質問が今日一番恐れてたんだよ、俺は!勿論俺にとっては数少ない過去を知るチャンスというのに変わりは無い。だが、フィリアに俺の正体がバレる危険性も極めて高い……いやいや、そもそも高くしたのは俺の方だけど。
『ま、魔王たる俺とてこの世界の全てを知り得ている訳ではない故……少々調べたい事があってな』
元いた世界で学園マンガ読み尽くしといて良かったぁ!お陰で違和感ほぼゼロの自然かつ学生らしい言い訳を立てれた!
「やはりそうでしたか……前にクロム様に助けて頂いた時にも、辺りの様子に戸惑われていましたからね」
別の意味でもうバレてたのか……ハイエルフ、恐ろしや。
『かく言うフィリアの留学の具体的な目的もまだ明確になってないようだが……』
「でっ、ですよね……クロム様だけ目的を明かすのは不公平ですよね……」
とは言え、薄々勘付いてはいるがな。
「実は……レイディアは私の生き別れの姉の故郷なんです」
な、何……だって……!?まさか、フィリアの姉って……俺のかつての相棒にして想い人の……
「どうして姉が命を落としてしまったのか……〈剣〉の女神となるはずだった姉の死の真実を……この目で確かめたかったんです」
(私ね……近いうちに女神になるの……これで、もっと沢山の人を助けてあげられるわ!)
フィリア……きっと君はこの留学が終わる頃には俺の事を嫌うだろうな。何を隠そう君の姉の命を奪ってしまったのはこの俺なのだからな。
俺はこの瞬間からこの留学に対して今まで感じた事が無いくらいの恐怖と真実を知った時に彼女がどんな目で俺を見るのかという不安に絶えず襲われるようになった。