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後輩「幼馴染の彼女に告白して振られてきてください」

作者: 麦村



「名も知らない先輩。あなた、このままじゃ一ヶ月後に死にますよ?」


 目の前の後輩はそう言ってオレンジジュースを吸った。


「そうか。それで、僕はどうして死ぬことになるんだ?」


 ファミレスのテーブル席。

 そこに腰掛けている僕と彼女。

 決して恋人だとかそういう関係ではなく、むしろほとんど初対面というのが正解である。


「えー、ではまず私の身の上から紹介させていただきましょう」


 そこでコホン、と小さく咳をして彼女は語り出した。


「私は先輩と同じ高校に通う至って普通の占い同好会の副部長です。いつものように悪魔へと供物を捧げ、未来を教えてもらったところ……先輩が一ヶ月後に死ぬという未来を教えてもらったのです」

「ちょっと待て。それは占い同好会のやるような活動ではないと思うのだが」

「部員は全てオカルト同好会も兼部していますので」


 それは実質オカルト同好会ではないのか。

 僕はその疑問を飲み込んだ。


「ああ、先輩も聞きたいことは色々とあるでしょうが、私から答えられることはとても少ないのです。まず、悪魔に限らず人外の存在は人間の望む結果を出してくれるとは限りません。今回はたまたま、偶然にも先輩が死ぬという結果が出ただけで。次に。先輩がどうすれば死の運命を避けることができるのか、それについてお話ししましょう……」






『ズバリ、幼馴染の彼女に告白して振られてきてください』


 昨日、あの後輩に言われた言葉を思い出した。


 そんなわけで、僕はあの幼馴染に告白することとなった。

 それも、成功してはいけない。

 成功しようが失敗しようが関係の変化は避けようがないだろう。


 あの後輩を信用したわけでもないし、一ヶ月後も変わらない日常が待っているだろうが、そろそろ関係をはっきりとさせておきたかったところだ。

 校門で彼女を待ちながら、なんとなく、これから先のことを考えていた。

 ただの幼馴染だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 どうせ振られるだろう。


「あっ、ごめん。待った?」

「六分ぐらい待った」

「……そういう時は待ってないって言わなきゃ」

「そうか。じゃあ……待つ時間も好きだよとでも言っておこうか」

「じゃあ、待たせる時間も好きって言っとく!」


 それは……どうなのか。

 肩までのボブを揺らしながらやってきたのが幼馴染の彼女だ。

 どちらともなく、帰路を歩き出す。


「それにしても、待ち合わせとかするの久しぶりだね。昔はよく一緒に帰ったのに」

「男女の仲でもないのに、一緒に帰るのもなんだか変だろ」

「そう? 幼馴染だし、家も近所だし、別に良くない?」

「良くない」


 まだ、人通りが多い。

 なんとなく、他人に聞かれるのは気恥ずかしいものだから、もう少しこのまま歩く。


「せっかくだし、明日、一緒に登校してみる?」

「明日は休みだろ」

「あっ、そうか。じゃあ、一緒に出かける?」

「それじゃ……デートだろ」

「もしかして照れてる? 別にデートしてもいいけど?」


 ……調子が狂う。

 どうせ冗談だろうが。

 もし僕が実際に明日一緒に出かけようと誘えばドタキャンでもしてくるに違いないのだ。

 それほど好意もないだろう。

 つまりは……告白しても失敗するに違いない。


「……実は」

「うん? なに?」


 周りに人はいない。

 今しかないだろう。


「好きだ。付き合ってくれないか?」

「……好きって何が?」

「君が」

「……付き合うってどういう意味?」

「恋愛的な意味で」


 耳まで熱くなったのを感じる。

 いくら振られるために告白したからと言って恥ずかしくないわけではないのだ。

 足が止まる。

 暫しの沈黙。

 返事のない幼馴染に、僕は告白の失敗を悟った。


「……無理なら」

「っ! ううん! 無理じゃないよ! 私も好きだから……いいよ。恋愛的に付き合おう!」


 ……失敗した。

 しかし、成功した。


「これで、私たち恋人同士だね。せっかくだし、手でも繋ぐ?」

「……うん」


 柔らかく微笑む彼女の手が僕の手と絡み合う。

 その感触が、僕に目的の失敗を感じさせた。






「いや、何やってんですか、先輩。振られろって言いましたよね?」

「こうなるとは思っていなかった……」


 一週間後。

 あの後輩にまた校門で呼び止められ、連行されたファミレス。

 前回とは違い、彼女はブドウジュースを飲んでいた。


「そういえば、どうして僕は死ぬんだ? 理由を聞いていなかった」

「ああ。悪魔に『なんだこいつつまんね』って思われて適当に心臓を止められます」

「……なんというオカルト」


 そもそもこの後輩の言葉を信じたわけではないが、古今東西忠告を無視して失敗した話は多い。そういうわけで一応この忠告を聞こうと思ったわけであった。


「えー、まあ。教えられた情報から推測するに、『幼馴染もいるし、高校生とかいう青春してそうな年代のくせに特に何もねーなこいつ』とかそういう感じに捉えられていたようです」

「それがどうして告白して振られろって話に?」

「……悪魔ってのは人の失敗を好むんですよ。それに恋愛だとかそういうものも好みます。そういうわけでこれが最適解だと私は考えました」


 なんとも迷惑な話だ。

 悪魔っていうのは人の失敗がどれだけ好きなんだか。


「もうこのままじゃ先輩は死にます。私にはもう他の女性に手を出して彼女に振られるぐらいしか思いつきませんよ」

「他に手はないのか? というかそもそも僕は本当に死ぬのか?」

「死にますよ、このままじゃ。あー、もうめんどくさいので……」






『死ぬ日に彼女にプロポーズでもすれば多分悪魔も成功しようが失敗しようが先輩を殺すことはなくなるでしょう』


 まさかの付き合ってから一ヶ月でのプロポーズである。

 もちろん、高校生という身分上結婚はできないが、成功したら腹を括って彼女と一生を添い遂げるつもりだ。

 後輩の言い分によれば、失敗すれば満足するし、成功すれば愛の気配を嗅ぎ取った天使がやってきて悪魔が逃げるとのことだが、やはり胡散臭い。


 今日も今日とて学生の本分である勉強を放棄し、デートする僕ら。

 そもそも今日は休日だからある意味では正しいはずなのだが。

 カフェに行ったり、カラオケに行ったり、食事をしたり、ショッピングしたりと一ヶ月の間に様々な出来事があり、その全てが他の記憶と明らかに異なる彩度で思い出せる。


「そういえば、私たち、付き合ってもうすぐ一ヶ月だね」

「……まあ、そうだけど」

「せっかくだし、一ヶ月記念に……ちょっと特別なこととかする?」


 その言葉に少し、どきりとする。

 恋人になったはいいが、今までしたこととといえば彼女と二人で出かけたことと、手を繋いだことぐらいで。

 それ以上……というかキスすらしたことがない。

 しかし、後輩の言葉を信じるならば、明日には僕は死んでいる。

 その頃には手遅れになっているだろう。


「……話がある」

「えっと……なに?」


 不安そうな顔をする彼女。

 ……悪い話じゃないんだ。


「あー……そうだ。えっと……」


 なかなか言い出すのには勇気がいる。

 喉元から言葉が出てこない。

 彼女はますます不安そうに眉尻を下げた。

 


「卒業したら……その、結婚、しないか?」

「えっ」


 僕と彼女だけの時が止まったような感覚。

 一体どれだけの時間が経ったのか……一瞬だったかもしれないし、十分以上固まっていたのかもしれない。

 彼女の唇が開いた。

 やはり、断られるのか……?


「いいよ」

「……えっ?」

「いいよ。……そっちから言ってきたのに、その反応は何?」

「いや、まだ高校生だし、卒業するまでに別れる可能性だってある。それに……」

「なんでそういうネガティブなこと言うかなあ。いいって言ったからいいの! それに、婚姻届ならむかーしむかしに書いたし」


 ……そういえば随分とむかしにままごとで一回書いた記憶がある。

 そんな昔のことを彼女は覚えていたのか。


「あれは偽物だったけど。その時からずっとそう言うことは考えてたんだから」

「……ほんとに? 今考えたわけじゃなくて?」

「私、約束は守るから。あの時結婚するって誓ったんだから。……高校卒業するまでに私から告白して大学卒業したらプロポーズしようと思ってたのに」


 随分と長いスパンでの計画だ。

 まさか、そっちから言ってくれるなんて、思ってなかった。彼女はそう呟いた。


「あっ、そうだ。ちょっとあっち向いて目瞑ってて」

「……? わかった」


 言われた通りに後ろを向いて目を瞑る。

 静かで、ゆっくりとしたヒールの音が聞こえる。

 一体何をするつもりだろう、と考えていると。


「ちょっと屈んで」


 言葉に従い、膝を曲げる。

 すると、頬に柔らかな感触。

 驚いて目を開くと、触れ合いそうなほど近くに彼女の顔がある。


「びっくりした?」

「びっくりした……」


 頬をさすると、さっきまでの柔らかさがまだ残っているような気がした。


「まだしてなかったでしょ。一ヶ月記念兼……プロポーズ記念?」


 そういってはにかみながらこちらを見る彼女の顔は……おそらく僕と同じ色をしていた。






 ーーーーー


「ええ。目的はおそらく達成できたかと。これで我々の未来は開けたでしょう」


 物陰で耳に手を当てながら話すのは占い同好会の副部長を名乗った少女。

 彼女の目の前には半透明で発光するウィンドウが浮かんでおり、そこには『soundonly』と表示されていた。


「これで、英雄は誕生する。人類が滅ぶ未来は回避できます」


 そう言うと彼女は目を瞑り、これまでの行動を思い起こした。

 悪魔というものが存在しているはずがない。それはただ、それらしい理由付けが必要だっただけだ。

 占い同好会も、オカルト同好会も存在していない。

 告白も、ある程度二人を観察してさえいれば成功すると確信するのは容易であった。

 本来ならば、そもそも告白ができないような状況に陥り、二人の距離が離れていくのだが、それも回避することに成功した。

 まさか、年齢的に早すぎるプロポーズまで成功させるとは流石に想定外だったが……。

 これも全て後輩を名乗った彼女の功績である。

 恋のキューピッド役を見事にこなしたのだ。

 ……全て背中を押しただけ、という見方もあるが。

 

「え? 私ですか。どうせ戻れはしないのです。この時代を楽しみますよ」


 そして、通話は切れた。

 そこに残されたのはこの時代においてただ一人の。人類の滅亡の運命を知る彼女だけである。


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