第六十四話 父と父
「な、なんだ?私の世界が、舞台が壊れていく」
割れたガラスのように辺り一面がひび割れ、砕け、光となって消えていく。
ゲンタの言霊がスミレの言霊を内側から壊していく。
儚く幻想的な光景を背にスミレは我を失っていた。
「お父さん」
問いかけにハッとしてスミレは振り返る、そこにはひび割れ光に飲み込まれつつある娘の姿があった。
「キキョウ!!!」
スミレはキキョウに駆け寄り優しく触れる、強く抱きしめると粉々に砕けてしまいそうだったからだ。
「どうやら、お芝居終わりみたいね。あー楽しかった。」
キキョウは自らの境遇など気にする様子もなく父に笑いかけていた。
「そんな、キキョウ行かないでくれ・・・またお前を失うなんて耐えられない。」
「そんな顔しないでお父さん。今回はちゃんとお別れ言うことも出来て私は嬉しいわ。」
「そんな、嫌だ、」
キキョウの肩を抱きスミレは俯きながら涙する。
そんな父に娘は頭に手を置いて軽く撫でる。
「お父さん、今までありがとう。私を傍に繋ぎ止めてくれて、一緒にお芝居観てくれて。でも、もういいの私は私のいるべき場所に行くわ。そして、この世界の皆はあるべき姿に戻してあげて。お願い、」
「・・・・」
辺りにはキキョウの優しい声と、スミレのすすり泣く声だけが響いている。
「ゲンタさん」
キキョウは不意にゲンタを見つめる。ゲンタは言葉に詰まりながらも彼女の方を向く。
「お父さんを許してあげて、こうでもしないとお父さん弱虫だから重圧に押しつぶされてしまっていたわ。」
「あぁ、同じ父としてスミレの気持ちもわかる。俺も同じ境遇ならきっと同じことをしただろうからね。」
「ありがとう、あなたが父を止めてくれて良かったわ。」
キキョウは再度父に語りかける。もうその体は朽ちていて残された時間も少ないことが伺えた。
「そろそろ時間みたい、お父さんいままでありがとう。大好きよ、」
キキョウは消え入る声で最後の言葉を告げ、光となって消えていった。
後には泣き崩れるスミレと呆然と立ち尽くすゲンタだけが取り残されていた。
辺りの景色も壊れ、真っ白な空間が広がっている。
ゲンタはあたりを見回して不安に思っていると、目の前にいきなり人影が現れた。
「ゲンタよ、よくやった。」
自称神様は、ゲンタの目の前に現れるなり彼を誉める。
「この世界の偽りを見抜きそれを打ち破るとは、ワシが見込んだだけのことはあるのぉ。」
「また調子の良い事ばかり言って。てか、神様がいるってことはここは天国か?」
ゲンタは周りを見回しながら訪ねる。
「ここは虚無の空間じゃ、スミレによって作られた世界が壊れ、今本来のあるべき姿へと世界は作り返されておる。」
「そうなのか、まったくの無から世界を作り出した訳じゃないのか。」
「そうじゃ、前からあったものを使って新たな舞台を作成するのが【大衆演劇】じゃ。だから世界の人は消えるわけではない、本来の姿へと戻るだけじゃ。」
「なるほど、でもキキョウは・・・」
「彼女はスミレの力によって生み出された存在じゃ、その力が破られたいま彼女はもう・・・」
俺は、神様の言葉で改めてスミレの深い悲しみを痛感する。そんなスミレが、何か思い立ったようにこちらを向いた。
「キキョウを二度も殺した報い、受けてもらうぞ。」
スミレは憎しみの籠った目でこちらを睨みつけてくる。
「待つんじゃスミレ!いままでのキキョウは幻じゃ、お主が作り出した夢なんじゃよ。」
神様の言葉も今のスミレには届かない。
「爺さん今のスミレに何言っても無駄だ、少し頭を冷やしてやらないとな。」
ゲンタはそう言ってスミレの前に立ちはだかる。
「待てゲンタ!今のスミレは危険じゃ!」
ゲンタの後ろで神様が叫ぶが、お構いなしに突っ込んでいく。すでにゲンタとスミレの力の差は明らかだ、言霊を失った今は更にその差も開いていることだろう。
ゲンタはスミレを押さえつけようと腕を掴む、しかしスミレは、逆の手でゲンタの腕を掴むとそのまま力任せに地面に叩きつけた。
「グハッ!!!な、どこにそんな力が!?」
ゲンタは先ほどまでと違うスミレの力に驚く。
「さっきまでの私とは違うんですよ。これが本来の私の力です。」
スミレはゲンタを見下ろしながら答える。そのまま何もない空間から細身の剣を取り出す。
「なんだ?言霊の力か?」
「インベントリも知らないのか?まぁこの世界では、あなたは初心者ですからね。」
スミレは余裕の顔で笑いかける。
「ゲンタよ!今はスミレの呪縛から溶けた世界、ワシら神が作った世界じゃ。そこでは魔物を倒せばレベルが上がり、装備は各々のインベントリに格納できる!お主も使えるはずじゃ!」
神様の言葉にゲンタも空間に手を伸ばし想像する、何もない空間に確かに何かが存在していた。
その何かを掴み引っ張り出す。
「!?木の棒?」
「ふっ、初心者装備の木の棒だね。ちなみに私のレベルは80オーバー、元の世界では戦士として力を重点的に上げていた。」
そう言ってスミレは剣を振るう、その衝撃でゲンタは離れていても剣戟を受ける。
「スミレはこの世界では勇者じゃった、魔王すら倒し膨大な力を譲り受けそれを基にして言霊の世界を作り出したのじゃ。」
神様は必死にゲンタに告げる。
「神よ、この後あなたの作った世界もバラバラに壊してやる。せいぜい指をくわえて見ていることだ。」
スミレは神様に向けて冷たく言い放つ、彼はまるで全てのものを憎んでいるようだった。
「ゲンタ、頼む世界を救ってくれ!ワシはそちらの世界に手出し出来んのじゃ。そろそろ世界が生まれ変わる、ワシが居られるのもここまでじゃ。」
神様の言葉を待たずして周りの景色は一遍していく、空は黒い雲に覆われ地面は腐敗し木々も枯れている。
「ここは?魔王城の名残か、懐かしいな。」
スミレは呟く。
ゲンタはこの絶望的な状況で考えを巡らせる。今や力の差は歴然、仲間もいない。
「さぁゲンタ、お前にとってのラストバトルだ。」
勇者スミレは圧倒的な威圧を纏いながらゲンタに告げてくる。




