第六十三話 家族と世界と
「魔王も勇者もどっちも強いね。」
スミレの膝の上で、楽しそうに画面に食いついているキキョウ。
「あぁ、でも、もうクライマックスだ。」
「えー、終わっちゃうの寂しいな。」
「大丈夫、またすぐ次のお話が始まるよ。これからもずっと父さんと素敵な物語を観ていこうな。」
「うん、楽しみ。」
キキョウの屈託のない笑顔により、スミレは幸福感に包まれる。
「親子でお楽しみのところ悪いが、もう閉幕だ。役者はみな降板するってさ。」
二人だけの観覧席、そこに一人の男が現れる。
最初は取るに足らぬ脇役と一蹴していたが、男の介入によりシナリオはことごとく崩壊し、描いた結末とは違った物語になっている。
「良かったらゲンタさんもこっちに来て一緒にお芝居観ませんか?」
スミレはゲンタに語りかける。
「悪いが、親父が好むのはスポーツ観戦と相場が決まっていてね。」
「やはり趣味は合いませんか。なら大人しく、自分の家だけ守っていれば何事もなかったものを、」
「一人だけ呑気に過ごす訳にもいかない。子供たちを、妻を、友人を、そしてこの世界を守らないといけないからな。」
ゲンタは棍棒を手にゆっくりとスミレに近づいて行った。
「この世界のシナリオは私が決める、邪魔をするなら退場願いますよ。」
スミレが強く言い放つと、ゲンタの手に持つ棍棒は霧のように消えた。
「まさか!?操れるのは人だけじゃないのかよ、」
「役者だけでなく小道具もすべて私の言霊によるものです。もう諦めなさい。」
「なら仕方ねぇ、男らしくぶつかるしかないな。」
ゲンタはスミレに向かって一直線に駆ける、そして強く握りしめた右の拳を突き出した。
ガン!!!!
どこから取り出したのかスミレの手には盾が握られていた。ゲンタの拳はその頑丈な盾に阻まれる。
「もちろん消すことも出来るなら、作ることも造作もありません。」
「おぉぉぉぉぉ!!」
スミレはこれで素直に拳を下げると思っていたが、ゲンタは更に力を加え押し込んでくる。
「主夫の力舐めるな!毎日日雇いで体鍛えてるんだよ!!」
ゲンタは力任せにスミレを盾ごと押し倒す。無理をした拳からは血が滴り落ちる。
「あなたは馬鹿ですか!?こんな力比べしたところで、ガッハッ!」
ゲンタは、尚も話すスミレを無視し傷を負った拳で殴りつける。
「どうした?陰から操るだけで自分じゃなんもしない、そんなに戦うのが怖いのか?」
ゲンタはスミレを見下ろしながら話す。
「いいだろう、望み通り殺してやるよ!!」
痛みでカッとなったスミレはナイフを取り出してゲンタに切りかかる。
ゲンタは冷静に切っ先を捉え紙一重の所でかわしていく。
「やり慣れないことはするもんじゃないぞ、全然腰が入ってないじゃないか。それだと当たっても致命傷にはならないぞ。」
「うるさい!」
スミレはそれでもナイフを振り回す。
ゲンタは隙を見てナイフを蹴り落とすと、すぐさま腹や顔に拳を叩きこむ。
「ガッ、ガハッ!」
スミレはたまらず倒れこんだ。
「まともなタイマンなら、お前に勝ち目はないよ。」
「・・・あぁ、そうだなまともにやってもダメですね。ならこれではどうですか?」
スミレは立ち上がりながら画面の方を指さす。
そこには今も戦い続けるジンとコウタが映る。ゲンタがスミレに気を向けつつ横目で画面を確認すると、急にコウタの腕が吹き飛んだ。
「な!!なんだ!?」
ゲンタは驚いて画面をマジマジと見る。
「ふふ、この世界は私の支配下にあると言ったでしょう?全ての人は私の思うまま、その生き死にに関してもね。」
驚くゲンタにスミレは不敵に笑いかける。
「本来は勇者が勝ち残る設定だったが、もうどうでもいい次は聖女を痛めつけようか?」
スミレの言葉にハッとして振り向くゲンタ、その顔は悲壮感が漂っていた。
「君にも私と同じ悲しみを味わって貰うのも悪くない。娘を失うことがどれだけ苦痛か思い知るがいい!!」
スミレの言葉と共に画面の光景は戦場へと移り変わる。
そこには必死に力を使って戦いを食い止めるセナの姿が映っていた。
「や、やめろ!!やめてくれ!!!」
ゲンタの叫びも空しく響くなかスミレはその力を使いセナに攻撃を行う。
【大衆演【家内安全!!】】
ガキキキン!!!!
二つの言霊がぶつかり合い二人の間で火花を散らす。
「お、俺は家族と世界を守る!!」
ゲンタの強い想いが世界を揺らす。
眩い光に包まれて、いま舞台の幕は強制的に下ろされた。




