第六十二話 親友と宿敵と
「・・・・」
目の前に立つ親友は、焦点の合わない目を向け力なくその場に立っている。
「マレット!」
ゲンタは不用意に近づこうとはせずに呼びかけて反応を待つ。
しかし、マレットは返事をすることなく腰から二本のダガーを取り出して構える。
軽快なステップを踏み、流れるような動作に俺は疑問を覚える。
「操られているとはいえいつものスタイルと違うな。」
戦闘時マレットは大きい得物を好んで使う。鍛え上げた自分の力で敵を薙ぎ払うためだ。
動作も一太刀で倒すようにどっしりと構え、力を込めて武器を振っている。
しかし今はそれとは全く逆、小さい得物と軽快な動きは力を十二分に引き出せず、俺は軽く攻撃をさばいていく。
「お前、まさか手加減してくれているのか?」
あまりのお粗末な攻撃にマレットの本意が掴めずに困惑する。
しかし、その攻撃方法には見覚えがあった。
「もしかして、踊り子か?」
ゲンタは、マレットのお粗末な動きからバーで見た踊り子を連想させる。
その豊満な筋肉は滑らかな動きを阻害し、強面の顔は美しさを激減させている。
マレットは自分の素質をひた隠しにしてきた、その道に進むのが嫌で冒険者として長年勤め王国内でギルドを任されるだけの業績を上げてきた。
「しかし、踊り子って!!」
俺はあまりの可笑しさに声を上げて笑ってしまった。
「うるさい!笑うな!!」
笑い声に反応してマレットが叫ぶ。
「おぉマレット!気が付いたか。」
未だぎこちない攻撃を繰り返すマレットを適当にあしらいながら俺は答える。
「ゲンさんこれはいったい?体が操られているかのように勝手に動く。」
「あぁ、まさに操られてるんだよ。その人の素質に合った動きにな。」
「それでこんな柄にもない踊り子の動きをさせられてるわけか。」
マレットは納得して情けない顔をする。
「素質だけでなんの特訓もしてないから、かわすのは訳ないが何とか抵抗できないかマレット?」
俺は長年自分の資質に反感してきた男に、呪縛から逃れるよう声をかける。
「馬鹿にするなよ!俺は踊り子マレットじゃない、冒険者マレットなんだよ!!」
マレットが気合をいれると、それに合わせて動きがだんだん止まっていく。
そしてついに両手のダガーを手放し攻撃をやめることに成功した。
「さすが長年反抗してきただけのことはある。」
俺は喜んでマレットに近づこうとする。
「待つんだゲンさん!今は何とか抑え込んでいるが、少しでも気を抜くとまた持ってかれそうになる。頼む今のうちに行ってくれ!」
マレットは額に汗を滲ませながら告げてくる。
「それと、この事は誰にも言うなよ。」
「大丈夫だ、これからその悩みを解消しに行くんだからな。」
俺は長年素質と戦い続けた男の意地を背に、屋上へと続く梯子を昇っていった。
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「・・・」
「・・こえるか?」
「わしの声聞こえてる?」
目が覚めると、一面真っ白な空間にいた。
目の前には赤い鳥居が建っている。
「・・・」
「おーい!生きてるか?って死んだからここに来たんじゃったな。」
目の前では白髪の老人が必死になって騒いでいる。
「もう、どうでもいぃ。静かに死なせてくれ。」
男は遠くを見つめながら話す。
「ふむ、それがそういうわけにもいかんのじゃ。お主は転生する機会を得た。悪いが別の世界でまたやり直してもらう。」
老人は男に対して酷な事を告げてくる。
「キキョウのいない世界なんて、生きている価値もない。」
「そう言われてもワシは送るだけじゃ、これから行く世界はチキュウと違て剣と魔法の世界じゃ。どうしても死を選ぶなら転生してからでもえぇじゃろ。」
老人は諦めて男を送り出す。
「それと、そこの鳥居。強い想いを力にすることができる。通りながら願ってみるとよい、って行ってしもうたか。」
老人の言葉も程々に男は鳥居に向けて歩き出す。
(キキョウ、なぜ父さんを残して行ってしまったんだ。もう一度お前と一緒に暮らしたい、一緒にお前の好きなお芝居を見て暮らしたい。)
-------【大衆演劇】認識しました。--------
奇妙な声と共に目の前に光に包まれた人影が現れる。
段々とその輪郭はハッキリとしていき、それと共に男の顔に生気が宿る。
「キキョウ!!」
男はそこに現れた娘に抱き着いた。




