第六十話 マリと友人と
魔王城の一室、テラスから外が望めるその部屋に輝く細い糸は伸びていた。
その心細い糸を胸に握りしめマリは娘と会話をしてる。
「・・・そう、そちらは任せたわ。セナありがとう、頑張って。こちらも急いで終わらせるわ。」
マリとセナの会話が終わるのをゲンタは黙って待っていた。
しばらくしてマリは糸を離し会話を終えた。マリの手を離れた糸は空中を彷徨い、程なくしてかき消えた。
「セナはなんて?」
ゲンタはマリに話しかける。
「さすが私の子ね、あの子は一人戦場で戦いを止めているそうよ。」
「戦を止めるって!?どうやって?」
「言霊の力で人々の傷を癒し、命が尽きないように癒し続けてるの。それを両軍すべての兵に行っている。」
「お互い攻撃しても相手を倒せないのか、それは戦う意欲もなくなるな。」
「えぇ、そうして戦い自体を意味のないものにしているの。でも、セナの負担は相当なものよ。はやく根本的原因を排除しないと。」
マリは近況を説明し終わると窓から見える塔を指さした。
「四天王にはそれぞれ管理する塔があって、緊急時はその塔が魔王城本体を守る役割があるの。でも今は何故かその機能が働いていないわ。」
「それは塔に来られると困るからか?」
「えぇ、つまりスミレはそこにいる可能性が高いわね。」
俺はマリの言葉に納得し、早速塔へと向かう。
敷地内の四隅にそびえ建つ塔のうち正面から見て後方左側の塔へ足を運ぶ、どうやらそこが四天王スミレの管轄する塔らしい。
「正面から見ると高いな、やっぱり地道に登るしかないのか。」
「えぇ、いくつか罠も設置されているけど大体は把握してるから安心して。」
マリが味方でなければ罠で死んでいたかもしれない、俺は心強い相方がいて良かったとつくづく思った。
静まり返る扉の前に立ち、ゆっくりと開ける。見た目ほどの重厚さはなくすんなりと扉は開いた。
中を覗くと壁際には照明が灯っており十分な明るさが保たれている。
塔の中は広く奥には一つだけ扉が設置されている、どうやらそこが上へと続く階段のようだ。
「よく来たのぉ、本来ならばここには来んで欲しかったがのぉ。」
室内の奥からしわがれた声が聞こえる。そこには小さな人影があり、人影は杖を鳴らしながら近づいてくる。
「マグネス爺さん!」
「相変わらず不景気な顔してるのうゲンタよ。」
そこにはもう会えないと思っていたマグネス・モンローの姿があった。
久しぶりの再会に浮足立ってマグネスに近づく俺をマリは制止する。
「何するんだマリ。彼は味方だよ。」
「ゲンタ。それは以前の話しでしょ。今も味方とは限らないわ。」
「ほほほ、そちらのお嬢さんの言う通りじゃよゲンタ。」
マリの疑いにマグネスは素直に肯定する。
「噂の初代炎帝ね。表舞台から姿を消したと思ったら今度は裏方として働かされているわけね。」
「ほんとに人使いが荒いことよ、なかなか引退させて貰えんわ。」
「一応聞くけど、すんなり通してくれないかしら?」
「そうしたいのはやまやまじゃが、もうこの体はワシの意思は受け付けん。」
マグネスは哀しみの籠った声で告げてくる。すでに体はスミレの傀儡と化していた。
「このまま無理に戦えば体が持たないとわかりつつ操ってるのね、人を人とも思わない、頭にくるわね。」
「こんな老いぼれのために怒ってくれてありがとうな、お嬢さん。」
すでに諦めたマグネスとそれを悲観視するマリ、俺たちにはどうすることも出来なかった。
「ゲンタよ、ワシはすでに死んだ身、躊躇せず倒していけ。」
マグネスはそう言うと杖の先から炎を生み出す。
【ファイアーボール】
マグネスの意思とは反した強力な火の玉は、まっすぐにこちらに向かって飛んでくる。
俺とマリは左右に分かれて攻撃をかわす。
「ゲンタ!生半可な攻撃では彼を止められないわ、思いっきり行くわよ!」
マリは声を上げてマグネスに突っ込む。
【ファイアーウォール】
マグネスは接近させまいと周囲に炎の壁を生成する。
それを見越したマリは炎の薄い一瞬を見逃さずに内側へと飛び込んだ。
「なかなか機敏な動きじゃ、素質がなくてもここまで動けるとはさすが元参謀じゃな。」
「褒めても手加減しないわよお爺さん。」
マリは声をかけながらマグネスに蹴りを入れる。
マグネスは身軽に飛んでかわすと唱えていた呪文を解放する。
【ファイアーアロー】
マグネスの周囲に生成された無数の炎の矢が四方からマリに向けて襲い掛かる。
蹴りをかわされて体制を崩したマリは動けずにその場に固まっていた。
【家内安全】!
バシュシュシュ!!
俺の言霊により飛来する矢はマリに当たる前に見えざる壁に阻まれてその姿を散らしていく。
すぐに身を言霊は吸い込まれるようにしてその効力を失う。
「ゲンタよ、守ってばかりでは何も進まんぞ。」
一向に攻撃に転じない俺を見てマグネスは告げる。
「いくらお主が手を抜こうともワシは手加減出来ん、いい加減わかれ!」
マグネスはさらに叱責して告げる。
そこへマリが俺に近づく。
バチン!!!
マリの平手が俺の頬を打つ。
「いつまで情けない顔してるの!あんたがいても足手まといね、さっさと先行きなさい!」
俺は頬を押さえながら呆気にとられる。
「でも、マリだけじゃマグネスには到底勝てない。」
「あんたがいても勝てないわよ、なら時間稼ぎするからそのうちにスミレ倒してきなさいよ。そうすれば私も彼もセナもコウタも戦わなくて済むわ。」
マリの気迫に押されて俺は言葉を失う。
マグネスは愉快な顔をしながら笑っている。
「わかった、なるべく早く片付けてくる。それまでマグネスをよろしくな。」
「言われるまでもないわ。」
俺は覚悟を決めてマグネスの先を見据える。
「言っておくが、先に進みたいならちゃんとかわせよ。」
マグネスは行動とは裏腹に親切に助言をくれる。
【ファイヤーバースト】
マグネスを中心に爆発が円形に広がる、熱気を込めた風圧はあっという間に部屋中を覆い全てのものを吹き飛ばしていく。
塔内に置かれた調度品も粉々になり粉塵が巻き上がり視界を封じる。
煙が舞い上がる中、室内にマリの声が響く。
「手伝ってもらって悪いわね。」
爆風が晴れると、そこにはマリが一人佇んでいた。
上の階へと続く扉は半壊し、ゲンタは既にそこから上へと進んでいる。
「気にする事はない。レディをエスコートするのが紳士の務めじゃ。」
マグネスははにかんで言う。
「では、一緒に踊るかのぉ。」
「お手柔らかに。」
二人は互いに会釈を交わし再び室内は炎が充満した。




