第五十六話 コウタと仲間と
魔王の治める城下町はひっそりと静まり返っていた。
前の賑わいを知らない勇者一行はその重苦しい雰囲気にのまれていた。
「静かね、逆にこの静けさが不気味だわ。」
王女であり勇者一行の槍使いでもあるリリー・バークロットは不安を吐き出すように話しだした。
「王国軍と別れ単独で先行任務を任されましたが、ここまで順調に侵入できたとなると罠にすら思えますね。」
リリーの言葉に反応したのは王国騎士団団長のバード・シュミットであった。
彼の目の前には、すでに自分の実力をとうに超えた教え子の勇者がいる。
コウタも不気味さを感じてジッと辺りを探っているようだ。
「待って、この先から大きな反応がするわ。」
そう言ってみんなに警戒を促したのは、王国最強と言われたハーフエルフの魔導士、二代目炎帝のステア・モンローである。
「みんな慎重に、俺が先頭に行く。ステアはいつでも呪文を放てるように構えていてくれ。」
コウタの言葉にステアだけでなく、バードもリリーも頷く。
勇者パーティーはここにセナを加えて行動していたが、セナは陽動のため一人遅れて王国騎士団の大隊と一緒に行動している。
敵の主力がそちらに向かえばセナの力が必要になるし、敵から見ればセナが全面に立てばコウタたちの動きが悟られにくいだろうという判断だった。
「さっきから物音一つしないけどほんとに敵がいるの?」
あまりの静けさから、気を紛らわせるようにリリーはステアに告げる。
「間違いないわよ。犬が鼻までいかれたらお終いね。」
ステアはムッとして答える。
「さすがね、お猿さんは野生の勘が優れてらっしゃるわ。」
リリーも負けじと口戦に臨む。
いつもの如く犬猿の仲である二人が事あるごとに言い争う。
バードはやれやれといった感じで仲裁をするのだった。
「ほら二人とも、仲がいいのは結構ですが、時と場所を考えて下さいね。」
「「仲良くなんてない!」」
息を合わせたように二人はバードに向かって言い放つ。
そんなやり取りを横目で見つつコウタは笑みを浮かべた。
最初の頃は兄貴肌が鼻に着くバードや、我儘なリリー、気分屋なステアに振り回さえて辟易していた。
しかし、みんなで行動していくなかでいつの間にかこの場所も悪くないと感じていた。
しかし、その変化と共に失たった物を考えては、コウタの気分は沈んでいった。
その時、いつの間にか周囲に霧が立ち込め、コウタたちの視界を塞いでいく。
「みんな!来るぞ!散開!」
コウタはみるみる視界が悪くなる前方を見据えて叫んだ。
お互いの姿も確認できなくなる頃、コウタの叫びを合図にそれぞれが左右に分かれて飛んだ。
シュン!!
先ほどまで皆がいた場所を何かが通り過ぎていく。鋭い音を響かせ地面には引き裂かれた跡がくっきりと残っていた。
「どこのネズミが紛れ込んだのかと来てみれば、大きなネズミがかかったな。」
霧の立ち込めるなか姿は見えぬがコウタの頭上から声が聞こえてくる。
「ステア、リリー下がって視界の確保。バード敵はわかるな?」
「あぁコウタ、探れてるよ。相手は一人、ギガス族だ。巨人にしては小さめかな。」
コウタは素早く支持を出し、バードは見えぬ相手の情報を読み取る、後方ではステアが霧を晴らすために呪文の詠唱に入る。
敵もこちらの様子が見えているのか霧を割いて剣撃が飛んでくる。
「させるかよ!ハァッ!!」
コウタが前に出て見えない刃を構えた太刀で叩き落とす。
一撃の重みから敵はかなりの使い手であることが伺える。コウタも自らにブーストの呪文をかけて負けないように応戦する。
【ウインド】
その時ステアの詠唱が終わり広範囲にわたり風が吹き荒れた。
風は霧をかき消し、コウタたちと敵の姿をそこに浮かび上がらせる。
「貴様がここの番人か。」
目の前にそびえる巨人に向かってコウタは語りかける。
「いかにも、ワシは魔王軍四天王が一人、巨神グラムス。ここから先へは生かして通さんぞ。」
コウタの二倍ほどある体格の巨人は道を塞ぎながら答える。
「なら、倒して進むまで!」
コウタはグラムスに告げると体から白い煙が立ち上がる。その煙は雷となり剣に纏わりつく、白く輝いた剣は一回りも二回りも巨大に見える。
【天下】!!
コウタは叫ぶと同時に巨大化した剣を振り下ろす、白い雷を纏った剣は閃光を発しながら地面を這いグラムスを足元から襲う。
自然現象と違い地面から伸びる雷は、そのままグラムスの体を突き抜け頭から空へと昇っていった。
「ぐぬぅぅぅぅ!!」
苦悶の表情を浮かべるグラムス、コウタはその隙を見逃さずに距離を詰めていく。
【アースウィール】!!
コウタを接近させまいとグラムスは即座に呪文を展開し、目の前に土の壁を出現させる。地面が盛り上がりそのまま固まって壁へと姿を変えていく。
そんななか、空から声が響く。
「そうはさせないよ。【紫電】!」
雷の羽を生やし、空高く舞い上がったバードがグラムスに向けて告げる。
バードの翼から伸びた雷が、空を引き裂き形成されつつある壁に突き刺さる。
そのまま眩い光と轟音を響かせながら土壁を消し炭へと変えていく。
「貴様、雷鳥か!」
「僕の二つ名を知っていてくれているとは、光栄だね。」
グラムスはバードを見つめて憎らしく叫ぶ。壁を壊され丸裸となったグラムスは、突撃してくるコウタを躱すために距離を取ろうと後退を試みた。
「む!!足が、」
しかし、足を氷漬けにされ思うように身動きが取れない。
「鳥にばかり気を取られるから狼に足元をすくわれるのよ。」
冷たいオーラを纏ったリリーがグラムスを見つめながら言う。
「氷の狼犬!まさか女だったとは!」
「あら、女だからって馬鹿にしないでよね!【氷塊】!!」
カッとなったリリーはグラムスに向けて氷の塊を打ち出す。
グラムスは咄嗟に腕をクロスさせ顔面のガードを固めてやり過ごす。
「さすがギガス族、噂以上にタフね。」
「なめるなよ小娘が!!!」
グラムスは怒りに震えて拳を地面に叩きつける。その衝撃が波となり衝撃は地面を伝って波及する。リリーもコウタも不安定な足場に態勢を整えるので精いっぱいだった。
「こんな子供だまし私には効かないよー。【ファイアーアロー】!」
そんな中ステアは、揺れる地面も意に介さずグラムスに向かって炎の矢を浴びせる。その狙いは正確で四肢の付け根を貫いていく。
「さすが猿帝、曲芸なみの動きね。」
「犬ころは黙ってお座りでもしてなー」
こんな中でもリリーとステアは軽口を言い合う。
そして、すっかり態勢を崩されたグラムスに勇者の剣が襲い掛かった。




