第五十五話 二人と世界と
「えっ?スミレとキキョウちゃん?」
俺は意外な名前に驚きを隠せないでいた。
「彼らは吟遊詩人のスミレのことか?」
俺は人違いかもと少し期待して聞き返す。
「表向きはそう名乗っているようだな。彼らは傀儡子、先頭に立って戦うこともないから魔王軍でもその姿を見た者は少ない。普段は無害な親子の振りをして世界を放浪している。この事を知るのは魔王軍でも一部の者だけだ。」
どうやら人違いではなく、俺に知っている二人だった。
「とても魔王軍で偉い人には見えなかったけどな。」
「彼らは異世界人だ、見た目に騙されるなよ。」
「という事は、もちろん言霊も使える訳か。その力でマリは操られてセナを襲ったのか。」
「抵抗しようとしたが駄目だった。話しには聞いていたが予想以上の厄介な言霊だ。」
「それで。今度は魔王軍ごと操って戦争を起こそうとしてると。」
「そこは少し違う、操っているのは魔王軍だけではなく世界だ。」
俺はスケールの大きな話しに驚く。
「世界を操るって、それじゅあ国王軍もスミレに操られて戦争してるのか?なんでそんな子供の遊びみたいなマネを?」
まるで子供が人形遊びしているような感覚だった。そうだとしたらこの世界の住人の命を軽く弄びすぎだ。
「理由まではわからない、みんな奴の思い通りになるなら、わざわざ戦争させてお互いを消耗させることもないのにな。」
マリもこの戦争の意味については不思議がっていた。
「それで戦争を止めるためにはスミレを止めないといけないのか。でも、みんな操れるなら誰もスミレに抵抗できないんじゃないか?」
「確かにみんな奴には抵抗できないと思っていた。だが例外があったんだ、それがゲンタだよ。」
マリは真っ直ぐに俺を見つめて言ってくる。
「俺が?なんの資格も持たないのにか?」
「それが希望なんだ、私の賢者やジンの魔王、コウタの勇者といった役職は、奴の言霊【大衆演劇】によって与えられた資格によるものなんだ。世界中の人々は何かしらの資格を持ち、何らかの役職についている。そうである限りその資格を与えたスミレには誰も抵抗出来ないんだ。」
「その名の通りみんな役を与えられてるわけだな、その役の外にいる俺や、役から降ろされたマリのみがこの舞台の外に出てスミレに対抗できると。」
「うん、その通りだ。ゲンタだからこそ今回処刑されるはずだった私も救われた。恐らくお前がかかわったせいで、奴の描いたシナリオと結末が変わったものも、いくつかあったのだろうな。」
「そうなのか。でも、今回は二人で世界を相手にするようなものだろ?とても勝ち目なんて。」
「普通に真正面から戦えば成す術なくやられるだろうな、だからこそ今は身を隠さないと。」
マリの話す内容は衝撃的で、これからの俺の人生を一変させるものだった。
「しかし、グズグズしていると戦いが本格化してジンはコウタに殺される。それこそがこの戦争のシナリオなんだから。」
「秘密裏に素早くスミレに接触しないとな、彼のいる場所に心当たりは?」
俺はマリに問いただす。マリは静かに首を振ってこたえる。
「それは私にもわからないわ、でもこの戦争を仕組んでいるのなら多分特等席でこの戦いの結末を見ているはず。」
「なるほどな、それじゃあ目的地は魔王城だな。」
俺とマリは決意を固めて頷くのだった。




