第五十四話 黒煙と逃亡と
「マリーよ、時間じゃ。」
牢屋で一人佇むマリに国王のスミスが声をかける。
マリはゆっくりと鉄格子に近づき開けられた格子から外へと足を踏み出した。
足取りはしっかりとしていて、目線は高く顔も凛々しい。
まるで普段通りと変わらない佇まいにスミスは彼女の芯の強さを思い知るのだった。
「最後に何か言い残すことはあるか。」
スミスはマリに向き合い告げる。
「あいつに、旦那に信じてると伝えて。」
マリは優しく微笑んで答えた。
スミスは黙って頷くと衛兵に指示を出し、ゆっくりと広場に向けて進みだした。
-------------------------------------------------------------------------
広場はすでに人で溢れ、稀代の魔女を一目見ようと皆が今か今かとその時を待っていた。
すでに魔王軍に対する憎悪は日に日に増し、この処刑が一つの開戦の狼煙として位置づけられていた。
「みんな悪趣味ね、そんなにこの残虐なショーを見たいのかしら?」
「人の不幸は蜜の味がするものさ、その残虐さの最たる例が戦争なんだから。」
「ついに魔王と勇者の戦いが見られるの楽しみ。」
「うん、物語のクライマックスだからね。この話しが終わったらまた一から始めないとな。」
「次の物語も楽しみだなぁ。」
「みんなキキョウを楽しませるために精一杯演じるよ。」
広場には吟遊詩人とその娘の姿もあり、仲良く語らっていた。
そんな中、群衆を掻き分け進む男の姿には誰も意識を向けてはいなかった。
処刑の時間が迫ると、広場に囚人を乗せた馬車が到着する。
人々は早く姿を見ようと騒めきたち、その熱気に後押しされるかのように、馬車から降りた囚人は処刑台へと押しやられるのであった。
「お集りの国民よ、これより聖女殺害の罪でこの者を処刑する。その怒りを消化させるため、しかとその目に焼き付けたし!」
スミスは広場に集まった群衆に語りかける。
群衆はスミスに言葉に反応して声を荒げてマリを罵倒し、手にした石を投げる者もいた。
当の本人は涼しい顔で前を見据え、木の杭に括り付けられていた。いくつかの石が顔や体に当たり赤い血を生み出す。
それでもマリはただ前だけを見つめているのだった。
「さあ時間じゃ、悪く思うなよ。」
スミスはマリにだけ聞こえる声で告げ、兵士に刑の執行を命じた。
マリの足元に火が付けられ、炎はだんだんと勢いを増し、あっという間にマリの全身を包んで燃え上がる。
炎はその後も衰えることを知らず、スミスたちのいるステージにまで火の手は達した。
ステージ上の人々は避難し静かに炎が収まるのを待つ。
すでにステージ上のマリの人影は確認できず辺りには焦げ臭いと強烈な熱気が充満しているだけだった。
日が傾くころやっと火の勢いは衰えを見せ、そこには炭化した木々が横たわっていた。
このまま撤去作業を進めるとすっかり暗くなるため、スミスは最低限の兵士だけ残し撤去作業は明日行うように命じた。
そのころになるとあれだけいた群衆もほとんどいなくなり、広場は静けさを取り戻していた。
ゴトッ、ガタガタ
「バカ!静かにしろ!」
「お前こそ声が大きいよ。」
静まり返った広場に動く二つの影、燃え尽きた木材の下からゲンタとマリは這い出して来る。
二人は言い争いを辞め辺りを観察すると、人がいないのを確認してから広場を後にした。
「ここまで来ればひとまずは大丈夫か。」
「えぇ、辺りに人影もないし安心でしょ。」
俺たちは王都から伸びる街道を歩きながら話した。
月明かりが辺りを照らし横を行くマリの表情まで鮮明に浮かび上がらしている。
その額から血が滲んでいる、処刑時に石が当たって出来た傷だ。
しばらく先に小川があったので、俺はそこに行き布を濡らしてマリの額に当てた。
「本当はこんな危な目に合わせるつもりもなかったんだが、あそこで行動するとバレる可能性があったから、許してくれ。」
俺の言葉にマリは涙を浮かべて首を振る。
「あんたを信じていたよ、こうして生きているだけでも奇跡なんだ、このくらいの怪我なんて何でもないよ。」
俺は群衆が処刑台に注目する中、台の下に潜り込みマリが炎に包まれる瞬間に【家内安全】でマリを炎から守ったのだ。その後ステージがすべて炎に包まれると、昨晩掘っておいた穴にマリと二人で身を隠し陽が沈むのを待った。
戦争ムードが高まってるなか、処刑後の実況見分にそこまで人員を割かないだろうという目論見があっての作戦だ。
俺たちはそのまま小川の脇で夜を明かすことにした。
薪を集め火打ち石で明かりを灯す、昼間とは違う火の温もりを感じて二人はやっと一息ついた。
「どうやらヤツの呪縛からは解放されたみたいだね。」
マリは腕を振ったり、拳を握りしめながら答える。
「何か不具合でもあるのか?」
体の動きを確認しているマリに対して俺は質問する。
「うん、どうやら呪文が使えなくなってる。恐らく賢者としての役職がなくなったからだと思うわ。もう鉱山の時のようには振舞えないわね。」
「えっ?鉱山って、あの時の女ってマリだったのか?」
「あんた気づいてなかったの?情けない。」
俺の驚きにマリは呆れた声で答えた。
「しかし呪文も使えないとなると、戦闘の時は苦労しそうだな。」
「まぁ言霊の力は使えるけど、私の【才色兼備】はサポート向きの能力だからあまり期待は出来ないけどね。」
マリの言霊は様々な才能を有するもので、一応美容にも効果はあるようだ。あくまで才能を発揮するだけなので身体能力が劇的に上がるわけでも、天変地異を起こすわけでもなかった。
今までは、言霊に賢者としての呪文の力まで加わっていたんだから手が付けられなかった。
「今は大胆な行動は控えるから、特別問題はないはずよ。都合よくヤツの監視も解けたし、そろそろ知ってる範囲で真実を伝えるわ。」
そういって揺らめく炎を瞳に宿してマリは語り始めるのだった。




