第五十二話 黒と疑惑と
「そんなことがあったのか、セナが世話になったな。父親として礼を言うよ。」
俺はキットの話しを聞き終わり、深々と礼をする。
場所はキットの家に移っていた。テーブルには俺とコウタが並んで座り、向かいにはキットが座っている。
机の奥には棺が置かれ、中ではセナが眠っているかのように横になっている。
「色々試シテミタケド目を覚マサナカッタ、クヤシイ。」
「いや、キットはよくやってくれたよ。ここまでセナを守ってくれた訳だし。」
俺は悔しがるキットを宥める。
「それにしても、敵はいったい何の目的でこんなことを。」
「犯人はオソラク魔王軍所属の賢者、眠りの毒ニモ複雑な呪文の形跡ガアル。」
腹を立てているコウタに対して、キットは敵の詳細を語った。
「魔王軍の賢者というと、参謀マリー・クロスか!」
「多分ソウ。」
コウタの口から発せられる意外な名前に、俺は驚いて耳を疑う。
「ちょっと待て、本当にマリの仕業なのか?他の誰かじゃないのか?」
「アレダケ高度な呪文ハ魔王軍デモ使えるもの少ナイ、多分賢者で間違イナイ。」
「そう詰め寄るなよ親父、間近で見たキットがそう言うんだ確証はあるんだろう。後は本人に直接聞いてみればいい。ちょうど近々魔王軍との会合も予定されてる、魔王が来れば参謀だって来るはずさ。」
「その会合でそんな嫌疑をかけたら両国の戦争ムードは一気に加速するぞ。」
「それも仕方ない、守る為には戦わなきゃいけない時もあるんだろ親父?」
「それはそうだが、今回は代償がでかすぎる。」
「それでもセナをこんな目に合わせて黙ってらんねぇよ。」
コウタの目には明らかな怒りの色が見えた。
その怒りは触れるもの全てを燃やし尽くしそうなほど力強かった。
俺はマリのことをどう話すか悩んでいると、コウタから切り出してきた。
「母親なんだろ、そいつは。」
「気づいていたのか?」
「魔王軍とは何度かやりあったこともあるからな。見かけたときに面影は感じたよ。たぶんセナは気づいてないだろうがな。」
「だったら親が子を襲う訳ないだろ、これは何かの間違いなんだ。」
「俺たちを捨てたんだ、いまさら何をされても驚かないさ。それに、これまで何度も魔王軍には襲われているしな。」
コウタは頑なにマリを拒んだ。
その激しいまでの怒りに一瞬気圧される。マリが今だ魔王の側にいて勇者であるコウタと争っているのは聞き及んでいる。そこにどんな意味があるのかいまだ計り知れない。
「それは何かしら意味があってのことなんだ。」
「それでもこんなことあって言い訳ないだろ?」
俺も疑惑にかられながらもコウタを説得するが、その言葉にはコウタを説き伏せるだけの力はなくコウタの言葉に何も言い返せなかった。
その後セナ入った棺は王都の神殿に移され、とりあえずこの事を知るものは一部の者のみになった。
このまま騒ぎが大きくなると戦争の火種は一気に拡大するためであった。
「ほんとに眠ってるかのようだな、朝になればいつものように明るい声でおはようって言ってきそうなほどに」
セナの顔を覗き込みカシロフは言う、俺もそんな気がして毎日顔を見ては変化なく一日が過ぎていった。
「そろそろ城では会合が開かれる頃だな、行かなくていいのか?」
「王様には騎士団や勇者一行まで付いてるんだ、俺が行ったところで出来ることはないよ。」
「嘘だな、本当は行きたいんだろ?でも、仲間外れにされた」
「あぁ、王国側もすっかり頭に血が上ってる。もう和平の道を望む声は聞こえてこないよ。コウタにも釘を刺しておいたが、どこまで聞き届けてくれるか。」
「このまま行くと開戦だな。」
カシロフの言葉に俺は頭を悩ます。このまま戦が起こって俺はどっちに付くべきか、このままいくと必ずどちらかは失う、最悪家族全員失うこともあり得る。
バッシ!!ガタッ
突然俯く俺にカシロフが平手打ちをしてくる。あまりの勢いに俺は吹っ飛び、棺に足を取られてひっくり返る。
「いきなり何を、」
「この前からウダウダと、悩んでいても何も解決しないぞ。そうやってる間に物事が好転すると思ってるのか?」
「でも、俺には何の力もないんだ。」
「何かするのに資格がいるのか?違うだろ?」
カシロフの叱責に俺は顔を上げて前を向く。
「あぁ、そうだなカシロフの言う通りだ。俺は何をウダウダ悩んでいたんだか。お陰ですっきりしたよ、ありがとう。」
「懺悔は俺の専売特許だからな、任せておけ」
カシロフは白い歯を見せて笑う。
「しかし、神に仕えるものが乱暴だな。セナの棺までこんなにして、」
俺は傾いた棺を直そうと手を伸ばすと足元に転がる果実に目がいった。
「これは?林檎の欠片?いったいどこから。」
「ゲホッ!ガハッ!!ハァハァ」
すると突然セナが咳き込む、
「なんだいきなり、意識を取り戻したか!?」
「なんてタイミングだ、ゲンタ、ここは任せろ。早くこの事を王に、これで会合の流れも変わるかもしれん!」
「あぁ、わかった。セナは頼んだ。」
俺はいまだ咳き込むセナをカシロフに任せて城へと急いだ。
セナの目覚めがこの件をいい方向へと導いてくれると信じて。
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王城の大広間は不穏な空気に包まれていた、広間には王国から王とその側近、護衛の騎士団と勇者一行が控え、対する魔王軍は魔王と参謀、それに配下の魔物たちが後ろに控えていた。
「どうしても白を切るつもりか?」
コウタは魔王に詰め寄る。
「勇者殿は何か勘違いをしておいでか?証拠もないのにうちの参謀が聖女を手にかけたなどと。」
魔王のジンはコウタの威圧に怯える素振りもなく答える。
魔王の後ろで控える参謀のマリも表情を変えずにずっと前を見つめている。
先ほどからこの不穏な空気が室内を包み、話し合いは膠着状態と化していた。
コンコンコン
そこへ扉を叩く音が響いた、騎士団の一人が扉へ近づき外と一言二言会話を交わす。
その後騎士は王のもとへ近づき耳打ちをした。
「どうやら聖女様が目を覚まされたそうだ。」
国王のスミスは魔王を見つめて告げる。
コウタは、魔王の後ろで一瞬表情を曇らせたマリを見落としていなかった。
「これで犯人もわかるな、いつまでも騙し通せると思うなよ。」
コウタは凄んでマリに伝える。
マリは観念したようにため息をつくと、ゆっくりと話し始めた。
「魔王様申し訳御座いません、今回の件は私の私情で起こしてしまったことで御座います。罰は何なりとお受けしますので。」
以外にもマリはあっさりと罪を認める。
「これはいったいどうゆうことですかな魔王殿?」
マリの言葉にスミスは口を挟む、そしてその言葉は魔王に敵意として向けられる。
「この度の件は私の預かり知らぬ事とはいえ、非があるのは認めよう。マリー・クロスよ、この度の責任取ってくれるな?」
「はい、魔王様の命令とあれば。」
ジンもまるで打合せしていたかのように、あっさりとマリを切り捨てた。
ジンとマリの間で淡々と会話が進んでいく。マリは話し終わると騎士団の下へ近づきそっと両手を突き出す。
スミスはその様子を見て騎士団に目線で合図を送り、マリを拘束するよう命じた。
「まさか今回の件一個人の責任で終わりとは申されまいな?」
「これ以上何を望むというのだスミス国王?まだ納得されないとあればこちらもそれ相応の対応を取らせてもらう。」
事はこれで終わらずに、すでに着いた火種は燃え上がり、スミスとジンの間で静かに開戦の幕が上がったのだった。




