第五十一話 赤と果実と
「ことごとく失敗とは、たかだか小娘一人に情けない」
マリは誰にも見せたことのない怒りの表示で、机に拳を叩きつける。卓上の鉢植えが激しくカタカタ揺れ、実った赤い果実がポトリと落ちる。
「こうなれば直接行くしかないか。待っていなさい私の可愛いお姫様。」
そう言ってマリは外套を纏い自室を後にする、手には果実を抱えて。
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「具合ハどう?」
「えぇ、すっかり良くなったわ」
セナに盛られた毒は数日で良くなり、体力もすっかり回復していた。
あれから怪しい人影は現れず、セナもキットも少し安心していた。
「さぁ今日は庭の花壇仕上げちゃいましょ。」
「マタ人形置いてイク、ナニカあれば家にニゲテ」
「えぇわかったわ。」
キットはセナが襲撃されてから護衛に人形を欠かさなくなった。
六体の人形たちはセナの言うことにも従順に従い、普段は手足のように作業を手伝ってくれる。
話すことは出来ないが、キットがいない時も触れ合えるのでセナにはいい気分転換の相手だった。
「今日もいい天気ね、さっそくここの岩を移動して貰えるかな?」
セナは庭に出て人形に指示を出す、見た目は小柄だが人形もキット同様力があり頼りになる。
一人では数か月かかっても終わらなかった作業も、みんなと一緒だと数日で完成の運びとなった。
「うん、いい感じ。きれいな花壇出来たわ。」
花壇には一面に青みがかった白いマリーゴールドが植えられている、そこは雪が積もったかのような幻想的な光景が広がっていた。
セナは岩に腰を掛けて花壇を眺める、自分の力作に満足そうにほほ笑む。
「綺麗な色のお花だねぇ。スノーホワイトかな。」
セナが花壇を眺めていると、奥の森から一人の老婆が姿を現した。
一瞬身構えるセナだったが、腰の曲がりその弱々しい姿にすぐに警戒を解く。
「えぇ、寂しい庭だったから植えてみたの。お婆さんはいったい?」
「山菜を取りに来たんだが、つい夢中になって森の奥まで来てしまってねぇ。でも、お蔭でこんな素敵な光景に出会えた、感謝しないとねぇ」
セナはお婆さんと話しながら人形たちの様子を確認する。人形たちはみんな電池が切れたように静かに佇んでいる。
キットの人形は悪意に反応して自動的にセナを守るよう指示されている、いまここで動きを見せないということはお婆さんは本当に迷子なんだろうとセナは納得した。
「それでしたらお婆さん、この子たちの一体に森の出口まで案内させますよ。」
セナは一体の人形を指して言う、いまだ人形は動くそぶりをみせない。
「あら、ありがとう。ではせっかくなんでお礼におすそ分けでも。」
お婆さんはそう言って、抱えているカゴから真っ赤な林檎を取り出す。
「いえ、そんなお気遣いなく。」
さすがにセナも怪しんで断ろうと後ずさりする。
「甘くて美味しいのよ、ほら、密もたっぷり。」
お婆さんはそう言って林檎を二つに割ると中身を見せて、半分は自分で食べて見せた。
そこまでされて断り辛く思い、セナはしぶしぶ林檎に手を出し一口かじった。
すると、セナは急に眠気に襲われてその場に倒れるのだった。
「あらあら、こんな森の中で人形遊びばかりしてるから勘が鈍るのよ。そっちはハズレ、毒は半分だけなのよ。」
お婆さんは先ほどまでの口調や背格好から、長身の大人の女性へと姿を変えていった。
「この程度の人形、私の前では何の役にも立たないわ。」
女性はそう言って一体の人形に近づき指先で触れる、人形は音もなく崩れ砂へと戻っていった。
「これで邪魔者はいなくなったわね、最初からこうすれば良かったわ。」
そのまま倒れたセナを残してマリは静かに闇へと消えていくのだった。
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「どうだ、セナの手掛かりはわかったか?」
俺は帰ってきたコウタにセナの居場所を尋ねる。最近は毎日帰って来るたびに確認している。
「いや、足取りはつかめない。あの日、城壁の外へ男と二人で出て行ったきり消息不明だ。」
コウタはいつもと変わらぬ答えを返す。
「最近は魔王軍もきな臭い動きを見せている、噂では城下にまでその配下を送り込んでいるとも言われてるしな。」
「まさかセナも魔王軍に連れてかれたとか?」
俺は心配になりコウタにしがみつく。
「そうなったら向こうから何かしらの要求があってもおかしくないだろ?今では、セナもこの国にとって重要な存在になってるからな。」
「それもそうか、何も動きがないのが返って不安を煽るな。」
ガタガタ、ドガッ!
家の入り口で大きな物音がした。俺とコウタは急いで玄関まで駆け付ける。
そこにはドアをぶち壊して倒れている小さな人影があった。
「何だお前は?」
俺はもがいている人影に話しかける。
起き上がった人影には顔はなく、それは人形のようだった。
「なんだコイツは?モンスターか?」
俺は人形から離れて身構える。
「これは傀儡の一種みたいだな、前に似たようなものを見たことがある。」
コウタが人形に近づいて答える。
人形をよく見ると手には何か布が握られていた。
「親父!これ。」
コウタが示す布を見てみると、それは見覚えのあるものだった。
「これはセナの髪留めじゃないか。」
それはセナが気に入っていつもつけていた髪留めであった。
脅迫か交渉か、相手の出方を伺っていると人形はゆっくりと回れ右をして玄関から出ていく。
「ついて来いってことか?」
ゲンタとコウタは二人で顔を見合わせて、人形について家を出て行った。
「いったい何処まで連れて行く気だ?」
すでに国の城壁は彼方後方となり、目の前には高い山が控えている。
もしや罠にでもかけるつもりか、人形は言葉を話せないのか一切の問いかけにも答えず黙々と歩みを進めていく。
その後山を越え樹海の入り口に近づくと、そこにはもう一体の同じ人形の影が見えた。
「仲間か?いや、ちっと違うな。」
目を凝らしてみてみると、そこに居たのは人形ではなく小さな人であった。
「ドワーフか?珍しいな、ここに居るってことはこの人形の主か?」
コウタが訝しげに言う。
「お待チしてイマシタ。私はキットと申シマス。イママデ、セナ様の世話をシテキマシタ。」
キットと名乗ったドワーフは拙い言葉ではあったが丁寧にこれまでに起こったことを話した。




