第四十九話 白と乙女と
カチッ、シュルシュルシュル
薄暗い魔王城、マリの靴先に固いものがあたり廊下を滑る。
マリは飛んで行った物に目をやり、それを拾い上げる。
「鏡?」
そこには薄暗いなかでも鮮明に自分を映す手鏡があった。
不思議に思い手鏡を眺めていると、
(この世で一番美しいのはこの子じゃ)
鏡から発せられる思念のようなものを聞き、マリは鏡に映るどこか自分に似た女性を見つめる。
【大衆演劇】
「しまった!!引き込まれる、」
一瞬抵抗しようとするも、それも空しくマリの瞳は段々と輝きを失っていく。
「その透き通った雪のような肌、瑞々しい赤い唇、羨ましい、憎たらしい。」
マリは怒りの籠った眼差しを鏡の中の聖女に向けると、足早にその場を去って行くのだった。
「実の娘でありながらも憎しみの対象となる、愛が嫉妬に、醜くも悲しい物語の始まりだね。」
「続きはどうなるの?」
「それはこれからのお楽しみだよ、彼女らの演技に酔いしれようじゃないか。」
「うん、楽しみね。」
廊下の奥では二人が楽しそうに話している、さながら映画館で予告編でも見ているかのように。
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コンコンコン
夕方せわしなくシライ家の扉を叩く音が響く、何かに急かされたように叩く音に驚き俺は扉を開けた。
「そんなに激しく叩かなくても聞こえてるよ。」
俺が扉を開けると痩せこけボロを纏った男性がそこに佇んでいた。
「急に押しかけて申し訳ありません、是非聖女様にお目通り願いたく参りました。」
男は息を切らしてまくしたてる。
「セナに用事か?一体何の用だ?」
俺は不振に思って男に尋ねたが、そこにちょうど家の奥からセナが現れる。
「どうしたんですかそんなに慌てて?」
「あぁ聖女様!どうかどうか我が子をお助け下さいませ。」
男はセナを見ると泣きながら懇願しだした。
「えっ、ちょっと落ち着いて下さい。お子さんがどうかしたんですか?」
「実は私は息子と共に狩人をしているんですが、先ほど狩の最中にモンスターに襲われ息子が重傷を負いまして。このまま放っておくと命が危なく急いで聖女様を頼った次第です。」
「それは大変!すぐ行きます!道案内を」
「ありがとうございます。」
セナは男の話を聞いて出かける準備に取り掛かる。自分の部屋に駆けていき必要な荷物を用意しだした。
「おいセナ、こんな時間から不用心じゃないか?一刻を争うのもわかるが。」
「大丈夫よお父さん、心配なら後から追いかけてきて、私は先に行って治療を始めてるから」
セナはそういうと手早く荷物をまとめ男の元に向かう。
俺は後で向かうため男の家の場所を聞き、セナを送り出す。
「まったく、責任感が強いことで、誰に似たんだか。」
俺はそう呟くと、セナを早く追いかけるために残っていた家事を済ませるのだった。
セナは男の後を追いかけ気づけば城壁を超えて薄暗い森の中まで入っていった。
「いったい何処まで行くんですか?」
セナは心配になって男に尋ねる。
「森で狩りをしていて怪我を負ったものですから、この先です。」
男はセナを更に森の奥へと誘い込む。
木々は更に生い茂り静けさが辺りを支配していた。
「さて、この辺りでいいかな。」
男はそういうと懐からナイフを取り出す。月明りも届かない森の中で、ナイフの光だけが怪しく輝く。
「いったい何のつもりですか?」
「悪いが聖女様には死んでいただく、悪く思わんでくれ。」
「それでは怪我人というのも?」
「あぁ、お嬢さんを誘い出すための嘘さ。」
「なんのためにそんな嘘まで。」
「命令されてね仕方なくね、こっちも命がけなんで手段は選んでらんないのさ。」
「そうですか、こうなってしまうと私には戦う力はありません。今は怪我人がなくて良かったとさえ思えるわ。」
セナの言葉に男は一瞬躊躇する、先ほどまでの決意が揺らぎ始めているのが分かった。
「抵抗しないのかい?」
「私は自分を救うために誰かの命を奪おうとは思わないわ。」
「噂以上だな、聖女様は、」
男は意を決したように手にしたナイフを投げる、しかしナイフはセナからは外れあらぬ方向に向かっていった。
ガサガサ、ピギー!!
ナイフを投げた先から獣の鳴き声が聞こえる、男はそちらに黙って歩いていく。
その先にはナイフの突き刺さった猪のような獣がいた、男はその獣に近づくと隠し持ったもう一本のナイフで手早くその命を刈り取る。
「依頼主から聖女の心臓を持ってくるように言われててね、どこまで騙せるかわからんが聖女様の代わりだ。」
男はそう言って獣の解体を進め心臓を取り出していた。
「聖女様。愚かな行いを許して欲しい、そして言えた義理ではないが一つだけ頼みがある。このことがバレないように、しばらくこの樹海の奥に身を隠していてくれないか?そこにはドワーフが暮らしているし、隠れるのには困らないはずだ。もし生きていることがバレるとあなただけでなく、家族にも魔の手が伸びる恐れもある。」
セナはしばらく考えていたが、他に選択肢がなくこの男を信じることにした。
「わかったわ、しばらく身を隠しています。それにしても私を狙う者とはいったい?」
「魔王軍参謀のマリー様ですよ、敵は強大です。私が必ずうまく騙して迎えにいきますから。」
「はい、信じています。」
男はそう言って獣の心臓を袋に詰めてこの場を後にした。
セナも気持ちを切り替え、恐る恐る森の奥、ドワーフの住む地へと向かうのであった。




