第四十七話 魔王と先輩と
「戦争だよ?平和だった国で育ったから実感は薄いかもしれないけど、人がたくさん死んじゃうんだよ。せっかく仲良くなった仲間がみんないなくなるかもしれないんだよ?」
俺は平くんに訴えかけた。
もし転生などせずに日本に留まっていたら戦争なんて、たぶん経験することはないだろう。
人の死なんて直接かかわることも少なく、病気か事故かで亡くなるのがほとんどだろう。
「それもわかっています。日本での平和な暮らしがここでも実現出来ればとは思ってはいます。でもダメなんですよ。やはりゲンタさんには、この気持ちはわかりませんか?」
まるで戦うことが使命であるかのごとく、魔王の意思は揺らぐことがなかった。
「戦いは避けられないのか、それを言うために俺をここに呼んだのか?そういえば俺をこの世界に呼んだのも平くんなんだろ?」
俺は平くんに尋ねる。
「はい、ゲンタさんを転生させたのは僕の言霊によるものです。」
「いったいその言霊って?」
「秘密にする必要もありませんね。僕の言霊は【桃李満門】です。配下に優秀な人材を集めることができます。もっとも僕自身には恩恵がないので人任せな言霊ではあるんですが。」
平くんは笑いながら答える。
「なるほど、その言霊で優秀な俺を呼んだわけだな。」
俺は納得して答える。
「そんなわけないでしょ。自惚れてるんじゃないわよ。」
まんざらでもない表情の俺に向かって、懐かしいキツイ声が飛んでくる。
後ろを振り向くと入ってきたドアの前に見知った女性が立っていた。
「いつもいつも適当なこと言って、その根拠のない自信はどこからくるのかしら。魔王様が呼んだのは私よ。」
言葉はキツイが顔は穏やかで、優しい目をしている。
俺もつられて笑顔を向けていた。
「マリ。」
俺は懐かしい名を口にする。
「久しぶりねゲンタ。」
そこに居たのは妻の白井マリだった。
「そうです、僕は部下として優秀な先輩に手伝って欲しかったんです。そしていま、先輩は参謀のマリー・クロスとして協力頂いています。」
平くんが答える。
「黒須って旧姓かよ!俺は別れたつもりはないぞ!」
俺はマリに突っ込む。
「職場では旧姓で通していたからその名残よ。んで、魔王様の言霊は優秀な人材を集めるだけでなく、配下には最大限のパフォーマンスをも提供してくれるのよ。アンタは私のパフォーマンスを引き出すために、福利厚生の一環で呼ばれたの。」
つまり、ヘッドハンティングされたのはマリで、俺は会社のあてがわれた社宅に呼ばれた家族か。
さっきまではしゃいでいた頭は、急激に冷え込んでいった。
「なるほどね、平くんが俺をこの世界に呼んだって意味がわかったよ。」
俺は肩を落としながら言った。
「そんなゲンタさん、落ち込まないで下さい。」
「なにを言っても無駄よ、だってその通りなんだから。でも、そのお陰で世界を救うことができるかもしれない。」
平くんがフォローするも、マリはスバっと正論を吐いてくる。
「身も蓋もないな、しかも世界を救うなら一介の主夫じゃなくて勇者の役目だろ。」
俺はふてくされてマリに告げる。
「勇者が世界を救うために為すべきことは魔王を倒すことよ。」
マリはハッキリと告げる。
「つまり、コウタが平くんを殺すのか?」
俺は恐る恐る質問する。
「えぇ、そういうシナリオよ。」
「シナリオって、平くんなにか悪いことしたの?そんなシナリオ書き換えちゃえばいいじゃないか。」
俺は至極当然といった感じでマリに尋ねる。
「王国と魔王の戦いは避けられない、そして物語は魔王の死をもって終わる。私たちにシナリオを変えることは出来ないわ。」
マリは悲しい目をして誰にともなく語りかける、玉座に腰かけた平くんもなんとも言えない表情になる。
「なに言ってるんだ?そんなこと俺がさせないよ!平くんもマリも死なせない!」
俺は悲しげな二人の表情を見て自然と叫んでいた。
俺の言葉を聞いて二人は顔を見合わせ、そして笑っていた。
「ゲンタならそう言ってくれると思ったわ、それじゃあ最悪のシナリオにならないように宜しくね。」
マリはまるで他人事のように言ってくる。
「いや、よろしくって、」
「もう時間はないわ、物語はすでに佳境に差し掛かってる。」
俺の言葉を遮ってマリは告げてくるのだった。




