第四十話 領主と疑惑と
俺はバンズの言葉に我が目を疑う。
なぜ、ここに領主?なぜ半裸?
「いったいどうしたのですかにゃ?トニオ様」
バンズも慌ててトニオの所に駆け付ける。
俺はとりあえずタオルを取りに一度馬車まで戻る。
「お父さんどうしたの?慌ててバンズさんが駆けていったけど?」
心配してセナが近寄ってくる。
娘に邪悪な物を見せるわけにはいかない!
「いや、どうやら領主様がいらしたらしいんだが、」
俺はタオルを探しながらセナに説明を始める。
「あら、では早速あいさつにいかないと。」
セナは俺の説明も程々に、急ぎトニオの下へ向かおうとする。
俺は慌ててセナの腕を掴み制止する。
「待て待てセナ!今は行かなくていぃ。しばらくここに居なさい!いいね。」
俺はタオルと着替えを手にセナに言い聞かせ、足早にトニオの下へ戻っていった。
「おい、タオル持って来たぞ。」
俺は急いでタオルをトニオに被せる。
「ゲンタさん、助かりましたにゃ。」
「それでいったい何があったんだ?」
俺はトニオに尋ねる。
しかしトニオの声は小さくよく聞き取れない。
「ここは私から説明しますにゃ、トニオさまがこちらで水浴びをしていたところ賊が現れ身ぐるみ全部持ってしまったみたいにゃ。」
見かねたバンズが代わりに説明する。
しかし身ぐるみ全部って服や下着まで持っていくかねぇ。
「しかし幸い怪我もなくて良かったですにゃ。」
バンズはトニオを介抱している。
俺は一応の為に持って来た着替えをトニオに渡し、着替えるように促す。
そのままトニオはコソコソと着替え始めた。
「しかし、護衛も連れずに領主様が一人水浴びなんて不用心じゃないか。」
俺は着替えを待つ間バンズに話しかける。
「ここは治安がいいもので、トニオ様も配下の者もうっかりしておりましたにゃ。」
「平和ボケか、そんなんだと魔王軍にあっという間に占領されちまうぞ。」
俺は呆れてバンズに言う。
しばらくしてトニオが着替えを終えて戻って来た。
「ど、どうもお騒がせしました。」
トニオはモジモジしながらお礼をいう。
普通の格好をしているせいか、威厳はなく冴えない青年にしか見えない。
性格は気弱な感じで、小太りな体系はとても武勲を上げているようにはみえなかった。
「さぁトニオ様、気を落とさずに城に帰りますにゃ。」
バンスがトニオに優しく語りかける。
そして俺たちは馬車へと引き返したのだった。
「お父さん、バンズさん大丈夫?」
馬車ではセナが心配そうに待っていた。
「あぁセナ、心配かけたな。大丈夫だ。」
俺は心配するセナに事情を説明しようとしたが、背後からの声がそれをかき消した。
「う、美しい・・・」
そこにはセナを見つめるトニオの姿があった。
その目はセナに釘付けで、頬は赤く染まっていた。
いくら領主でも、うちの娘はやらんよ。
「えっ、えっと、こちらの方は?」
あまりの迫力に何も言えずにいると、耐えかねてセナが声を上げる。
「あっ、紹介が遅れましたにゃ。この方が我が主、トニオ様にゃ。」
バンズがハッとしてトニオを紹介する。
「えっ?あっ、はじめましてセナと申します。」
セナはイメージと違うトニオを見て戸惑っている様子だった。
その間にもトニオはセナとの間を詰めてくる。
「セナさん、ようこそ我が領土へ、今日はゆっくりしていってくださいね。後で僕が各地を案内しましょう。」
トニオよ、いくら領主だからといっても、ちょっと距離が近すぎるぞ。
俺は密かに怒りを燃やしていた。
「あっ、案内でしたらバンズさんに頼みますので。トニオ様もお忙しいようですから。」
セナは慌てて取り繕う。
「いえいえ、あなたの為でしたら時間なぞいくらでも作りますよ。」
トニオは諦めない。
さすがに何か言ってたろうとトニオに間を詰めたとき、バンズの声がした。
「トニオ様、とりあえず立ち話もなんですにゃ。いったん城に戻りますにゃ。」
「それがバンズ、城なんだが、それが、」
トニオは急に口篭り、我々を気にしてトニオはバンズに耳打ちする。
フリフリ揺れていたバンズの尻尾も、トニオの話しを聞いて急にピンっと逆立った。
「にゃんですと!?城がオーガの手に!」
余程の事態なのか、バンズは慌てている。
「バンズさん、どうかしましたか?」
セナは気になってバンズに話しかける。
「それが、お恥ずかしいことに城をオーガに奪われましてにゃ。」
「ってことは、領主さんここに居たのは城を奪われて帰る家がなかったからか?」
俺はトニオに向き直る、彼は申し訳なさそうに遠くで小さくなっていた。
「まったく、仕方ないにゃ。ちょっといってお城を奪い返してくるにゃ。」
バンズは一人やる気を見せている。
トニオ以上に戦闘向きには見えないバンズで大丈夫だろうか。
セナも同じく心配に思ったらしく、
「バンズさん一人で危険だわ。私たちもお手伝いします。ねぇ、お父さん!」
あぁ、やっぱり俺も行くのね。
まぁ、大事な娘を一人で敵地に放り込む訳にもいかないしな。
「危なくなったらすぐ逃げるぞ!それでいいな。」
俺は二人に念押しするのだった。




