第三十八話 魚と猫と
「いらっしゃい、いらっしゃい」「さぁ安いよ、安いよー」
休日の市場は活気であふれていた。ついこの前に、魔王軍の侵攻があったものの市街地の被害は少なく、すぐに市民は普段通りの生活を取り戻していた。
「相変わらずここは賑わっているわね。」
一緒に買い物に出かけたセナが言う。
「なんだか無理にでも日常を演じているかのような、今の情勢とは不釣り合いな空気だな。」
横を歩きながら俺も言う。
さて、何をおいても今夜のご飯だな。俺は気持ちを切り替える。
「セナは晩御飯何が食べたいんだ?」
俺はリクエストを伺う。
「んー、昨日は串焼きだったから、ここはサッパリとしたものを・・・魚!」
セナは、考え込みながら見つめた前方を凝視して言う。
魚か、確かに最近食べてないな。ここは焼きか、いや煮物に挑戦するかな。
レシピを考えながら前方を見ると、魚が歩いていた。
「か、かわいぃ。」
セナは魚を見ながら呟く。可愛いか?
不思議に思ってよく見ると、何かが魚を背負って歩いていた。
「よいしょ、よいしょ。重いにゃぁ」
猫だった、見た目は一般的な三毛猫で大きさも本物と遜色ない。
しかしその猫は奇麗な服を着て、二足歩行で魚を背負って歩いていた。
「猫さん、猫さん。荷物重そうね、大丈夫?」
俺がそんな事を思っていると、セナが猫に話しかけていた。
「これは、これは可愛いお嬢さん。御心配には及びませんにゃ!」
猫はセナにお辞儀をして応える。なかなか礼儀作法のわかるやつだ。
「良かったら、お魚代わりに運んであげますよ。」
セナはしゃがんで猫と話している。
「おぉ、なんて親切なお嬢さんにゃ。申し遅れました、私はバンズと申しますトニオ様にお仕えする猫又に御座います。」
猫又のバンズは挨拶をする。その尻尾は二本に分かれていてフリフリ揺れている。
「ご丁寧にありがとう。私はセナ、こっちは父のゲンタです。」
セナもつられて挨拶している。
「これは親子水入らずなところ申し訳にゃい、実はこの魚を王城へ届ける途中でして。」
バンズは応える。
「まぁ、スミスに用もあったし、ついでに魚持って行ってやるよ。」
俺はバンズに答える、そろそろ前に渡したミスリルの加工も終わっているころだろう。
ついでに取りに行こうと考えた。
そうして俺は、バンズの魚を抱えて歩き出した。
バンズは丁寧にお辞儀をして、セナと話しながら王城へと向かう。
「バンズさんはいつもこんな大きな魚をお城へ運んでるの?」
セナは興味津々に聞いている。
「いやいやセナ様。今回はわが主、トニオ様からの献上品をお持ちしたまでにゃ。最上級魚マグーニョとっても脂が乗ってておいしいのにゃ。」
バンズは涎を垂らしながら言ってきた。
「へぇ、わざわざ届けにくるなんて偉いわね。」
「トニオ様の命とあらばにゃ。主は南の地で広大な農地と大きな城を有す立派な方ですにゃ。」
バンズは胸を張って言う。
ここより南だと、魔王の納める領地の方角か、もし攻め込まれた場合を考えて後ろ盾になって欲し魂胆か?
俺はバンズの言葉から色々想像を膨らませていた。
「さぁ、着いたわ謁見の許可貰ってくるから待ってて。」
セナはそう言うと一人で城内へと消えて行った。
「こうもすんなり城内へ入れるとは、もしやお二人は身分の高い方なのですかにゃ?」
バンズが驚いて聞いてくる。
「特別な身分なんてないよ、ただの友人さ。」
俺は適当に答える。バンズは今だブツブツと呟いていた。
しばらくすると、城内からセナが手を振って現れた。
謁見の許可も得たらしく、俺たちは揃って城内へと足を踏み入れるのだった。
「わざわざ足を運ばずとも家まで届けたのに、ゲンタよせっかちだのぅ。」
スミスはいつものツナギ姿とは違いしっかりとした正装で俺たちを出迎えた。
「俺の用事はついでだ。お客様をお連れしましたよ王様。」
俺はそういってバンズを案内する。
「王よ、お初にお目にかかりますにゃ。私は南方の領主トニオ様の使いバンズと申しますにゃ。」
バンズは畏まって応える。
「うむ、そう硬くならんでもよい。しかしトニオ卿とは聞かん名だな。」
スミスは首を傾げた。
「まだ家督を継いで間もない若輩者故、今回そのご挨拶も兼ねて参上した次第ですにゃ。こちら、つまらにゃいものですが。」
バンズに言われて俺もマグーニョを差し出す。
「これは立派なマグーニョだ。心遣い痛み入る。」
どうやらこの魚、相当旨いらしいな、興味が湧いてきた。
「つきまして、是非我が領内においても、おもてなししたいのですにゃ。」
バンズはスミスに語り掛ける。
「うむ、いまの情勢で城を空ける訳にもいかんしのぉ。そうじゃ、せっかくじゃし、ゲンタよ代わりに行ってまいれ。」
いきなりの提案に、スミスはいきなりの無茶ぶりで返す。
「いいじゃないお父さん!せっかくだし行きましょうよ。」
セナはすでにノリノリである。よほどバンズのことが気に入ったらしい。
「ふむ、王のご友人とあらば主もお喜びになるにゃ。精一杯おもてなしするにゃ。」
バンズも異論はなく、すでに決定事項のようだ。
誰も俺の意見を聞くことはなかった。




