第三十話 女神と信者と
「お父さんいってきまーす。」
早朝、今日も俺は玄関先でセナを見送っていた。
「いってらっしゃい、ちゃんと寄り道せず帰ってこいよー。」
「もう、もう子供じゃないんだから。」
セナは気恥ずかしそうに言って去っていった。
「さてと、」
セナが家の角を曲がると、コソコソと後をつけている人影を発見する。
俺はその人物に近づいて、
「おたく、人んちの前で何やってんの?」
威圧を込めた口調で話しかける。
「いや、これは。はは、さようならー」
男はしどろもどろに答えながら逃げるように去っていった。
「まったく、毎日毎日面倒な。」
俺は辟易しながら家に入り、いつもの家事をこなすのだった。
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事の始まりは少し遡り、俺がスミスにミスリルを納品した時だった。
「おぉゲンタ悪いな。これは上質なミスリルだ。採掘品にしては珍しく加護付きか?これならいぃ武具が作れるな。」
スミスは上機嫌に答えた。
「かなり苦労したんだ、俺の分もしっかり頼むぞ。」
「あぁわかってる。これから世界の情勢もどうなるかわからんからな。」
スミスは真剣に呟いた。
「魔王の偵察の件か?」
「あぁ、遠征先で魔王の四天王を名乗る男の襲撃を受けたそうだ。だが、お主の子らのお陰で被害は最小に抑えられたがな。」
スミスは嬉しそうに言う。俺も子供の活躍を知り嬉しくなる。
「コウタの力もそうだが、セナの活躍はかなりのものだったみたいだぞ。多くのけが人を救い、現地では女神だ聖女だ天使だのと、もてはやされたみたいだ。」
セナも、もともと看護志望だしまさに天職だったのかもな。
しかし、有名になるのは良い事ばかりではなかった。
「なんだこれは?」
俺は城からの帰り道、ギルドのカウンターでカシロフの持ってきたチラシを見つめていた。
「セナ様ファンクラブだとよ。もともと少なからず憧れている子はいたが、今回の活躍で人気に火がついたな。」
カシロフは自慢げに言う。
なぜお前が威張る、セナは俺の子だぞ。
「それにしても、このファンクラブの会報はなんだ?我らがセナ様、嫁にするとヒモ親父も付いてくる。皆の者その覚悟はあるか!?」
俺は書かれている内容に怒りを覚える。
「ゲンちゃん、そこはどうでもいい。問題は俺ですら知らなかったスリーサイズまで書いてあるってことだ。」
カシロフは俺の言葉をスルーし耳を疑うことを言う。
再度会報に目をやると、確かにその情報はあった。
「これは許せんな!これを書いたストーカー野郎を叩き潰す。」
俺は、怒りに燃えるのだった。
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時は戻り、今朝のストーカーを追い払った後、俺は神殿に来ていた。
「もう次から次へときりがない!」
セナのファンは増える一方でストーカーも日に日に数を増している。
「こちらとしてはセナちゃん目当てとはえ、信者が増えて大助かりなんだけどな。」
カシロフは満足そうに椅子にふんぞり返っている。
ここは神殿内のカシロフの自室。さすが神官長なだけあって部屋も広く、置かれている家具も一級品だ。
「すまんな、ここには酒を置いてないもんで満足なおもてなしも出来ずに。」
カシロフは謝ってくるが、さすがに彼も神殿内で飲酒という愚行は犯さないようだ。
「いや、気にするな。それで神殿でのセナの様子は?」
俺はここに来た目的を告げる。
「ここでは多くの神官がいるし、目立った騒ぎは起きていない。何かあっても屈強な神官によってすぐにつまみ出されるからな。」
カシロフは答える。
ここに来るまでも、バトルメイスを持ったムキムキの神官に何人か出会っていた。
「確かに、普通の人じゃ太刀打ちできないな。」
俺は納得して言う。
「それにセナちゃんに何かあれば、それこそ俺が神罰を下してやるよ。」
カシロフは怖い目をしながら言ってきた。
とても聖職者の顔には見えないな。
トントン
「神官長、接客中申し訳御座いません。」
ノックと共に若い女性神官の声がした。
「構いませよ、どうぞ。」
カシロフはドアに向けて、気持ち悪い声をかける。
「失礼致します。その、ちっと厄介なことがおきまして。」
女性神官は言いにくそうに口籠った。
カシロフはいつの間にか姿勢を正し、いつもの胡散臭い笑みを浮かべている。
ほんとによく使い分けが出来る顔と声だ。
「またファンが暴れているのか、ここは一度ガツンと言わないとな。」
カシロフはやれやれといった感じで席を立つ。
そして、俺についてこいと手招きしたのち部屋を出たのだった。
神殿の入り口に行くとそこには多くの人でごった返していた。
「落ち着いて下さい、いまは祈祷の時間で御座います。終わるまでこちらでお待ち頂いておりますので。」
女性の神官が信者に向かって声をかけている。
しかし信者は聴く耳をもたず、神殿内に入ろうとしている。
信者はみんなお揃いのシャツを身につけて、背中にセナ命と書いてあった。
押し寄せる人を屈強な神官が盾で受け止めている。
かなりの重労働なのか禿げ上がった頭からは汗が滲んでいた。
バチッ、バチバチ
激しい音とともに、人垣と神官の間に光の膜が現れた。それに触れると痛みを感じ、信者は次第に神殿から距離を取っていく。
「皆様、どうか落ち着いて下さい。熱心な信仰心は素晴らしいですが、ここは神殿。神のお膝元ですよ。」
カシロフは笑みを浮かべながら言う。
「もしこれ以上騒ぎを起こすとなると、どんな神罰が下っても文句はいえませんよ?」
カシロフの脅しともいえる言葉と共に、目の前に雷が落ちる。
それを見て青ざめた人々は、そそくさと去っていくのだった。




