第二十四話 息子の思いと父の思いと
「そんなバカな!カノンがそんなことするはずない!」
急いで王都に戻ると待っていたのは謀反の噂だった。最初コウタは信じられないと言った感じで呟いていたが、騎士団の仲間からも同じ話を聞かされると動揺が走った。
「落ち着け、とりあえずカノンのところに行って話しを聞こう。真偽はそれからだ。」
俺はコウタを連れ、クライアット邸に急いだ。
邸宅は水を打ったように静まり返っていて、とても謀反の騒ぎがあったとは思えなかった。
俺たちは使用人にカノンに会いたい旨を伝えたが、取り込み中ということで断られてしまった。
「もたもたしてる間にカノンはどんどん追い詰められていく、なんとかここを突破しないと」
俺は門の前で悩んでいた。
「うだうだ悩んでる暇はない!」
コウタは門に手を掛けると勢い良くカギを壊して中に入っていった。
高級そうな門は見る影もなく曲がっていた。
「さぁ行くぞ親父」
コウタは気にする様子もなく進んでいく。
俺は、弁償金の額も想像つかず頭を悩ますのだった。
「なかなか勢いのいい小僧じゃないか。悪いがここまでだ、大人しく引き下がりな。」
中庭には大きな槍を抱えた大柄の男が待ち構えていた。
「キミト・クライアットか」
コウタは呟き、静かに剣を構える。
今持っているのは、いつもの大剣ではなく細身の剣だった。キミトの槍と比べると大きさは半分以下しかなく少し頼りなく見えた。
「騎士団でも指折りの我が槍の腕を思い知れ。」
キミトは大きな槍を振り回しながら言う。
「カノンに助けてもらっておきながら恩を仇で返すとは、下衆が!」
コウタはキミトに近づこうと距離を詰めるが、キミトの槍がそれを阻む。
突き出された槍にコウタは左に避けてかわす。
避けたコウタに対してキミトの槍は横なぎに襲い掛かる。
コウタは剣の腹で槍の穂先を受けるが、キミトは腕力はそのままコウタを吹き飛ばす。
「さっきまでの威勢はどうした。訓練みたいに手加減はしてやらんぞ。カノンもお前たちも馬鹿ばかりだな、おとなしくしていれば良かったものを。」
キミトは上機嫌で事の詳細を話し出す。
「がっかりだな、実力でこれだけの力しかないとは。姫様ですらもう少しマシだぞ。」
瓦礫の中からコウタが起き上がる。
「手も足も出ないくせに口だけは達者な!」
槍を構えてキミトが突っ込んでくる。
今度は避けることなくコウタもキミトに向かって駆けていく。
「はっ!そのまま串刺しだ!」
キミトの射程に差し掛かる直前コウタの体が霧のように消えた。
一気に加速してキミトの懐に入ったのだ。
キミトは驚くも、すぐさま槍を持ち替え、反転させた柄の部分でコウタの体を浮かせた。
「なめるな!」
掛け声とともにキミトはコウタを投げ飛ばす。
しかし、今度はコウタも空中で態勢を整えて身軽に着地する。
「懐に入る素早さはさすがだが、まだまだだな。この俺に死角はない!」
キミトは焦りながらもコウタに告げる。
「慣れないから加減がわからなかった。隊長のマネも難しいな。」
コウタはぶつぶつ呟いている。
「何を訳のわからぬことを!」
キミトが叫ぶと再度、槍を持って突進する。
コウタは軸足に力を込めると足元から光がほとばしった。
「なにっ、」
驚いたキミトの反応も置き去りに雷のごとき閃光がキミトを通り越していた。
「まさか、雷鳥の、」
キミトは燃え尽きその場に倒れた。
コウタも焦げた足を引きずり戻ってくる。
「コウタ!大丈夫か?」
俺はコウタに駆け寄る。
「あぁ見た目ほど酷くはない。さぁ、先を急ごう。」
強がりか定かではないが、今はカノンのことが心配だ。
俺たちは屋敷の中へ足を踏み入れるのだった。
屋敷に入ると、それ以上の妨害はなかった。
「シライ様、どうかカノン様をお助け下さい。我々はカノン様を信じています。」
見知った顔の使用人が近づいて懇願してきた。
使用人たちの間でも、クレハとキミトの素行不良は知れ渡っていたので、カノンは彼らに嵌められたと思う者も少なくはなかった。
「あぁ、そのつもりだ彼のもとに案内してくれ。」
俺は使用人に告げると、ケビンの部屋へと案内された。
部屋の中では、ケビンでもカノンでもない声が響いていた。
「父上!私も信じられませんが、カノンが父上を貶めたのは事実。このまま近くに置いておくといつ同じような事が起きるか。即刻カノンを屋敷から追放すべきです。」
クレハはケビンに詰め寄って告げる。
「カノンよ何か申し開きはあるか。」
ケビンは静かにカノンに問いかける。
「いえ、御座いません。」
カノンは俯いたまま答える。
「御座いませんじゃないだろ!今回もそうやって自己犠牲の塊で自分だけ損してくのか!」
怒鳴り声と共に勢いよく扉を開けてコウタは室内へと足を踏み入れた。
三人は驚いて扉の方に注目した。
コウタは一直線にカノンのもとに駆け付けその顔を叩いた。
「しっかりしろカノン!お前の守りたいものは何だ?」
コウタは優しい目でたかりかける。
「なんだお前たちは、屋敷の者は何をしている!キミト、キミトはどこだ!」
クレハが騒ぎ立てる。
「木偶の坊なら中庭でおねんねしてるよ。」
コウタはクレハを睨みながら言う。
「なっ、父上この者たちはいったい、」
「ワシの友人じゃ、クレハ黙っておれ。」
ケビンがクレハに冷たく告げる。
「俺たちが戻って来たってことは、事の真相は大体把握して頂けましたか。」
俺はケビンに告げる。
「あぁ、最初から疑わしいことはあった。しかし、シライ殿たちがいなかったのでもしやと思っていた。だがそれも杞憂だったな。」
ケビンは納得するように静かに語った。
「証拠が欲しければ使用人に聞きな、庭で伸びてる弟がご丁寧に話した内容を聞いている者がいる。」
コウタはケビンに言う。
しかしケビンは首を振り。
「聞かずとも良いよ。クレハ何か言うことはあるか?」
ケビンの鋭い眼光がクレハを捉える。
病気を患っていた時とは違う力強い目だ。
「いや、私は、父上のことを思って、」
クレハも眼光にあてられしどろもどろであった。
そのうち言い逃れは出来ないと思ったのかうなだれて黙ってしまった。
「お主たちには重ねて迷惑をかけた、後は内々で処理をさせて貰えないか。」
「もちろん家のことに私たちが口を挟むことはありませんよ。」
俺はケビンに告げると、勢いよく腕を引っ張られる。
そして首筋にあてられる冷たい感触。
ナイフがそこにはあった。
「道を開けろ!こいつがどうなってもいいのか!」
クレハが俺を人質に逃亡を図っていたのだ。
この中で一番戦闘能力が低く、価値のある人質を探し出すとはさすがの観察眼だ。
と感心しいる間もなく俺は屋敷の外へと取れだされた。
「キミト!!起きろ!」
クレハは足でキミトの腹を蹴りつける。
うめき声をあげてキミトが起きだした。
「兄貴これは?」
キミトが寝ぼけて言う。
「まったくお前は使えない、おい、さっさと逃げるぞ馬を連れてこい!」
「あぁわかった。」
キミトは慌てながら馬を連れに走る。
「クレハよ馬鹿な真似はよせ!」
ケビンはクレハに追いついて声をかける。
「俺はクライアット家のために散々努力してきた、だが親父のような地位も名誉もない。しかし長男としてこの家を継ぐ義務がある!こんなことで終わりにしたくなかった。」
クレハは泣くような喚くような声で父に語りかける。
ケビンも思うことがあるのか言葉を発しない。
「なぜ親父は褒めてくれない、俺は間違っていないのに。」
クレハの悲痛な叫びが響く中、キミトが馬を連れてくる。
「兄貴!」
「俺は捕まるわけにはいないんだ。」
クレハは俺を放り投げると馬に跨り門を抜けて去っていった。
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「探さなくいいんですか?」
後日俺はケビンのもとを訪ねた。
「あぁ、いま追いかけてもかける言葉がみつからんよ。」
あの一件以来少しふさぎ込んでいたケビンは言葉を発する。
「いままでワシは思った以上にクレハに期待と重圧をかけていたんじゃな。」
「親なんてみんな同じですよ、息子に期待しない親なんていません。ただ親の心子知らず、それだけなんです。」
俺はケビンに宥めるように告げる。
「今は戻ってきて謝ってさえくれればいい。」
ケビンは呟く、クレハたちはその後港町で発見されたがそのまま船でどこかへ行ってしまったようだ。
いまではその足跡すらわかない。
中庭では芝生で空を見上げる二人がいた。
「なぜ、お前の父はあの時後を追わなかったのかな。」
コウタはカノンに尋ねる。
「それは僕にもわかない。でも父の表情に憎しみや怒りはなかった。ただ悲しい目をしていた。」
カノンは思い出して答える。
「あそこまでされたのに憎しみもないとは、俺なら考えられないな。」
コウタは空をみあげ様々な事を思うのだった。




