第二十話 父と騎士と
ふかふかなソファーは家のベッドより柔らかくここで眠ってしまいたくなる。
俺はクライアット家の客間で寛いでいた。コウタも隣のソファーに腰掛け静かに目を瞑っている。
昼間、スラム街のお爺さんから聞いた情報では、王都を出た東の山脈に妙薬の手がかりがあるとのこと。
すぐにでも出発したかったが、一度ケビンに報告と捜索の許可をもらいに来たのだ。
カノンの兄たちが東の山脈に向かったのは間違いない、しかしそこから戻らないのも事実。
ケビンにしてみればそんな危険な地に、最後に残った息子まで行かせるのはしのびないはずだ。
そうなったら、コウタと二人で行くことになるがそれも仕方なしだ。
「お待たせしました。」
しばらくして室内にカノンの声が届く。
扉が開き浮かない顔のカノンが現れた。その表情だけで話の内容までわかるようだ。
嘘の付けない性格なんだな。
「親父さんの許しは貰えなかったみたいだな。」
コウタも察して声をかける。
「あぁ、キミト兄さんは騎士団の中でも指折りの実力者だったから。その兄さんが戻らないのに、僕が太刀打ちできるわけないと。まったく正論だよ。」
その言葉にコウタは立ち上がり部屋を出ていこうとする。
「どこに行くつもりだ?」
俺はコウタに問いかける。
「トイレだよ。」
コウタはぶっきらぼうに答えて部屋を出て行った。
俺は、コウタの様子に不安を覚え、しばらくして後をつけに部屋を出た。
「お願いします。アイツを行かせてやってください。」
しばらく屋敷を彷徨うと、ケビンの部屋からコウタの声がきこえた。
「私の気持ちもわかってくれ、意地悪で行くなと言ってるんじゃない。私にはもうカノンしかおらんのだ。」
ケビンはコウタの言葉にも意見を変えず冷たく言い放った。
ドン!!
突然大きな音と揺れる屋敷。
震源地はケビンの部屋だった。
「俺がアイツを死なせない。約束する。」
部屋の中ではコウタ赤い煙を纏って剣を叩きつけていた。ケビンもコウタの異様な力に驚いている。
「確かに君なら大抵のモンスターは難なく倒せるだろう。だが、この世は力だけではどうしようもならないこともある。」
ケビンは落ち着きを取り戻して話す。
「この、わからずやが!」
コウタは吐き捨てると部屋から出ていった。
しばらくして音に驚いた使用人たちが駆けつけたが、ケビンは何事もないと彼らを追い払う。
皆が去ったのを物陰から確認した後、俺はケビンの部屋へと足を踏み入れた。
「どうやら息子がかなりご迷惑をかけたようで、親として申し訳ない。」
俺は深々と謝る。
「ふふ、カノンもいい友人を持った。若い頃はあのくらい無鉄砲な方がいい。だからなんでも力で解決できると思ってしまう。」
ケビンは落ち着いて答えた。その言葉はコウタに向けてのみの言葉ではなかった。
「えぇ、そのために親がいるんでしょうな。私もご子息を守りたい気持ちは一緒です。」
俺はケビンに伝える。
「わかっています、私の我儘だということは、足手まといかもしれませんが、息子のことお願いできますか。」
ケビンは無理矢理に状態を起こし、上体だけで礼をする。
「息子の無茶も止めてくれる、案外いいコンビなのかもしれませんね二人は。」
俺は、ケビンに休むように言い。静かに部屋を出た。
これは何としても無事に戻ってこないとな。
その後、カノンとコウタに許しが出たことを伝え明日出発する算段をつけた。
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翌日、準備を整えて王都を出発した。目の前に見える山脈は霧が立ち込め山頂は雲で隠されていた。
コウタは前と同じ短剣を腰に刺し、大きな剣は馬に背負わせている。
カノンはコウタと違い細身の剣を腰に刺しているだけだった。
俺もナイフは持っているが、主に食事と採取用といった代物だった。
「今日は山脈の麓にある村まで向かいましょう、兄たちもおそらく同じ村に立ち寄っていたはずですから。」
カノンは馬を操りながら伝える。
「わかった、先導は任せるぞ」
コウタはカノンに言い同じく馬を走らせる。
俺はコウタの背中に捕まり、振り落とされないように必死だ。
コウタもいつの間にか騎馬を覚え、一通りの操作は出来ていた。
知らぬ間に成長しているなコイツ。俺は嫉妬すら覚えた。
順調に馬を進め、昼前には目的の村に到着した。
村はひっそりと静まり返っていて、村民は出かけているのか民家も人の気配がしなかった。
俺たちは村の中ほどにある宿屋に向かい、馬を繋いで室内へと入った。
「これはこれは、お客さんとは珍しい。」
室内には小人ほどのお婆さんが一人座っていた。
「三人なんですが、本日宿泊はできますか。」
カノンはお婆さんに尋ねた。
「お客さんなんて滅多に来ないから、部屋の準備が出来てなくてねぇ。納屋になら泊まれるがどうするかね?」
慣れない馬に揺られ疲れも溜まり、ゆっくりベッドで寝たかった俺は落胆した。
「こちらこそ急に押し掛けたんですから、贅沢をいう資格もありませんよ。納屋でも雨風しのげれば言うことありません。」
「そうかいそうかい。ちなみに料金は前払いで一人金貨一枚だよ。」
お婆さんはぬけぬけと言ってきた、金貨一枚といえば一か月分の食費にも相当する。納屋に泊まってこの金額とはボッタクリだ。
「おい、婆さんいい加減に、」
「待つんだコウタ!お婆さん、すいません、それでは金貨こちらに置きますね。」
カノンは何か言いたげなコウタを制止し代金を払う。
本当にいいコンビだ、ここでゴネても徳がないからな。
「おや、気前がいぃねぇ。前来た騎士なんて剣を振りかざして暴れたってのにさ。」
お婆さんは金貨を眺めながら話した。
「騎士?ちなみにお婆さんその騎士はこのような紋章をお持ちではありませんでしたか?」
カノンは鷹の模様が入った青白い紋章を取り出した。
確かあれはクライアット家の紋章だ。
「うん、間違いないね。先に来た二人の騎士も同じものを持ってたよ。片や納屋に泊まられるとは何事かと。片や金貨一枚も請求するとは何事かと言って出ていったね。」
お婆さんはよほど酷い目にあったのか、その声は怒りに満ちていた。
「お婆さん、落ち着いて。先に来た二人は私の兄でして、代わりに私が謝ります。」
カノンは素直に頭を下げた。
するとお婆さんはニッコリとして、
「うんうん、えぇ子じゃのぉ。ワシはお主が気に入った。お主も、命の妙薬探してるんじゃろ?ある場所を教えてやろう。」
お婆さんは上機嫌でいうのだった。




