第十六話 焦りと油断と
そういえば、熊に襲われた時は死んだふりがいいとか。いや、それは迷信か。てか、相手は、熊じゃないし、精霊だし、精霊に死んだふりって効くのかな?
バカな考えばかりが浮かび、それでも走る足は止めない。もう、見なくても後ろから迫る精霊が距離を詰めてきているのがわかる。
「バカな考えをしたもんじゃ、とりあえず見せしめにおっさんは殺す!」
精霊は、怒りの色を滲ませて叫んでいる。
おっさんって俺だよな?あの子なんてちょっと老け顔だからおっさんに見えなくもないけど。少し前に命をかけた約束が揺らぎ始める。
「って、さすがに子供を犠牲にはできんよな!」
俺は意を決して振り向き様に石のナイフを投げる。
ナイフは精霊に当たるかと思いきや、精霊の背中から触手が現れをナイフを弾く。
「ふん、無駄じゃ」
確かにこんな攻撃では足止めにもならなかった。
「えぇい、何かないか!」
俺はヤケクソになり、鞄の中のものを適当に投げる。そこには書斎から持ってきた櫛もあった。
櫛を投げると精霊と俺との間に巨大な針山がおらわれた。
「なっっ、なんだこれは!?」
俺は突然の出来事に驚いて足を止めてしまう。
「なんじゃこれは!?」
精霊も困惑している様子で、思わぬ足止めをくらっていた。
「なんだかわからんが、チャンス!ざまぁみやがれ!」
俺は捨て台詞を吐いて先を行くセナ達を追いかける。
「お父さん、あれはいったい?」
セナに追いつくと、後方に見える針山を指差して聞いてくる。
「よくはわからない。しかし精霊も容易に来れないみたいだ。さぁ、今のうちに逃げるぞ」
俺たちはさらに気を引き締めて走り始めた。
針山が小さく見える頃、穴だらけの足を引きずる精霊が見えた。
大声で何か叫んでいる。
「ヤバい、もう超えて来やがった!出口はまだか!?」
「まだまだ先まで通路は続いてるわ」
セナは先を見て応える。
とりあえず俺たちには全力で走るしか選択肢はなかった。
そこで俺は同じく書斎から持ってきたブラシと鏡のことを思い出す。
「もしかしたら、コレも同じように使えるか?」
俺は願いを込めてブラシを投げつけた。
するとブラシは同じく大きな山に変化を遂げた。
「やったぁ、これでまた時間を稼げるな。」
俺は余裕ができ、また走り出す。
「この虫けらがー、次から次へとこざかしい!!」
精霊は余裕の感じも消え、感情剥き出しで叫ぶ。
この分ならかなり距離を離すことができそうだ。叫んでいる精霊を確認するため俺は走りながら振り返った。
ガッっ、その油断が命取りだった。
俺は足元にあった石に気づかず、盛大にその場にこけたのだった。
そして、目の前には鏡でできた巨大な山が立ち塞がっていた。
「これはいったい、?」
セナが山を見上げて驚いている。子供たちも呆然と立ち尽くす。
俺は鞄を確認すると、やはり鏡がなくなっていた。
「これは、精霊の書斎から持ってきた鏡だ。いま、転んだ拍子に鞄から転げ落ちてこうなった、」
俺は自分のミスでこうなってしまい、申し訳なく答える。
「いまは立ち止まってはいられないわ、さぁみんな早く登りましょう!」
セナはいち早く頭を切り替え、鏡の山を登り始める。
「きゃぁ!」
しかし、鏡の山は滑りやすく、登ったと思ってもすぐまた滑り落ちてしまう。
「これでは登れない、何か鏡を叩き壊すものでもあれば。」
石斧は壊れて捨ててきてしまった。こんなことならもう一個持ってくるんだった、俺は後悔しながら解決策を考えた。散乱している鍋ではどうしようもない。
「ふふふ、ははははっ、なんとも笑える光景よのぉ。ムキになって追いかけてみれば勝手に自滅しておる。」
振り返ると精霊はもう目の前まで迫っていた。余裕を感じてか、もう歩くほどの速度でゆっくりと近づいてくる。
「まったく手間をかけさせおって、悪い子にはお仕置きが必要じゃな」
そう言うと精霊の手は触手となり鞭のようにしなって襲いかかってきた。
「危ない!!」
咄嗟にセナは子供を庇い、その背中に鞭が食い込む。
「うっ!!」
セナは苦しそうにうめき声をあげる。
「急がずともみな同じ苦しみを味合わせてやるものの、まぁよい小娘、お前からじゃ」
再度鞭が風を切り裂き、セナに襲いかかる。
俺は落ちていた鍋の蓋を手に、2人の間に躍り出た。
「そんな蓋ごときで何ができる、蓋もろとも切り裂いてくれる!!」
【家内安全】
カン!
ダメ元で掲げた蓋は精霊の鞭を難なく弾く。
「「なに!」」
攻撃を弾かれた精霊だけでなく、弾いた俺すら驚きの声をあげる。もしや、この鍋も櫛と同様特別なアイテムか?
「ふっ、まだ希望はあるみたいだな」
俺は蓋を手に精霊に凄む。
「ふん!ただのまぐれよ!」
それでも、防がれて動揺した精霊は俺には攻撃せずに近くの子供に狙いをさだめる。
「危ない!」
俺はセナの元を離れ狙われた子供の元へ駆けつけ、蓋を掲げて精霊からの攻撃を防ぐ。
ザクッ!
蓋は真っ二つに割れ、鞭は俺の体を深く傷つける。
「なんだって!?」
最初と違い紙のように切り裂かれた蓋を見て驚愕する。後から激しい痛みがおそってくる。
「がっ、あがが、」
「はっ、本当にまぐれだったようじゃのぉ。ビビって損したわ。さっきからちょろちょろ煩い道化よ貴様から死ね!」
パキパキパキパキ、パリン!
「死ぬのは貴様だ。」
大きな音を立てて、鏡の山が砕け散り、懐かしい声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん!」
セナが泣きながら呼びかける。
「セナ下がってな、親父も弱いのに無理して。」
コウタを鏡の残骸を踏み締めながら、精霊に近づく。その手には大きな剣が握られていた。
「次から次へと、雑魚が、そんなに殺されたいか!」
精霊は背中からも触手を生やし、八本になった腕は空を切りながらコウタに襲い掛かる。
しかし、コウタが巨大な剣を振るうと八本の触手は次々と斬られていく。
「効かねえよ、このタコ野郎が」
【唯我独尊】
赤い光を発しながら剣を振るうコウタにより、瞬く間にタコの精霊はぶつ切りとなるのだった。




