第十話 少女と吟遊詩人と
「親父ー遅いぞー日が暮れちまうぞー。」
コウタのヤジすら耳に入らずに、俺は峠道を登っていた。
「若いっていいねー、体力有り余ってるな。」
俺も普段力仕事もこなしているから自信はあったが、とてもコウタには追いつけなかった。
これが素質の差なのか。
「いつもは訓練でもっと重い荷物持たされてるからな、このくらい軽い軽い。」
コウタはあっけらかんと言ってくる。
うん、素質じゃなくて努力の差だね。見習いとはいえ、さすが騎士様だね。
「お父さん大丈夫?変わりましょうか?」
セナが馬上から聞いてくる。その誘いに軽く首だけ振り頂上を目指した。
「やっと頂上だ、あー車が恋しいぜ。」
俺は以前まで当たり前だった文明を懐かしむ、この国の文化レベルは中世くらいか。
動力は馬や牛がいまだメインだ。しかし、数十年前そんな文明の中に突如として様々な素質が発現した。
当時はかなり混乱もしたそうだが、今ではすっかり社会に馴染んでいる。
「こんにちは。」
物思いにふけっていると、前方でセナとコウタが帽子を被った男性と話していた。
「こんにちは、2人の知り合いかい?」
俺は2人に追いついて話しかけた。帽子の男は、驚いたようにこっちを見ている。
「何故あなたがここへ?」
男は信じられないと言った感じで話しかけてきた。
「私たち家族でこれからバロックまで行くところなんです。」
セナが男に説明した。男は帽子をいじりながらブツブツ呟くと。
「そうですか、勇者と聖女の身内でしたか。てっきり2人だけだと思っていましたから。」
男は答えた。
「確かに親父は戦闘面では、お荷物だからな。驚かれるのも無理はない。」
コウタは鼻で笑いながら男に答えた。
「これはお父様、ご紹介が遅れました。私は旅の吟遊詩人をしておりますスミレと申します。先ほどもお二人の武勇伝を教えていただいた最中でして。」
そう言って吟遊詩人スミレは答えた。しかし、吟遊詩人なんて冒険者以上に食うのに困りそうだな。歌ってそんなに儲かるのか?
「吟遊詩人と言えばやっぱり歌うとか歌うのか?そうなら今度是非聞いてみたいな。」
俺はだんだん興味が湧いてきた。よく見るとスミレの横には小さな女の子が寄り添っていた。
「おたくも子連れだったか、こんな小さい子と一緒に大変だな。」
俺は話しかけながら女の子の頭を撫でようと手を伸ばした。しかし、少女はびっくりしてスミレの後ろに隠れてしまった。
「親父、いきなり襲いかかるからびっくりしちゃっただろ。」
コウタがすかさず突っ込んでくる。
「いや、驚かすつもりはなかったんだ、ごめんな。」
俺は少女に謝った。
「娘は人見知りが激しいもので。」
スミレもフォローしてくる。
「ちなみにお父様のお仕事は?」
スミレが痛いとこをついてくる。
「親父は主夫なんですよ。」
答えない俺に代わってコウタが答える。
「主婦?変わった職業ですね。」
「親父は無能だから、出来ることが他に無いんだよ。」
コウタが次々に人の心をえぐってくる。さすが勇者候補、いい攻撃だ。
「無能者、そんなバカな、」
スミレは驚いたような哀れむような目線を向けてくる。英雄の親が無能とは吟遊詩人の歌には映えない設定だよな。
「まぁ、そんな訳で主夫として頑張ってる訳でして」
俺は居た堪れなくなり言葉を濁した。
「そうでしたか、それは失礼なことを聞きました。」
スミレは素直に謝ってきた、謝れると逆にキツいな。
「では、我々はそろそろ。楽しい時間をありがとうございました。お父様も観客としてならいつでも私の歌を聴きにきてくださいね。」
スミレは挨拶して我々の来た道を下っていく。
「あぁ、楽しみにしてるよ。」
俺はその背中に向けて声をかけた。
少女は最後まで不審な目線を俺に向けてくる。何もしてないのに罪悪感が半端ないな。
「子供は先天的に善人と悪人を見分けるって言うからな。」
コウタは笑いながら茶化してきた。
「お前の親だろ、不審者みたいに言うな。」
俺はコウタを殴りながら答えた。
まったく最近は良いとこないな俺って。
一方スミレ達は見えなくなった3人を見つめていた。
「お父さん、あの人は、」
「大丈夫だよキキョウ、彼には何の力もないよ、役に立つことも出来ない存在だから、そのうち退場するさ。今は新しい物語をたのしむとしよう。」
「うん、楽しみだなぁ」
キキョウは無邪気な笑顔でわらっていた。




