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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2020

PTSD

「タカオ、ここに置いとくわね」


 足音が階下へ消えてから、タカオはお膳を部屋へ引き入れた。好物のハンバーグを一口頬張り、机の前に座り直した。


 ヘッドホンをつけると、聴覚が遮断され、パソコンの世界と即座にリンクする。暗い部屋で仄かに光る画面には、ゲームのタイトルが羅列されていた。


 でたらめにスクロールしていた指を止め、あらすじに目を通す。


「やべ」


 箸を落としかけて、咄嗟に持ち直した。するとどうしたことだろう、顔をあげると画面が暗くなっている。


 壊れたわけではない。電源のマークはともっている。


「変な広告バナーでもクリックしたか」


 何度かクリックしても反応がない。

 ふて腐れたタカオはベッドに転がると、間もなく寝息をたてはじめた。


 翌朝、カーテンの隙間からこぼれる光が細くタカオのまぶたに注いでいた。


 伸びをして起き上がるタカオは、違和感を覚えた。


「や、何だこれ」


 部屋がない。というか、タカオの部屋がそっくり置き換わっている。


 狭い六畳間の部屋全体を大きな窓が横切っており、映る景色は高速で飛び去っている。


 机のあったはずの場所は様々な計器、パソコンの代わりに黒光りするレバーが設えてある。


 おまけにタカオは白い手袋をはめていて、頭を触ると紺の帽子を被っている。


 これじゃあまるで、


「操縦席じゃないか、だろ。その通りさ」


 扉が開いて先の尖った尻尾を左右に振りながら、耳まで裂けた口から舌を覗かせて、悪魔は笑っている。


「どうした、握らないのか」


 悪魔が黒光りするレバーを鋭い爪でなぞる。

 タカオの手に汗が滲む。


「やめてくれよ」


 帽子を床に放り投げたタカオはその場に蹲った。


「おいおい、折角タカオの好きな電車を用意してやったのに。本当は操縦したいんだろ?」


 なあ、と悪魔が耳元で囁く。

 ヘッドホンをはめようとしたが見当たらない。


「騙されたと思ってさ、運転してみろよ」


 悪魔に背中を押されて、タカオはレバーを握る。

 途端に心地好い感触に胸が高鳴った。


「やっぱり、駄目だ」


 だらりと垂らすタカオの腕を、残念そうに悪魔は見つめる。


「まあ、いいさ。いずれまた会おう」


 そう言い残し、悪魔は風のように消えた。


 トンネルを終えた列車は、ビルの建ち並ぶ街へ出た。

 警笛鳴り響く踏み切りや田園を駆け抜ける。


 タカオは立ち上がり、次から次へと過ぎ去っていく景色を呆然と眺めていた。


 次の駅は、分かっている。


 慎重に、腫れ物に触るように、タカオはレバーをもう一度握る。計器を指差し、問題のないことを確認する。


「大丈夫、うまくやれる」


 線路が砂利に囲まれると、ついに駅舎が見えてきた。

 時計は寸分の狂いなく、駅へ滑りこんでいく。


「ここだ!」


 タカオは思い切りブレーキをきる。

 ホームから随分離れた場所で、電車は停止した。

 後方の車両からどよめきが起こる。


「うわっ」


 窓一面が真っ赤に染まり、ちぎれた腕がへばりついた。重力に負けた腕の欠片は、そのままずるりと落ちていく。


「どうして、今度こそ止まったぞ。間違いなくホームから離れているのに」


「ふふ、驚いたか」


 赤く塗り潰された窓の下から、おもちゃの腕をプラプラさせて悪魔が笑っていた。


「やっぱりタカオは電車が好きなんじゃないか、結局操縦しているし」


 握っていたレバーを即座に離したタカオは俯いた。


「タカオ、朝御飯、置いておくわね」


 母親の声で目を覚ましたタカオは、壁に飾られた電車の写真に安堵した。


「とんだ悪夢だ」


 お膳には卵焼きとともに、封筒が添えられていた。


「山田タカオさん、お元気ですか。こちらは平常運行です。暑くなってきたので、車内はクーラーを効かせています。また一緒に仕事ができる日を待っています。いつでも連絡ください」


 当たり障りのない、簡潔な文章は、反ってあの日の事件を思い出させまいとする計らいが暗に感じ取れた。


 レバーを握ると手が震えるようになってもなお、電車を愛する気持ちは変わらない。


 いつかまた運転できるなら、そんなに嬉しいことはないのだが、真っ赤に染まったあの日の光景を忘れることは当分ありそうもない。


「だとしても、これ以上引きこもってばかりいられないな」


 朝御飯を食べるために、タカオは封筒をそっと閉じた。(了)



タカオはこのあと復職できたかな



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