第9話 戦力として
自主練はちゃんとした、基地の内周を走ったり、筋トレをしたり、久しぶりに真面目にトレーニングをしてちょっと疲れていたけど、午前の模擬戦の開始だ、今回は機体の重さに慣れるためにフル装備。
6月26日10時。
アルサーレ基地上空。
《いいぞ、その調子で私を追え》
今日は3機で飛んでいた、チグサと僕とでエレメントを組んで、アサギさんを追う訓練。なんだか調子が良くて簡単についていけている、自主練の成果がもう出ているのか?そんなことは無いだろう、たまたまだ。
《くっ!》
チグサの付いていくのにやっとそうな、舌打ち混じりの声が聞こえる、僕は思わずちょっとニヤけてしまい、操縦桿を握る手に力が入る。
その瞬間、僕の前を飛んでいたアサギさんはフワッと旋回し、僕はその機動に追いつくことが出来ず、後ろにピッタリと付かれてしまった。
《やっぱり、褒めるとダメだな》
《くそーっ!!》
確かにちょっと油断してしまった、こんなんじゃダメだ、いつまでたっても実戦で戦うことが出来ない。
《もう一度!》
アサギさんの号令のもと、体勢を立て直して、再び彼女を追う所から始める。
しばらく空をグルグルと回っていると、管制塔から通信が入った。
《ーー管制よりグレイ1、ローレ機が5機、陸軍基地方向へ接近中、3機で警戒に向かえーー》
ローレタラティスの戦闘機が接近中との事だ。え、3機で向えって、僕も?
《ーーグラム隊は整備中だ、整備が終わり次第向かわせるーー》
ああ、なんというタイミングだ。整備と言ってもただの点検、そんなに時間はかからないと思うがすぐには飛べないようだ、二対五では何かあったらかなり不利な状況になるので、僕もついて行けばいいのかな?足でまといにならないといいけど。
《ダメだ、レイは向かわせられない》
ですよねー、訓練終わってないもん。
しかし、管制は許してくれなかった。
《ーー命令だ、3機で向かえーー》
嬉しい反面、怖かった。
こんな急な実戦、行きたい気持ちが強いが怖くないわけが無い、アサギさんの言った、私も死ぬかもしれないし、お前も死ぬかもしれないという言葉が思い出される。
《くそ、レイ!後ろにつけ、私の2番機だ。チグサ、お前は3番機だ》
《了解です!》
《ウィルコ!》
僕は真っ直ぐ飛ぶアサギさんの左後ろに、素早く旋回して着く。彼女の2番機か、頑張らないと。
《ーーレイ・アスール少尉、コールサインは?ーー》
あ、全然考えてなかった、まだまだ先のことだと思っていたから。どうしようか、アサギさんのコールサインはグレイ1だ、僕はその2番機、という事は。
《グレイ2です!》
《お前・・・》
すぐにそれがでてきた、アサギさんはどう思っているだろうか、嬉しく思ってくれてたらいいのだけど。でも、呆れたようなため息混じりの声が聞こえた気がした、んー、帰ったら怖いな。
《ーー了解、グレイ2。グレイ2、ブロッサム1はグレイ1に続き、陸軍基地上空に向かえーー》
《ブロッサム1、ウィルコ》
《グレイ2、了解!》
アサギさんの左後ろに僕、右後ろにチグサとデルタ型の編隊飛行でこの基地から北東に少し離れた、解放陸軍基地へと向かう、と言っても、上空からは既に基地は遠目に見えている。
山肌に沿うように作られた基地、「カルーシュレ解放陸軍基地」だ。アルサーレ地区北部に位置するそれは、ローレタラティスとの最前線、常に緊張が走る場所だった。
そこが今は最大限の警戒がなされていた。
《ーーカルーシュレ地区に空襲警報、全部隊戦闘態勢ーー》
陸軍の無線が聞こえてきた、無線越しにもわかる、バタバタと忙しそうな声、一体全体どうなっているか。
《ローレ機探知、お出迎えに行くぞ》
レーダーに5つの目標を探知した、お出迎えと言ってもローレ機の方が先にカルーシュレ基地に着きそう、僕達は速度を上げる。
ドンッ・・・。
山肌にある大きな建物が爆発し、土煙に包まれる。
《くそっ、撃ってきたぞ!?》
《対空戦車、配置急げ!》
《空軍はまだか!?》
地上が更に慌ただしくなる、どうやらローレ機からの攻撃を受けているらしい、緊張感はあったがしばらく何も無かった、油断とはこの事だ。しかしローレタラティスの突然の攻撃によって、事実上の停戦状態が一瞬にして崩れ去る。
《ーー管制から各機、発砲許可、迎撃しろーー》
《グレイ1、ウィルコ》
《グレイ2、了解!》
《ブロッサム1、ウィルコ!》
迎撃って、まだミサイルも撃ったことないのにそんなこと出来るのだろうか、いや、できる出来ない以前にやるしかない、僕の祖国を守るために、アサギさん達を手伝うために。
《レイ!》
《はい!》
アサギさんに力強く呼ばれた、僕は負けずハッキリと返事をする。
《お手並み拝見だ、死ぬなよ》
《死にません!》
自信はないが、とにかく大きな声でアサギさんに言ってみせる。
《よし、グレイ1、交戦》
《グレイ2、交戦します!》
《ブロッサム1、交戦っ!》
●
山肌からは黒煙が上がり、空にはチグサの30ミリ機関砲の低い咆哮が響く。
敵機、Su-27はちょこまかと僕達の攻撃を躱しながら基地を攻撃していた。
僕は敵機を追いかけるのにやっと、しかし、アサギさんを追いかけるほど難しくもない、もうちょっとで攻撃できそうだったが、そうは問屋が卸さない、照準を絞っていると、肝心なところで躱されていた。
既に、アサギさんとチグサは1機づつ撃墜している。あと3機、僕もやってやる。
縦横無尽に逃げ回る敵機を俺はしつこく追い回す、こうやって追いかけていればいつか、チャンスが来るはずだ、チャンスが・・・。
(え?)
追いかけていたはずの敵機が目の前から消えた、慌ててヘルメットシールドに映し出される情報を見ると、嫌な予感がする。
《レイ!!》
アサギさんの声が聞こえると同時に、敵機の機銃掃射に襲われ、曳光弾がキャノピーを掠めていくのが分かる、運良く当たらなかったが後ろにピッタリ付かれてしまった、一気に形勢逆転、追う方から追われる方に状況は変わってしまった。
助けを求めようにも、アサギさんもチグサも交戦中、自分でどうにかするしかない、初の実戦で死ぬのだけは御免だ。
ビー、ビー、ビー・・・。
くそ、ロックされた。心臓が飛び出そうなほど鼓動が早くなる。急旋回を繰り返して回避行動をとるが、アラームは鳴り止まない、それどころか、ビビビビ、と早くなる、ミサイルを発射された、レーダーには自分に迫る小さな点が表示され、ヘルメットシールドにも後方からミサイル接近中の警報が表示されれている。
《くそぉぉぉぉぉ!》
僕はフレアを発射、左に急旋回する。アラームは鳴り止み何とか危機は脱したようだけど、まだ終わった訳では無い。次、何とかしないと・・・。
《下手くそ》
《へ?》
誰の声か判断する前に、僕の機体スレスレをミサイルが掠め、後方で爆発を起こした、慌ててレーダーを見ると敵の機影が消えている。それとほぼ同時に、どこからやってきたのか、真っ黒なF-15と背面同士ですれ違う。
あの声は、ルリさんだ。
ルリさんはすれ違いざまに、僕を追っていた敵機を落とすと、勢いそのままにチグサがギリギリ追っていた敵機を、斜め後方から割り込み、ミサイルを使って撃墜。それと同時に、アサギさんも自らが追っていた敵機を撃墜していた。
《す、すげぇー・・・》
登場したと思ったら1分も経たないうちに2機撃墜、正にエースの離れ業だ。
《あら、私の出番は無し?》
少し遅れてアヤメさんも登場、しかし、敵機はルリさんのおかげで全て撃墜、彼女は整備の復旧が遅れて少し到着が遅くなったのか、澄ましてはいたが、少し悔しそうな声だった。
《ルリさん、ありがとうございます!》
僕はルリさんの機体の横につけて、助けて貰ったお礼を言う、タイミングはバッチリだったし、もし彼女の到着が遅れていたり、来ていなかったらと考えると、恐ろしい。それこそ撃墜されていたかもしれない。
《下手くそ、死にたいの?》
はうっ!に、2回も言わないで下さい・・・、弱いのは自分が1番知っています。それに、死にたいわけが無い、て言うかルリさん、地上にいる時と話し方が全然違う、いつもはワンテンポ遅れての会話だが、今は即答でかなりキツイ物の言い方、こ、怖い・・・。
《ねぇ、死にたいの?》
《・・・・・・死にません》
《じゃあ、結果で示して》
いや、怖すぎだろ・・・。アサギさんはなんだかんだ言いつつも、優しさがあったけど、今のルリさんは冷酷さを具現化したような感じ、撃墜されそうだった恐怖と、冷酷なルリさんの恐怖で涙目になりそうだ。
《ーー当基地に敵機接近中、方位100、迎撃しろーー》
次から次へと・・・。
アヤメさん達は僕達の後ろについて、アサギさん、グレイ1を先頭にアルサーレ基地への直掩に急ぐ。
敵機を視認した、Su-27が3機、基地に到着する前に迎撃しないと。
《レイ、迎撃して》
《え?》
ルリさんの声だ。迎撃?僕が?単機で?
《ルリ、ちょっと何を》
《そうだよ、レイには・・・》
アサギさんとチグサの心配する声が聞こえる。
《アサギはレイに死んで欲しいの?チグサも?》
《そんな訳ないだろ!》
《そんな・・・》
《じゃあ、いつまでも大切にしてないで戦わせないと》
《そうだが・・・》
《レイ・・・》
アサギさんは僕に死んで欲しくなかったから、飛ばさせてくれなかったのか。それに気づいていたルリさん、彼女は僕が大事に大事にされるより、実戦を戦い抜いて自分の力で生きて欲しいと思っているのか、だからキツめに言ってくれているのだろう。
手に力が入る、やってやる、何がなんでも1機落としてやる。
《やります、やってみせます》
まだ、1発も撃っていない、否、撃てていない。翼にはまだ通常ミサイルが8発、腹にも中AAMを8発抱いている、16発もあれば1発ぐらい当たるだろう、無駄打ちする訳にもいかないが数が少ないよりマシだ。
解放軍に参加してからの憂さ晴らしだ、好き勝手に暴れてやる、さっきまでは誰かの目を気にしながら飛んでいた気がしたが、何かリミッターのようなものが外れた気がした。
僕は隊長、グレイ1の前に出る。
《グレイ2、交戦・・・》
※
難民キャンプにジェットエンジンの轟音と、銃声、爆発音が響き渡る。それと共に、難民たちの悲鳴も。
俺は騒ぐことなく冷静に空を見上げる、戦闘機が空戦を繰り広げていた。
F-15が5機と、Su-27が3機。
先頭を飛んでいたF-15の操縦は酷いもので、昔、基地に来てまだ間もなかった後輩のそれにそっくりだった。
「大丈夫かよ・・・」
またミサイルを外した、これで2発目だ。あのタイプのF-15ならまだミサイルは残っているだろうけど、あまりにもお粗末。他のF-15は下手な奴を見守るように周りを飛んでいる、やっぱりひよっこなのか?
バーン・・・。
「おっ」
やっとミサイルが命中した、Su-27が山の方へと火を噴きながら落ちていく。当たるってことはセンスはあるのかな。
それを皮切りに周りを飛んでいた戦闘機が、次々に空戦に参加してあっという間に終わった。と言っても、黒いF-15、1機が一瞬で2機を落としている、あいつがエースか。
にしても、練習台にされるとは不憫な敵機だ。
「なぁ」
「なに?」
俺は自分の右袖を持ち、少し脅えて震える少年に声を掛ける。褐色肌の可愛らしい少年は顔を上げて、俺を見つめる。
「俺、解放軍に参加するよ」
「え?」
ここにいても、ただ脅えるだけ。
皆の役に立とう、戦闘機の操縦なんて簡単だし自信もある、少なくとも下手くそなあいつよりは。
さっそく、入隊届けを出すとしよう。
※
当たった!2発も外してしまったが結果オーライだろう。皆は僕が1機撃墜したのを確認すると、残りの2機に襲いかかる。
え、試されてたのかな?
そして、すぐに残った敵機は火を噴きながら落ちていく。
それこそ、あっという間で、苦戦していた僕はなんだったのか・・・。
《ーー上空はクリアだ、各機RTBーー》
僕は最後に着陸した、駐機場で皆が待っている。
怒られるのかなぁ、かなり手間取ったし、2発も無駄弾を撃ってしまった、嫌だなぁ。
コックピットから降りて、とぼとぼと駐機場を歩くと、チグサとルリさんが駆け寄ってくる。
「凄いじゃん!これで、レイも戦力だね!」
「・・・・・・上々」
チグサは僕の背中をバンバンと叩き、ルリさんは僕の腰に抱きついて讃えてくれる。喜んでいいのかな?
てか、ルリさん、元の口調に戻ってる・・・、あのめっちゃ怖かった人は別人格の人なのか?やり取りを聞いていたはずのチグサはそれにはノータッチ、それで通っているのか?
3人揃って、アサギさんとアヤメさんの元へと行く。
「まあまあね、ルリも喜んでいるし、いいんじゃない?」
まずはアヤメさん、僕の肩を叩いて褒めてくれる、基準がルリさんなのもよく分からないが、2番機の彼女の方が強いのか?
アサギさんの前に到着した、なんて言われるだろう。
「はぅっ!?」
彼女は僕の頭に手を伸ばして、髪の毛をクシャクシャとされた、チグサ以外にされた事がなかったので、ちょっとびっくりしてしまう。
「お疲れさん」
優しく笑って迎えてくれる、特に、よくやった、とか褒める言葉はなかったけど、それだけでも僕は嬉しかった。
「はい!」
僕は涙目になりながらも、ビシッと背を伸ばして彼女に答えた。
●
ブリーフィングルーム。
僕達はそこに呼ばれて、椅子に座っていた。
何故ここに呼ばれたのかは分からない、ここの司令が話があるんだろう。司令とは当分会っていない、作戦会議やらなんやらであちこち行ってるから。
お、司令が入ってきた。茶髪のロングヘアをなびかせた、細身で少しほうれい線が目立つ女性、確か40代ぐらいだったけど、そこら辺の人よりは綺麗な人だ。名前はアーノル大佐。
演台に着くと書類をトントンとまとめて、僕達の方を見る。ん、目が合った気がする。
「レイ・アスール少尉、君も今日から当直パイロットよ。アサギ・セレステ大尉の直について」
静かに、しかし、重い口調で言うアーノル司令。元々希望していたけど、いざそう言われると少し緊張する。
「は、はい!」
隣に座っていたチグサに肘打ちされて、「よかったね」と言ってくれる。嬉しいけど、その分責任も出てくる、頑張るぞ。
「話は変わるけど、陸軍基地の被害は最小限に食い止められた、君たちのおかげね。それと、エルゲートからの情報によると、既に国境沿いにはローレタラティスの陸上部隊が展開している可能性がある、ということ」
しばらく停戦状態だったのは戦力を増強するためだったのか、これから忙しくなりそうだ。
「いつ再び開戦するか分からないわ、むしろ始まったも同然、準備は万全にね。あと、傭兵を募集してるからその受け入れ準備もよろしく」
傭兵?まあ、確かにパイロットや軍人は多いに越したことはないが、そんな簡単に集まるのだろうか?というかそんな金、解放軍にあるのか?歩合制とか言っとけば何とかなりそうだけど。それに、準備と言っても予備機は2機しかなく、隊舎も1棟だけ、もう1棟は建設中で掘っ建て小屋しかない、ほとんど出来ることは無さそうだ。
「とりあえずは、以上。解散」
僕達は司令に敬礼をして、ブリーフィングルームを後にした。
「レイ!」
帰り際、アサギさんに呼び止められる。何だろう?
「頑張れよ」
「はい!」
僕は元気よく、彼女の言葉に返事をした。