第8話 決意
僕は1人で家へ帰っていた。
家と言っても自分の家じゃない、それに4階建ての石造りのアパート。僕の教官、アサギ・セレステさんの自宅だ、僕はその一室に住まわさせて貰っていた。
彼女は、僕の先輩のチグサと共に、当直パイロットで今日は基地に泊まっている。
きっかけはひょんな事で、野菜が余ってるから食べに来い(多分あれは、家に呼ぶ口実だ)と。そして、部屋が余っているから泊まっていいとなった。僕がボロボロの小屋に住んでいたのを、不憫に思ってくれたのか。あとから聞いたのだけど、僕がアサギさんの弟に似ているからか、優先度がどちらが高いのかは分からない。まあ理由はなんであれ、それのお陰で僕は最近不自由のない、幸せな生活を送っている。他人が聞けば相当に怪しい内容だが、僕は幸せだからどうだっていい。
そんなことを考えていると、家の前に着いた、僕は階段を3階まで上がっていく。普通の人が3階まで階段で上がるなんてしんどいと思うだろうけど、僕は一応軍人だ、なんてことは無い。
ガチャ。
「ただいまぁ」
当然のごとく家の中には誰もいないが、習慣になっていて自然に口から出てしまう、小屋に住んでいた時もずっと言っていた。
「んー・・・」
僕は市場で買ってきた惣菜をダイニングテーブルに置き、ラジオのスイッチをつけて、ソファーに腰をかける。
「お前を飛ばす訳にはいかない」
「お前はまだ早い」
アサギさんから言われたことが、頭の中でこだまする。自分でもまだ未熟なのはわかっていたが、ああもストレートに言われると割とショックだった。
「強くなんないとなぁ」
僕はソファーに崩れる、戦闘機の操縦なんておいそれと上達する訳もないが、これは男としての問題だ。
しばらくソファーに崩れたまま考え事をする。明日からどうしようか、手始めに筋トレとか?最近ちょっとサボってたから真面目にやろう。あと、戦闘機の自主練なんて絶対に許可は降りないだろう、基地にシュミレーターでもあればいいのだけど、グレイニアにはそんなお金はない、アサギさんが居ない時は体力錬成しかないか。
「・・・・・・お風呂入ろう」
悩む頭を冷ますために、食事よりも先にお風呂に入ることにする。
服を脱いでそれを洗濯機に放り込む。
「あ、アサギさん居ないから自分でやらないと・・・」
いつも、悪いと思いつつも何か言う前にアサギさんがやってしまっていた。僕だって洗濯機ぐらいは使える、お風呂から上がってから洗濯しよう、意外とやることいっぱいあるな。
そして、僕はゆっくりとシャワーを浴びながら体を洗い、一時の幸せを感じていた。
シャワーを終えて、洗面所から出ようとする、キッチンの方向で物音がする。
え?また出たの?
また出たと言っても、寝ぼけたアサギさんに腕を掴まれたり。夢かもしれないけど、ルリさんがいつの間にか僕の胸で寝てたりと、彼女達の仕業だが、今回は誰だろう。
恐る恐る覗いてみる。
「あれ、ルリさん?どーしたんですか?」
キッチンには、オーバーサイズのシャツをワンピースの様に着たルリさんが立っていた、透き通るように白い生脚が細くてエロい。おっと、そんなことより何か作っている?背が足りないのかどこから持ってきたのか、箱の上に立っていた、可愛い。
「・・・・・・アヤメ、バーに行った、私飲めないからこっちに来た」
ルリさんは何かを作る手を止めて、ちょっと不安げに言う。てか、アヤメさん無責任過ぎません??こんな可愛い幼女(年上)放ったらかしにするなんて。
「・・・・・・迷惑だった?」
ルリさんは困ったような目で僕を見てくる。はぅ!胸が苦しい!そんな目でボクを見ないでください!なんかすごい罪悪感が・・・。
「迷惑だなんでそんな、1人で寂しかったとこですよ!」
堪らずフォローする。寂しかったのは本当、毎日ワチャワチャしていたんだ、急に1人になるとそりゃね、1年以上1人だったのに変な感じだ。
「・・・・・・よかった」
彼女は嬉しそうに口角を上げて、キッチンに向き直った。ところで、何を作っているんだろう?
彼女の横に行って覗いてみる。
大きな川魚を捌いていた。
「さ、魚捌けるんですか・・・、すげぇ・・・。って、料理!」
物凄い手際の良さでルリさんは魚を捌いていた、綺麗に3枚におろしてフライパンの上で焼いていく。って、よく見ると、僕の買ってきたお惣菜が温められ、綺麗にお皿の上に盛り付けられている。幼女(年上)で女子力が高いってすげぇ、アサギさんも長身スレンダーでお姉さんみたいな感じでとてもいいけど、どちらも捨てがたい。
「・・・・・・料理ぐらいできる。レイくんのも買ってきたけど、お惣菜あったから、ちょっとアレンジした」
料理ぐらい・・・、僕出来ないんだけど・・・。てか、僕のも買ってきてくれてたんだ、優しい。
そして、魚は焼き上がり、彼女はお皿に盛り付けていき、僕はそれらをテーブルに並べていく。
1人で寂しく食べる予定だったけど、気づけば豪華な夕食だ。
僕達は向かい合ってダイニングテーブルに着き、お祈りをして食事を始める。
魚も塩が効いていて美味しい、アサギさんの手料理にも負けず劣らずだ。
「美味しいです!」
「・・・・・・よかった」
そう言うとルリさんは嬉しそうに口角をあげる。相変わらず目は笑ってないけど、嬉しいのだろう、多分。
あまりに美味しくて、ガツガツとすぐに食べ終わってしまった、ルリさんは可愛らしく少しづつ食べている。あら、空気読めないとか思われてないかな?まあでも、これは仕方ない事なのだ、基地でご飯を食べる時間なんてそんなにないし、パッと食べてスッと休憩するというのが身についてしまっている。美味しいものなら尚のこと。
そして、ルリさんも食べ終わり、僕が洗い物をしているとアヤメさんが帰ってきた。
「帰ったわよぉ」
いい感じに酔っ払っていて、フラフラとしている。
あーあー、と、僕はダイニングにアヤメさんを誘導して座らせ、コップに水をついで彼女に渡す。
渡した瞬間にそれを飲み干したアヤメさんは、机に伏せてしまって、何やらブツブツ言っている。
「??」
よく聞こえずに、どうしたらいいかなとルリさんを見ると。
「・・・・・・いつもの事だから」
特に心配もしていない様子、いつもこんな感じってそれはそれでやばくないか?何か、ストレスでもあるんだろうか、僕はちょっと心配だ。
んー、どうしよう。と悩んでいると、スースーと寝息が聞こえてきた。
「ちょっと!寝るなら部屋で寝てください!」
アサギさんといい、チグサといい、なんでこの人達はこんなにすぐ寝てしまうのか、ちょっとガサツ過ぎやしません?アヤメさんを、引けども押せども起きる気配はない。
「あー、もう!」
仕方ないので例のごとく抱き上げて、アサギさんの部屋に運んでいく、来客用の布団は昨日のままだ、片付けなくて良かった。彼女を布団に寝かしつけて、ダイニングに戻る。
「アヤメさん、何かあったんですか?」
こんなに毎日酔って帰ってこられては、たまったものでは無い、せめて理由が知りたくてルリさんに聞いてみるが。
「・・・・・・この国に何もなかった人なんて、いない」
「・・・あ・・・すいません」
確かにそうだった、ほとんどの人が誰かを亡くしている、僕と、アサギさん、チグサは家族を、ルリさんも兄?を亡くしたようだし、アヤメさんもそうなのだろう。
「・・・・・・別に、お風呂入ってくる」
ルリさんはそう言い残して、浴室へと行ってしまう。怒っちゃったかな?、んー、変なこと言ってしまったなぁ、無神経にも程があるだろ僕!ちゃんと考えてモノを言わないと、反省だ。
罪悪感に浸る気分を紛らわすために、ソファに移動し、ラジオを付けて音楽を聴く、アヤメさんを起こしてしまわないように音は小さめ、今日はロックが流れていた。
鼻歌交じりに流れてくるロックを楽しみ、しばらくするとルリさんが浴室から出てきた。すると、そのまま「・・・・・・おやすみ」と僕の部屋に消えていく。
やっぱ怒ってるのかな?
どうしよう、謝るべきなのかな?いや、さっき謝ったしなぁ、うーん・・・。
まあ、別に口を効いてくれない訳では無いし、怒ってはないだろう!そう自分に言い聞かせて、しばらくラジオから流れる音楽を楽しんだ。
●
いつの間にか寝てしまっていた、部屋の帰りは消えていて、僕の体には布団が掛かっている。
「あれ?」
辺りを見渡すも誰もいない、ルリさんがやってくれたのかな?あとでお礼言っとかないと。
時計を見ると5時を指していた、重い腰を上げ、カーテンを開けて東の空を見ると、少し明るくなろうとしている。
「さてと」
朝食を作るためにキッチンに移動する、この時間に起きれたのはたまたまだったが、今日から強くなるために頑張るんだ。
鼻歌を歌いながら3人分の簡単な朝食を作り、自分のパンをトースターで温める。今日の朝食はトーストと、ベーコンと目玉焼き、これぞ男の料理、ザ・焼いただけ。
お祈りを済まして、1人で食事を始めていると。
「・・・・・・おはよう、早いね」
ルリさんが眠そうな目をゴシゴシしながら、僕の部屋から出てきた。ワンピースのようになっているシャツは、いつ見ても可愛らしい。僕の渾身の料理の匂いに誘われたかな?
「おはようございます。あ、布団ありがとうございました、いつの間にか寝ちゃってて」
「・・・・・・ん?・・・うん、別に、そのくらい・・・」
やっぱり彼女だったみたいだ。しかし、お礼を言ってもこれといった感じ、怒ってはないと思うけど、難しい人だなぁ。
ルリさんは洗面を済ませて、ダイニングテーブルにつく。
「・・・・・・朝食?」
こら、不思議そうな目で朝食を見るんじゃない、確かに焼いただけどけど、凄く美味しそうじゃないか!目玉焼きの焦げ目とか特に。
そして、僕は早々と朝食を済ませ。
「お先に行ってきます!」
「・・・・・・行ってらっしゃい」
自主練のために基地へと急いだ。