第7話 弱い僕
《ーー警戒態勢解除、警戒態勢解除ーー》
偵察ドローンは帰っていったようだ。ガタンガタンキーキーと格納庫扉が重々しく金属を擦る音と共に開放される。
それと同時にチグサの機体が、牽引車に接続された。
彼女の機体は格納庫から引っぱり出されて、滑走路の向こう側にある、試射場へと牽引されて行く。
ここから山側に設置された、飛行機の背面の形をした標的に向かって、自ら調整したガンポッドをブッ放す、もとい、試射を行う。一応標的の裏には土壁があって貫通したり、飛び散らないようにはなっている、山側に作られているのは念の為だ。
標的まで約200メートル。
チグサは最後の調整を終えて、コックピットへと入っていた。彼女はヘルメットを被り、キャノピーを閉める。
僕達は危ないのでその更に後方の、塹壕のような所で見学する。
なんだかワクワクしてきた、大口径の30ミリ機関砲だ、その威力が気になる。30ミリがどんなものなのかは、噂には聞いた事がある、A-10という攻撃機には、30ミリバルカン砲が搭載されていて、それはもう凄いとか。
まだかまだかと、試射の瞬間を待ちわびていると。
飛行服の右袖をクイクイと引っ張られる。
ん?と引っ張られた右腕を見ると、ルリさんが僕の飛行服の袖を、人差し指と親指で握っていた。あ、もしや・・・。
「・・・・・・見えない」
ですよね、僕でギリギリだもん。何か台になるようなものはないかと探すが、塹壕のようなここには綺麗に整理されていて、何も無い。箱の1つや2つあってもいいだろうに。格納庫に取りに行く暇もないし、どうしよう・・・。
考えていてふと彼女を見ると、ジトッとした蒼い目で僕を見上げて、両手を僕に向かって上げていた。
「え?」
「・・・・・・」
・・・・・・おんぶしろって事?
しばらく固まっていると。
「・・・・・・はやく、見逃す」
なんか怒られた。んもー、仕方ないな!今回だけだからな!なんてことは言えるはずもなく、僕は彼女に背を向けてしゃがんだ。
ドサッと彼女が背中に乗る。え、めっちゃ軽いんだけど大丈夫なの?と、思いながも立ち上がり、チグサの機体の方に向く。ルリさんは僕の右肩から顔を出す、鼻息が耳に当たってむず痒く、無いはずの胸を伝わって鼓動を感じ、ブルブルと震えてしまう。
「・・・・・・重い?」
「大丈夫です!!」
いやー、もう、可愛すぎ!めっちゃ守ってあげたい!
「なにイチャイチャしてるんだ、始まるぞ」
「してないです!」
アサギさんに、変なものを見るような目で見られ、からかわれる。まあ、幼女(年上)をこんな所でおんぶしていたら、そりゃ変だわな。
そして、始まる合図が出る。
ゴクリと生唾を飲み込んだ、その時。
ドドドド!。
低い音で発射されたそれは、一瞬で標的を粉々に砕き、1回も詰まることなく、30秒足らずで撃ち終わる。砂煙が消えたあとには土壁も削れ、窪んでいた。
「ヤバー・・・」
「・・・・・・」
俺は唖然として立ち尽くしていた、さすがと言うべきなのか30ミリ弾の威力は絶大だ、あんなのが機体に当たったら1発で致命傷だろう。うわー、としばらく立っていると。
「・・・・・・降ろして」
ついつい、僕は機関砲の余韻に浸っていた。僕は「あ、はい!」とすぐにしゃがんで彼女を降ろす。
「・・・・・・ありがと」
どういたしましてぇ、と頭を撫でたくなるが、我慢だ俺、相手は年上だぞ。
そして、チグサが機体を整備員に預けてスキップしながらこちらに駆け寄ってくる。
自分が調整したガンポッド、詰まらず撃てて余程嬉しいのだろう。
「良かった良かった、これで何かあっても使えるよ!」
ご満悦な様子だ。しかし、僕はこれが使われない方が嬉しい、格好はいいけど人を殺す為のものだから。
まあ、そんなことは言ってられないのは分かっているつもりだ。
「結果も良かったことだし、レイ、昼の模擬戦だ」
あ、やるんだ・・・。どさくさに紛れて、中止にならないかなーと思っていたが甘かった。
「あ、はい」
僕は渋々、格納庫に向かおうと歩き出した。
ウゥゥーーー・・・。
またサイレンだ、短い間に2回目、今度は何だろう。
《ーー警戒態勢B発令、警戒態勢B発令、ローレタラティス有人機、2機接近中ーー》
警戒態勢Bということは、攻撃してくるかもしれないローレタラティスの戦闘機2機が、こっちに向かってきているということか!大変だ!
僕が思うよりも早く、基地は慌ただしく動き始めていた。
ブーー、基地放送の合図が辺りに響く。
《戦闘機隊スクランブル急げ》
誰の声だろう、渋い声だった、こんな放送はここに来て初めて聞く。
皆の機体に次々とミサイルが搭載されていく、しかし、僕の機体は手付かず。なんでだ、僕も戦闘機乗りだ。少し腹が立って、アサギさんに駆け寄る。
「僕も行きます!」
「は?お前、訓練が終わってないだろ、飛ばす訳にはいかん」
「でも・・・、行きます!」
彼女は断固として飛ばしてくれそうにない。しかし僕は引き下がらず、行くと言い続ける。
困った表情をしたアサギさんに、両肩をガシッと掴まれた。
「レイ・・・、私との約束を忘れたのか?私より早く死んだら許さんぞ?」
「うっ・・・・・・」
何も言えない。
「私達は大丈夫だ、なあ」
気づいたら僕の周りには皆がいた。
「もちろん、私、腕はいいんだから」
「私達はね、これでもエースなのよ?」
「・・・・・・うん」
何も言えない僕に、彼女たちは僕の背中を叩いて、自分の戦闘機へと行ってしまった。彼女達の背中は、僕のそれよりも格好よく見える。
そして、次々と格納庫から出ていく。
漆黒の刀、アヤメさん、ルリさんのグラム隊。
1輪の桜、チグサのブロッサム1。
無印、アサギさんのグレイ1。
彼女たちが次々に曇り空へと飛び上がり、目的地の空へと旋回していく。
僕はそれを見送って、いつものベンチに座る。
弱い自分、頼りない自分が情けない、男のくせに女性1人も守ることが出来ないのか、これじゃ、死んだお父さん、お母さんに顔向けできない。僕は強くならないと。
力強く、僕は誓った。
※
《チグサ、後ろにつけ、私の2番機だ》
《ブロッサム1、ウィルコ。グレイ1に続きます》
無印のF-15の斜め後ろに、桜の花が綺麗なF-15が付く。こう思えば、エレメントで飛ぶのは久しぶりな気がする。
その2機の戦闘機の後ろには、漆黒のF-15が2機続く。
《ルリ、大丈夫?実戦よ》
《楽勝》
前を飛ぶアヤメが、地上では自信なさげな、後ろのルリを心配してみせるが。ルリはキリッと、しかし投げやりな声で、それに答える。
彼女は所謂、ハンドルを握ると性格が変わるタイプだ。いや、変わると言っても、どっちが本当の彼女か分からない。分かる事は、地上では自信なくワンテンポ遅れて返ってくる返事が、空ではハッキリだがどこか投げやりな声で即答な事。あと、この中で1番の戦闘狂だ。
《落としていい?》
案の定、落とす気満々。しかし、まだ彼女たちが被害を被った訳では無い、慎重にいかないと。
《まだダメよ、警告しないと》
《わかった》
ルリの戦闘狂で良かったことは、物分かりがいい事だ、どこぞの本当に狂った人みたいに、暴れだしたりしない。
《ルリさんって怖いですよね・・・》
《バカ、言うな!》
チグサが口を滑らす、アサギが慌てて止めようとしたがもう遅い。ルリは速度を上げて、いつの間にやら2人の横を飛んでいた。
《怖いことして欲しいの?》
違う、そうじゃないの!誤解だ、ルリ!と2人は慌てて宥める、するとルリは、ふぅーん、と言ってアヤメの後ろに戻っていく。
(こ、怖かった・・・)
(こ、怖いことってなんなんだ・・・)
味方なのに生きた心地がしない、それほどに空のルリは恐ろしかった。
暗灰色のSu-27、ローレタラティス機と思われる機体、2機を見つた、ここは既にグレイニアの領空、警告を行う。
《貴機は自由グレイニアの領空を侵犯している、聞こえてるなら速度を落とせ》
警告を行いながら旋回し位置につく、2機を挟むように、右にアサギ、左にチグサ、迎撃要員に後方にルリ、更にその後方にアヤメと飛ぶ。
アサギの警告を聞き入れたのか、ローレタラティス機は速度を下げる。聞き分けのいい子でよろしい。
《よし、左に旋回する、方位080まで回れ》
チグサと、アサギがゆっくりと左旋回すると、ローレタラティス機もゆっくりとついてきて、進行方向を東へと向ける。このまま領空を出て、帰ってくれると助かるのだが。
《ーーこちらアルサーレ飛行場管制塔、当空域に接近する航空機2機探知。敵が発砲するまで、発砲は禁ずる》
《グレイ1、ウィルコ》
どうやらお出ましのようだ、この2機を助けに来たのか、そもそもが私達とやり合う気なのか。しかし、いずれにせよ、敵が発砲するまでアサギ達は攻撃できない、少しでも国際的立場上優位に立つために。
《アヤメ!》
《分かってるわ》
ルリの後方を飛んでいたアヤメが機首を上げて上昇、アサギ達から距離をとった、何があってもいいようにカバーに回るためだ。もし、アサギ達が囲んでいる2機が、何かしようとしてもその時には、ルリが落としているだろう。
新しく探知した2機が見えてきた、さてさて何をしてくるのだろうか。
ビー、ビー、ビー。
警報がなる、敵機から火器管制レーダーの照射を受けているようだ、いわゆるロックオンされている状態。しかし、まだ攻撃を受けた訳では無い。
《まだ?》
《まだよ、ルリ、我慢して》
《わかった》
早く撃ちたくてたまらなそうなルリ、しかしまだ時期尚早だ、グッと我慢させる。
グレイニア領空をもうすぐ出る、出るとそこはローレタラティス領空だ、アサギ達はここから出る訳にはいかない。
グレイニア領空出る寸前、新しく来た2機がチグサの横をかすめて行った。なんと奴らも領空に入ってきたのだ。
《なんなんだ?ルリ、アヤメ、奴らを追え》
《グラム2、ウィルコ・・・》
《グラム1、了解よ》
アサギ達が囲む2機の後ろに付いていたルリが、上昇旋回し、新しく来た2機の後ろに素早く付く、それに遅れてアヤメも後方斜め上空についた。敵の後ろをとったので警報はならなくなったが、さて、どうしたものか、敵の思惑が全く分からない。
《グレイニア領空から出ろ》
アサギは警告を続ける、しかし応答はない。
《管制塔、警告射撃の許可を》
《ーー了解だ、少し待てーー》
あまりしたくはないが、警告射撃で脅さないと出てくれそうにない、許可が出たら調整が終わったばかりの、チグサの30ミリガンポッドでビビらせたらいい。
〈ーーグレイニアという国など、存在しない〉
何か、憎しみに満ちたそんな声が聞こえた、ローレタラティス機からだ。それが、彼らの答えだ。
《勝手なこと言うな、ローレニアから逃げてきて、人様の国で蜂起したのはどこのどいつだ》
アサギはつい熱くなって言ってしまう、ローレニアとの突然の連合解消に、政治家はドタバタしていたようだが、私達国民は平和に暮らしていた、それを壊したのはお前らだと。
〈ーーグレイニアなど存在しない!〉
敵機が急旋回し雲に逃げ込まれた、クソっと後を追うと、敵機は旋回を終えており、すれ違いざまに機関銃を発砲された、運良く当たってはいない。
《やるよ?》
《ああ、管制塔、発砲された。各機交戦許可》
管制塔に許可を貰っている暇などない、責任はアサギがとる覚悟で戦闘を開始する。
《ウィルコ、グラム2、交戦》
《グラム1、交戦》
《ブロッサム1、交戦!》
※
「遅いなぁ」
僕はまだベンチで待っていた。彼女たちが飛び立ってそれなりに時間が経ったが、まだ戻ってくる気配はない。
「大丈夫かなぁ」
最弱な自分が心配しても仕方がないのだが、時間が経つにつれて不安が増していく。それに、遠くの方でドーンと聞こえた様な気もした、不安だ・・・。
ゴーーーー・・・。
空に戦闘機のエンジン音が響き、山に反射してこだまする。
目を凝らして探すとF-15が4機、頭上を越えて旋回する。
「よかったー・・・」
はぁぁぁ、と安堵のため息が漏れる。
彼女達が地上に戻ってきた。駐機場に着くなり僕は彼女達に駆け寄る。
「あ、その!・・・お、おかえりなさい」
なんて言ったらいいのか迷ったが、結局それが先だった。心配してました!も違う気がするし。大丈夫でしたか?もダメだ。
「ああ、ただいま」
アサギさんに肩をポンポンと叩かれ。
「ただいまぁ!」
チグサに頭をクシャクシャとされ。
「ええ、ただいま」
アヤメさんには特に何もされなかった。
「・・・・・・ただ、いま」
遅れてきたルリさん、僕の前で止まって、ん?と僕がしていると、ガバッと抱きつかれた。わっ!とビックリしていると彼女はすぐに離れてアヤメさんの元へ、チョコチョコと走って行った。なんなんだびっくりしたけど、可愛かった。
そして、アサギさんは報告があるからと隊舎に行ってしまった。
僕はベンチに座るチグサに、どうだったのかと聞く。
「んー、たいしたことなかったけど、ルリさんが1機撃墜しちゃったからねぇ」
え?マジで?あんなか弱そうな幼女(年上)が敵機を撃墜?さすがはエースと、アヤメさんが自負していただけはある、人は見かけによらないものだなと、思った。そのルリさんは。
チョコんと僕の隣に座った、特に何をする、何を言うでもなく。
「あら、ルリ、ほんとレイのこと気に入ってるのね」
アヤメさんの言葉だ、いつの間にか僕の後ろに立っていた。
その言葉に僕は「えっ!?」となっていたが、何故か隣のチグサも「えっ!?」と言っていた。なんでだよ。
アヤメさんに言われた、ルリさんはと言うと。
「・・・・・・別に」
なんだよそれ!ほんと可愛いけど、よく分からない人だ。
しばらくすると、アサギさんが戻ってきた。
「当直パイロットを基地に置くことになった、私とチグサ、アヤメとルリの2直で回すことになる、キツイと思うが頑張ろう」
そうなるよね、夜でも何が起こるか分からないし、家から戻ってたんじゃ時間かかるもんね、懸命な判断だと思う。・・・・・・って僕は!?僕の名前は?
「お前はまだダメだ」
悲しい・・・。早く1人前にならないと。




