第68話 自由グレイニア解放空軍
イスタンは酷い状況だった。
せっかく建設中だった工場からは黒煙が上がり空を覆い尽くさん程で、人々が戻ってきていた街もバラックや市場などは跡形もなくなって、もはや廃墟となっていた。
辛うじて残っていた道を使ってトラックが奔走しているのが上空から見ても分かる。
《マジか・・・・・・》
いくら紛争の時に自分たちが攻撃した街でも今はグレイニア、それに首都、そして僕の故郷、悔しい気持ちが湧き上がり内頬を噛む。
《大丈夫?》
僕の声に心配してくれるルリさん、地上とは違うハキハキとした声だったけどその声にはいつもの怖さは無く優しさを感じた。
《僕は大丈夫です、撮影しますんでルリさんは周囲の確認をお願いします》
《ウィルコ》
僕の斜め後ろを飛んでいたルリさんはクルッと旋回して僕から離れ、イスタン外周の確認に向かう。
僕は基地から持ってきたデジカメをポケットから出して、地上を撮影する。僕達がローレタラティスとの戦闘で倒壊させた解体中のビルの足場は崩れ、建物という建物から火や煙が上がり、もはやここには誰もいないんじゃないかと言うほどボロボロな街。込み上げてくる涙を我慢して撮影を続ける。
軍も救援に向かう戦力もない、ここにいる人たちだけで頑張らないといけない、警察消防もいるにはいるけど人員はいつも不足している、国境なき医師団という組織も存在はするがこんな激戦区へ来てくれるのだろうか・・・・・・。
僕達は何も出来ない。
《撮影終了、ルリさんはどうですか?》
《都市部ほど酷くはない》
《了解、じゃあ帰りましょう》
《ウィルコ》
一通りの撮影確認を終えて基地に帰る。
また同じようにICBMを撃たれたらそれこそ終わりだな、上層部が今すぐ報復するとか言わなければいいけど。僕達の準備は全然できていない、せめてツルギさんが飛べるように・・・・・・、いやいや、彼に頼りすぎるのはよくない自分でどうにかしないと・・・・・・。
そうは思うけど自分だけではどうにもならないと思う。
これはもう詰んでるのかなぁ・・・・・・。
諦めも肝心、そんな気がしてきた。
●
トモパーレ飛行場。
そこに帰るとブルー隊の機体が納められている格納庫扉は閉まっていた。
いつも開いているのにどうしたんだろ?
おかしいなと思っているとチグサとナナに出迎えられる。
「レイ、おかえり。どうだった?」
「んー、結構酷い、大佐に報告してくるよ。格納庫閉まってるけどなにかしてるの?」
ツルギさんの機体が納められている格納庫を指さす。
するとチグサは、あー、と言って答えた。
「この前交換の部品とか届いてたでしょ、それで点検兼ねて交換するから、それで風とか埃とか入らないように閉めてるんだって」
なるほど、納得。
「点検中だからミサキさんになにかあったらよろしくね、って言われてるよ」
「わかった、じゃあ行ってくるよ」
ツルギさんの機体も修理中だしついでにミサキさんとケイさんの機体も点検交換することになったのだろう、僕は特に気にせずに、2人に手を振ってルリさんと一緒に司令室へ向かった。
●
「そうか、わかった」
一通りイスタンの状況の報告が終わる、大佐は椅子に座ったままクルッと周り窓の外を眺める。
「陸軍山岳部隊が移動を開始したそうだ、アルサーレの山脈を越えるつもりだろう」
グレイニアが誇る山岳地帯特化部隊の第一山岳大隊がカルシューレから移動を開始、まだ作戦の全容は分からないけど山岳部隊の配置が終わればそれは始まってしまうのだろう。
「次の作戦は我が自由グレイニア解放軍の威信にかかった戦いになる、十分に準備してくれ」
「はい・・・・・・、では」
あまりにも空気が重いので、この部屋にいるのが嫌になってそそくさと帰ろうとする。
「それと、首都に行ったニケット大尉と連絡が取れない、・・・・・・そのつもりでいてくれ」
僕は少し首を下げ会釈し部屋を出た。
あの状況だと、生きていたとしても当分帰って来れないだろう、生きていればだけど。
隣にいるルリさんは僕を気遣ってか手を握って歩いてくれる、これじゃただの兄妹だ。
「ルリさん」
「・・・・・・?」
隣の彼女は黙ったまま首を傾げて僕の顔を見つめる。
「この戦争どうなるんでしょう・・・・・・、もうなんか無理な気がしてきて、ここまで頑張ったのにツルギさん達に申し訳なくて・・・・・・」
ルリさんは僕の問いに前を向き直して黙ったまま。
「生き残る自信が、無いです」
左手のルリさんが握る手がギュッと力が入る。
「・・・・・・死んじゃダメ」
そう言って彼女はチョコチョコとプレハブの方へ走っていく、死んじゃダメって言われても自信ないんですけど、キールさんの言ったようにみんな死んでしまうかもしれない、だけどチグサ、ルリさん、ナナには生きて欲しいな。
そんなことを考えながら僕もプレハブの部屋に戻った。
※
10月2日。
涼しい風が吹く中、俺たちは駐機場に設置された小さな演台の前に集まっていた。
俺は未だに左目の包帯が取れない、まあ取れたところで眼帯しないといけないんだが、包帯のままだと酷く心配される。歩けるしもう痛みもそれほどない、大丈夫だっての。
「ここに集めるなんて珍しいですね」
レイが不思議そうな顔をしている、大佐が駐機場に集まってくれと言うので来たのだが、レイはその要件がなんなのか分かっていない。
「ああ、なんだろうな」
俺はわかっているがあえて言わない、今言ったらこいつは騒ぎ出すからな。
「王子様、もう飛べるの?」
ナナリスがレイの後ろからヒョイっと顔を出して聞いてくる。
「まだもうちょいかな、ってか王子様やめろって・・・」
まだ抜糸をしていないし、怪我も目だから飛んでGがかかったらかなり痛いと思う、とウエリさんに止められていた。
「へへぇー、早く飛べたらいいね」
純粋無垢で可愛く笑う彼女、普段パッパラパーなのに時々可愛く心配してくれるんだよなぁ。しかし、問題は王子様呼びだ、彼女だいぶ気に入ってるみたいだし当分やめてくれそうにないないなぁ、恥ずかしいんだって。
そうこうしていると大佐が歩いてきた、俺たちは整列をし直す。
「ブルー隊の3名、前へ」
ちょっとした演台に上がると大佐は俺たちを前に来るように呼び、3人横一列に並ぶ。俺の後ろでレイ達はなんだろう、と思っているはずだ。
「ツルギ・ササイ大尉以下2名はエルゲート空軍を今日付けで除隊し、同日、自由グレイニア解放空軍への入隊を許可する」
これで、よかったのかな・・・・・・。
よかったんだと思うしかない。
「よってツルギ・ササイを解放空軍少佐。ミサキ・ヨシダを同大尉。ケイ・トージョーを同中尉に任命。新たに解放空軍第2任務飛行隊"ブルー隊"を編成する。ようこそ、我ら自由グレイニア解放空軍へ」
俺たち3人は敬礼をして大佐に答えた。
※
「は?」
思わず声が出てしまった。
ツルギさん達がエルゲート空軍を除隊?いや、なんの冗談?
それに続けて大佐はクロキさん達は帰国すると言っている、それが意味することぐらい、いくらバカな僕でも分かった。クロキさん達は帰るけどツルギさんは空軍を辞めてまでここに残る事を選択した。
示達が終わり大佐が帰っていく。
「レイ、ツルギさんが除隊って・・・・・・」
チグサの声に「うん」とだけ返事をして僕はツルギさんに詰め寄る。
「ツルギさん、どういうことなんですか!」
「おいおい、少佐にいきなり怒鳴るなって」
「僕が冗談言ってるように見えますか!?」
「・・・・・・」
首元を掻き黙ってしまうツルギさん。
「クロキさん達は帰るのに、なんでツルギさん達は帰らないんですか、それも空軍を辞めてまで。なんで自分の人生を棒に振るんですか!」
「レイ・・・・・・」
なんで僕はツルギさんに怒っているのだろう。
「なんで自分より他人を優先するんですか、なんでいつもそんなにお人好しなんですか、なんで僕達の事を気にしてくれるんですか」
なんで、なんで、なんで・・・・・・。
もう自分たちのことはどうでもいい、貴方は僕の分まで自由に生きて欲しい、そう思っている自分がいた。
僕にはもう自由に生きる権利なんてないから。
「なんでなんですか!」
僕はツルギさんの胸ぐらを掴んで答えを求める。可愛くて優しくて頼りがいのある彼の顔、しかし、彼はこの戦争で左目を失った。
彼は僕の両肩に手を置く。
「お前は生きるのを辞めたのか?」
「・・・・・・いえ」
彼の質問は重い、どこかで辞めているような気がした。
「水咲さんも啓も納得してくれてる、俺はたとえお前が死んでもこの戦争を戦う」
だからなんでなんだよ・・・・・・。
「でも・・・・・・」
「お前は死にたいのか?もう諦めたのか?俺がいなくなった方がいいのか?」
逆に質問攻めされてしまう。
死にたい、以前はそうだったけど最近までは皆のために生きる、そう思っていた。だけど今はどうだろう、死んでしまった方が楽なんじゃないか、紛争で死んでいた方が良かったんじゃないか、悩まなくていいんじゃないか、ツルギさんに迷惑かけないんじゃないか、そう思っていた。
「みんなのために生きるじゃなかったのか、アサギさんの分まで頑張るんじゃなかったのか?」
彼は僕を片目で睨みつけ、力強く肩を揺さぶられる。
「俺も左目は失ったがまだ生きてるし、お前もまだ生きている。生きていればどうにかなるんだよ」
生きていれば、ルイスさんにも言われたな。
「俺はお前たちの事が好きなんだ、レイもチグサもナナリスもルリさんも、アサギさんもアヤメさんも、みんな。あの時一緒に酒を飲んだのも楽しかった、・・・・・・また飲もうぜ」
僕は胸ぐらを掴むのを辞め、彼に抱きつき胸の中で泣いた。
確かにあの時は1番楽しかったと思う、アサギさんの家で宴会、ツルギさんはチグサに拉致られてお酒を無理やり飲まされて死んでたし、僕もそうなったけど楽しかった、またあんな一日をもっとたくさん送りたい。
何も警戒しなくていい日々を送りたい。
「この戦争には負けない、強いやつが勝って、弱いやつが負けるんじゃない」
ツルギさんは涙を流す僕の頭を優しく撫でてくれる。
「勝ったやつが強いんだ、お前もな」
僕はもう涙が止まらずひとしきりそのまま泣いた。
もう彼らも元には戻れない、こうなったら行ける所まで行ってやる。
●
閉まっていた格納庫扉がガタンガタンと音を立てながら開き、みんなで中を見に行く。
中で並んでいたのは宙の向こうの色、どこまでも深い深青色で塗装された3機のF-35。ミサキさんたちもツルギさんと同じ色にしたみたいだ、青迷彩はエルゲート空軍の汎用色だし同じ色は使えないのだろう。整備員泣かせだったのかもしれないけど。
そして、彼らの機体からエルゲート空軍の国籍マークの「白星」が消えていて、僕達グレイニア国籍マークの「放射状に広がる二本の白線」が描かれていた、本当は青色の線なんだけど機体色が青だから白にしたのかな?これはこれでカッコイイ。
「カッコイイ・・・」
僕の薄灰色のF-15も、ルリさんの漆黒のF-15も、ナナの薄灰色のSu-27もカッコよかったけど、彼らのはまた違った感じだった。強者のオーラがすごい。
「黄色い線が栄えるね」
「カッコイイィ!」
「・・・・・・うん」
3人はキャッキャと騒ぎながら機体の周りをジロジロと見ている。
すると僕の隣にツルギさんが来て僕の肩に手を置く、反対側にはミサキさんとケイさんもいる。
「こうやって色が揃うとカッコイイな」
満足そうな顔をしているツルギさん、僕は良かったんですか?なんてもう聞かない。
「強そうですね」
僕も機体を見つめてそう言うと。
「私たちは強いよ?時々、剣くんと啓ちゃんが無茶するけど」
嫌味たっぷりな水咲さん、ツルギさんは目を逸らし、ケイさんは申し訳なさそうに俯く。
無茶をしまくるツルギさんを怒りつつも自らも時々無茶をして、結果ツルギさんに守られているケイさんだ、もうミサキさんしか文句を言えない状況になっている。
「ミサキさん"は"無理のなくて無駄のない動きしてますからねぇ」
僕もそれに乗っかる。
ガシッと肩を組まれた、調子に乗っちゃったかな?
「言うようになったねぇ」
「私たちに勝ってから言ってください」
こ、怖い!
「やだなー、冗談ですよ」
ハハハ、と笑って誤魔化した。
そして、時間が来る。
僕達は駐機場に出てそこに1列に並ぶ。
「リュウをよろしくね」
「ん?ああ、ちゃんと伝えとくよ」
ツルギさんとクロキさんは固い握手を交わし、彼ら3人はF/A-18に乗り込む。リュウって誰なんだろう?ツルギさんの知り合いかな?意味深な言い方をしてたけど僕の気にしすぎだと思う、多分ツルギさんはクロキさんに伝言を頼んでいるのだろう。
ホーネットは滑走路に向かって動き出す、僕達はめいいっぱいに手を振る。
たった数日の滞在だっけど僕達のために戦ってくれた、エルゲートに帰ったら平和に暮らして欲しい。
「黒木さん、どうか、彼女とニグルムをよろしく・・・・・・」
ツルギさんが僕の横でそう呟くとクロキさん達は飛んで行ってしまった、空母の待つ東の空へ。
彼女・・・・・・、リュウって人も女性か、それにニグルムってニグルムくんのこと?あ、白い奴と会敵した時にニグルムを預けてるって言ってた人か!納得したけど、よろしくって・・・・・・。
彼はもうエルゲートに帰らないつもりなのか。少し悲しそうに空を見つめる彼に、僕は何も聞くことが出来なかった。
そしてこの基地に残ったのは。
自由グレイニア解放空軍
第1任務飛行隊「グレイ隊」
レイ・アスール大尉「グレイ」
チグサ・カエルラ中尉「ブロッサム1」
ルリ・シエル中尉「グラム」
ナナリス・シュツット中尉「エレイン」
第2任務飛行隊「ブルー隊」
ツルギ・ササイ少佐「ブルー1」
ミサキ・ヨシダ大尉「ブルー2」
ケイ・トージョー中尉「ブルー3」
以上の7人だ。




