第6話 雲
「ほら、レイ、起きて!」
「う〜ん、あと、15分・・・」
「・・・・・・」
「はい!起きた!起きましたぁー!」
なんか殺気を感じで飛び起きる。飛び起きて、は!ルリさんは?と気付いたが夜中のように、胸にいたはずの彼女はいなくなっていた。夢だったのかな?
あれ?としていると。
「早く支度して!」
「いて!」
パチンと頭を叩かれる。
もう、乱暴なんだから・・・。
寝ぼけながら洗面所に向かい、顔を洗っていつものように髪の毛を濡らして、頭にタオルを巻きダイニングに戻る。
「なぁにそれ、女子みたいね」
「・・・・・・」
アヤメさんに変な物を見る目で見られる。だから、仕方ないんだって!
ルリさんはと言うと目は合ったけど、これといって無反応だった。んー、やっぱり夢だったのかなぁ。
僕はルリさんの向かいの椅子に座る、アサギさんとチグサは、さっきまで僕が寝ていたソファでコーヒーを飲みながらくつろいでいた。そこに、朝食を食べ終えたアヤメさんも合流する。あら、邪魔だったのかな?なんか申し訳ない。
今日の朝食はというと、焼きたてのパンに、ハッシュドポテトとスープ。シンプルだけど美味しそう。
お祈りを終えて、さあ、食べようとすると視線を感じた。ふと、前を見るとルリさんがジトっとした蒼い目でこちらを見ていた。
「どうかしました?」
「・・・・・・なんでも、ない」
なんでもないにしてはずっと見てくる、食べ辛いなー、と思いながらもパンを頬張っていると。
(・・・・・・ありがとう)
「え?」
「・・・・・・」
何か言われた気がしたが、気のせいだろう。ルリさんはいつの間にか僕から目線を外して、コーヒーを飲む3人を見ていた。
んー、まあ、いっか。
●
アルサーレ飛行場。
今日も午前中はアサギさんとの模擬戦だ。そろそろ一矢報いないとさすがにヤバイ。
僕と彼女は空へ舞い上がる、今日は曇っていてやや視界が悪い。
《雲が多いな。よし、予定変更だ、曇り空での飛び方を教えてやる、ついてこい》
《え?りょ、了解です》
言われた通りに僕はアサギさんを追いかける、彼女は手頃な大きさの雲を見つけてそこに突っ込んでいく。視界は一瞬で真っ白になり、僕は彼女を見失う。キャノピーには水滴がつき、どんどん視界が悪くなっていく。
《くそ、あれ??》
レーダーを見ても真っ白になっていて、なにも写っておらず、ヘルメットの目標情報なんて当てにならない。
どこにいった?と目を凝らして探していると。
《上に来い》
僕は高度計と水平器を見ながら高度を上げる、キャノピーに雲の水滴がついて前がよく見えない。すると、バッと視界が開け、深く青い空が前方に広がる。
上には青い空、下には白い雲海、所々に見えるゴツゴツした山肌。
《わー!》
言葉にならない絶景だった。
《観光しに来たんじゃないぞ》
ハッ!と我に返る。ヤバイヤバイ、感動している場合ではなかった。
《座学でもかじったと思うが、雲は厄介だが、上手く使えば敵機もミサイルも躱せる。さっきのように視界も悪けりゃ、レーダーも効かないからな》
ふむふむ、なるほど、頭の中にメモをとる。忘れないか心配だ。
《物理的にも科学的にも見えなくなる。しかし、雲から出るといい的だ、上手く使いこなさないといけない、相手の機動を予測して、雲の中で回り込むとか、とりあえず回避のために使うとか》
んー、僕にそんな小難しい事できるかなー?説明を聴いていると、だんだん不安になる。雲の中は上下左右がよく分からなくなってくる、さっきも計器を見て何とか理解したぐらい、その中をグルグルと飛んでいると、なんて言ったかな?空間識失調?あの、上下左右が分からなくなって墜落するやつ、そうなってもおかしくない、山肌にドカーンだけはゴメンだ。
《計器を信じろよ、高度計とか水平器が壊れることなんて滅多にない、自分の勘だけを信じると落ちるからな》
《わかりました》
ちょっと怖く思ったが、どうも分からなくなったら高度計を信じて上昇すればいい、ただそれだけだ。
《よし、もう1回入るぞ、ついてこい》
《はい!》
僕達は雲に出たり入ったりして、午前中の訓練を終えた。
●
お昼の日課は、いつものベンチで昼食後の空を眺めることと。
「ちょっと、どこ見てんのよ?」
「見てねーよ!」
隣に座ろうとする、チグサの胸まで開け広げた飛行服から見える、黒シャツの胸の膨らみを見ること。だから、広げてるのが悪いんだって、開いてたら見るよ、男だもん。
「もー、午前中は何してたの?」
チグサは僕の隣に座る、何に呆れているのやら、ちょっとため息を漏らす。午前中やったことと言えば、雲の中を飛び回っただけ。
「雲の中を飛んだだけかな?いろいろ教わりながら」
今でもなんて教わったか頭の中で整理しているが、小難しい。とりあえず、追われたら逃げ込む、分からなくなったら上昇する、それだけは覚えた。
「そーかー。じゃ、お昼からは雲を使った模擬戦だね!」
「えー・・・」
思わず本音が漏れる。ヤバ!アサギさんに聞かれていないよな?慌てて辺りを見回すが、誰もいなかった、良かった。
「あ、アサギさんに言いつけてやる」
「待って、止めて!なんでもしますから!」
「ん?今なんでもするって?」
「あ、いや・・・」
「うーそ、当たらないように距離取るから、安心して」
一体なんのコントなのか、チグサにいいように遊ばれている気がする。彼女はいつものように、僕の頭をクシャクシャとした、やめて欲しい・・・。
そして彼女は格納庫の中へと戻っていく、何しに来たんだか。
僕は空を再び見つめる、雲が多いけどそれもまたいいな、雲は次々と流れていく。
ウゥゥーーー・・・。
突然、サイレンが基地に鳴り響く。ビクッとして僕は辺りを見回す、何のサイレンだ?
《ーー警戒態勢C発令、警戒態勢C発令、ローレタラティス、偵察ドローン接近中ーー》
え!?なに!?と、アワアワしているとアサギさんが走ってくる。
「バカ、機体を格納庫に戻すぞ!」
「へ!?あ、はい!」
整備員たちによって既に格納庫扉は空いていた、あとはアサギさんと僕の機体を、そこに入れるのみ、牽引車を使って格納庫に押し込んだ。
ガシャン。
格納庫扉が、重々しい音と共に閉められた。
あ、思い出した!警戒態勢はABCと3段階あって、Aから攻撃の危険あり、Bは攻撃の可能性不明、Cは攻撃の危険なし、に分けられる。最近平和過ぎてちょっと、忘れていた。ちなみに、1番危険な警報は空襲警報だ、これは間違いなく攻撃されるか、されている。
僕はそーっと窓から外の様子を伺う、何か黒い飛行物体が2機、上空を飛んでいるのが見えた。ブーンと、プロペラ機独特の音が格納庫の中に響く。
「こら!窓から離れろ!」
アサギさんに引っ張られて、体育座りをしている彼女の股の間に収まり抱えられる、脚にはアサギさんの内ももの温かみを感じ、背中には何やら柔らかいものが当たっている。
ちょっと!とゴソゴソするが離してくれなかった。
観念して、抱えられたままじっとする。違う意味で緊張してきた。
辺りを見ると、アヤメさんは普通に涼し気な顔、チグサは引き続き、何かの機械をいじってカチャカチャさせている。一方、ルリさんは少し不安そうな顔をしていた。やだ、守ってあげたい。しかし、僕は動けない様にアサギさんに抱き抱えてられて、言えた立場ではない。
「なんで隠れるんですか?今のご時世、衛星で丸分かりでしょ?」
僕は疑問に思ったので聞いてみた、普段あんなにビュンビュン飛んでいるのだ、今更な気がする。それにはアヤメさんが答えてくれた。
「それがね、ローレタラティスって衛星持っていないのよ、偵察衛星を持っている国とも仲良くないしね。持っているとしたら、ローレニアとエルゲートとバルセル、あとは数カ国。ドローンのカメラ偵察が、専ら彼らの手段よ」
はぁー、なるほど、だから隠れて、戦力を悟られないようにしてるのか、原始的だが確実な方法だ。解放軍地上部隊で、風船戦車とか作ってたら面白いのに。しかし、ハッキングとか出来そうだけど、ローレタラティスには技術は無いのかな?僕が考えても仕方ないか。
「でもなんで、迎撃しないんですか」
「触らぬ神に祟りなし、危険じゃない目標を撃墜して、それを理由に攻められたくないでしよ?」
んー、確かに。僕には分からないところで、色々と理由があるみたいだ。
「できたー!」
チグサの嬉しそうな声が、格納庫にコダマする。
何だなんだとみんなで振り向くと、機械の様な物の蓋を閉じて満足そうな顔をしていた。その機械のようなものをよく見ると、先端には1本の太い棒の様なものが飛び出し、それはそれなりに大きく・・・。あ、ガンポッドだ。
この前からずっとこれの整備をしていたのか。
僕はアサギさんの手を解いて、チグサの元に駆け寄る。
わー、スゲェー!メカメカしくてカッコイイ!
「ずっとこれ整備してたの?」
わー、とガンポッドの回りを、目をキラキラさせながら僕はグルグルと回る。
「そ!バルセルの改造品、30ミリ機関砲、なんだけど弾詰まりが酷くてね、いろいろ調整してたの」
「え、何それカッコイイ」
「へへー」
機械の調整、整備ができるなんてとても格好がいい。戦闘機の部品、機器の確認とかは僕達もするけど、チグサみたいに、機械をバラして調整して組み立てるなんて事は出来ない、素直に凄いの一言だ。
「偵察機がいなくなったら試射するから、レイ、ちょっと手伝って」
「え?う、うん」
チグサは、ガンポッドを載せている整備台車のロックを外して自分の機体へと押していく、僕はそれについて行った。
そして、機体翼の下につくと、彼女は台車をジャッキアップさせてガンポッドを取り付け位置まで上げる、僕はその調節だ。
「もうちょっと前!」
穴が合うようにチグサに合図を出す、取り付け穴に合うとすぐさま固定した。F-15の右翼に大きな極太のガンポッド、非常にカッコイイ。
取り付けが終わるとチグサは、30ミリ弾の弾箱を1つ持ってきた。何だかそこら辺の男より男っぽいんじゃないのか?とても逞しい。
チグサは弾箱をガバッと開けて、ジャラジャラとリンク付きの弾をガンポッドに補充するために、カチッと給弾ドラムの給弾口に取り付ける。手慣れている、カッコイイ・・・、惚れてしまいそうだ。
「私は給弾ハンドル回すから、弾を抑えてて」
「あ、うん」
チグサがガンポッドの後ろについた、小さなハンドルをグルグルと回すと弾が次々と給弾されていく。男の子なら、誰でも好きであろう光景だ。金色の弾薬が吸い込まれていく。そして、50発全て入れ終わった。
「ありがと」
彼女は自分の手を拭いて、2人でグータッチする。
「お、おう」
僕は照れて目を逸らす、やってから思ったけど少し恥ずかしい。
「なにあの2人、仲良いのね」
「まあ、チグサが行き倒れそうになっていたレイを、軍に誘ったからな」
「へぇ、そうなの」
「・・・・・・」
後ろの方でアサギさんとアヤメさんの話し声が聞こえる、僕のちょっとした秘密を普通にばらさないで欲しい。て言うか、なんでアサギさん知ってるの?
彼女の言う通り、両親を亡くしこの街で路頭に迷っていた僕を、彼女が軍に誘ってくれたのだ。それから彼女がいろいろと面倒を見てくれて、僕の方が歳下だが、その時のよしみでタメ口で喋っていた。
さて、ドローンは早くどこかに行ってくれないかなぁ。