第2話 心配
翌朝。
「ほらレイ、起きろ」
「う〜ん、あと1時間・・・・・・」
「お前・・・」
「いてててててててっ!起きます!起きました!」
せっかくいい気持ちで寝ていたのに、アサギさんに耳を引っ張り上げられて、壮絶な起床を迎えた。
僕は枕を抱えて、引っ張られた耳を擦りながらベッドにペタンと座る。
ん?あ、アサギさんの家に泊まらせてもらってたんだ。昨日はなんか夢を見ているようだった、夢オチじゃなくて良かった。
ふー、と安心する。
アサギさんが窓のカーテンをシャーッと開けて、換気の為だろうか窓も開ける。上に開けるタイプの窓なのか、アサギさんが腕を上げる時に見えた、シャツの隙間から見える脇腹がいい感じで、風に揺られる耳元の髪の毛も、またたまらない。
開けた窓からは眩しい朝日と、涼しい風、小鳥のさえずりが聞こえる。素晴らし過ぎる朝だ。
彼女は少し窓の外を見て、僕に言う。
「朝食を用意してある、さっさと食べて、基地に行くぞ」
「え?あ、ありがとうございます」
朝食?朝食とかすごい久しぶりだ、昨日今日と久しぶりなことが多すぎる。僕は死ぬのか?
そんな馬鹿なことを思いつつ、フラフラと脱衣場の洗面台で洗面を済ます、元々くせっ毛の髪の毛がボサボサで直らない、1回お湯を被ってタオルを頭に巻いてみた、これで直るかな?脱衣場には乾いたツナギが畳んで置いてある。え、何から何まで申し訳ない。
そして、着替えてダイニングに戻ると、テーブルには焼きたてのパンと目玉焼き、スープが置いてあった。
一見簡単そうな朝食だが、僕には黄金に輝いて見えた、さっきも言ったように朝食は数年ぶりだから。
アサギさんは既に朝食を済ませて、解放軍の制服をピシッと着こなし、長い脚を組んでコーヒーを飲んでいた。ラジオからは音楽が流れ優雅な朝、とても様になっている。
しかし、彼女、通勤は制服だったんだ、知らなかった。
「ほら、さっさと食ってしまえ。なんだその頭は?お前は女子か」
アサギさんは僕の頭に巻いたタオルを見て、クスクスと笑う。仕方ないじゃないか、髪の毛が跳ねてヤバイんだから。
「すみません、ありがとうございます」
申し訳なさそうにして僕は向かいの椅子に座る。
「なに、ついでに作っただけだ。ほら、時間が無い、早くしろ」
「は、はい」
僕はお祈りをして食事に手をつける。シンプルな味付けだが、めっちゃ美味しい。はぁー、うんまい!とニッコニコで食べていると、アサギさんはそれを見てなのかニコッと笑っていた。
そして、早々と食事を済ませると、僕達は足早に基地へと向かった。
●
アルサーレ飛行場。
基地について、アサギさんに開口一番に言われたのが。
「今日から模擬戦だ」
「模擬戦!」
ついに実践的訓練に移行してしまった、時間がないのは分かるけど、アサギさんの後ろを取れるわけないし、無茶にも程があった。
しかし、今日の自分はなんだか違う、朝食を食べたおかげか、目がめちゃくちゃ冴えている。これならなんだか勝てそうな気がするぞ!
僕はルンルン気分で戦闘機に乗り込み、アサギさんの後を追って空に舞い上がった。
●
結果は見るも無残、語るも無残な惨劇だった。
僕はいつものベンチで項垂れている。
アサギさん、僕の知らない動きをされると、そりゃ見失いますよ・・・。
彼女は手加減を知らないのか、全力で模擬戦に当たってきた、縦横無尽に飛び回る彼女を目で追うのがやっとで、ヘルメットシールドに映る目標情報なんて、全く当てにならなかった。レーダーで彼女を追っても、今彼女はどこに向いていて、どう飛んでいるのかもわからない。悔しくて、もう泣きたかった。
アサギさんは、僕に何を言うでもなく、格納庫の中へと入って行った。見捨てられちゃったかな?
しばらくすると、中からチグサが出てきた。
また、彼女は暑いのかツナギの袖を肘までたくし上げ、正面のジッパーを胸下まで下げて、黒いシャツの下、胸の膨らみが見えている。
「ちょっと、どこ見てるのよ」
「だから、見てねーって!」
まあ、見てたけどね。そんな所、開けてるのが悪い。
彼女は僕の隣に座る。
「どうだった?模擬戦」
「いやもう、散々。向いてないのかな、僕」
「そんな事ないと思うけどなぁ、よくやってるよ、レイは」
「そうかなぁ・・・」
貶しに来たのかと思えば、僕をよくやってると褒めてくれる、嘘でもめっちゃ嬉しい。
「あんまり褒めると、アサギさんに怒られちゃうから、これで終わりね」
そんな!もっと褒めて!お願いですから!褒められて伸びるタイプなんです、きっと!なんて思うが、本当に終わってしまった。
「お昼からの、模擬戦の相手は私だから!」
じゃっ!と言い、僕の頭をクシャクシャとして、チグサは格納庫へと戻って行く。
「マジで?」
僕はボサボサになった頭をそのままに、ベンチに1人残されて呆然とするしかなかった。
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お昼過ぎ、格納庫からもう1機のF-15が出され駐機場に並べられていた。薄灰色で主翼には放射状の青の二本線。そして垂直尾翼には、桜の花が1輪描かれていた。チグサの機体だ。部隊マークについては少し前に聞いたことがある、この国では桜は咲かない、なんで桜なのかと。
「え、華麗だから」
単純明快で素晴らしい、それ以上は聞けなかった。
そして、何やらサングラスを掛けて、耳にはへッドセットをつけ、バインダーやらファイルやらを持ったアサギさんが駐機場に現れる。細めのサングラスがカッコイイ。
「私は下で見ているから、好きに飛んでこい」
ああ、格好的に僕とチグサの模擬戦を地上から見て、ダメなところをその都度、無線で伝えてくれるのか。終わってから、全て畳み掛けるように言われるより、その時々で改善できるので、いいかもしれない。
そして、僕達は午後の模擬戦を始める。
●
チグサは思っていたより空戦の技術が良い。僕が言うのもなんだけど、すぐにドッグファイトに持ち込まれ、回避行動が取れなかった。
《違う、レイ!減速しすぎだ出力を上げろ!チグサ!レイに引っ付き過ぎ、危ないぞ、少し離れろ!》
《す、すみません!》
《は、はい!》
アサギさんの怒鳴り声に似た声が無線から絶えず聞こえる。そして、意外とチグサの方も怒られていた。良かった、僕一人だけじゃなくて。
と言うか、ずっと怒られていて、何を考えていたか分からなくなる。これじゃ、午前中と一緒だ。
僕は一矢むくいるために、午前中にアサギさんに見せつけられた。あれは確か、コブラマニューバか、それを試してみることにする。チグサは相変わらず後ろにピッタリ引っ付いている、上手く行けば彼女の後ろを取れるはずだ。
回避行動を取りながら速度を少し上げてしばらく飛び、エアブレーキを展開し急減速、確かこの辺で!
僕は加速とともに機首をグッと持ち上げる、機体はフワッと上に持ち上がると同時に失速し、チグサは僕を追い越していく。
《なっ!》
チグサの驚く声が聞こえる、してやったりだ、思わずニヤけてしまう、後は姿勢を戻し後ろをとるだけだが。
ビービービービー。
失速の警報が鳴り響く、一回転して機首が下がりユラユラと機体が高度を落としていく
《レイ!バカ!エンジン出力を上げろ!》
分かっている、しかし、機体が思うようにいうことを聞いてくれない。テンパって頭が真っ白になる。
《落ち着け!一旦下降して上昇するんだ!》
僕は、息をフーッと吐いて、言われたように一旦下降して、エンジンを吹かしながら機首を上げる。
HEAD UPと、機械にも言われる、分かってるって。
飛行場の地面スレスレのことろで機体が安定して、操縦桿をめいいっぱい引く、何とか上空に上がることが出来た。
はぁはぁ、死ぬかと思った・・・。
《終わりだ、2人とも降りてこい》
冷たいアサギさんの声、ああ、しばかれるな・・・。
僕達は無事に着陸して、駐機場に機体を駐める。コックピットから降りるのが怖くて、機器を確認するフリをして、モゾモゾとしていると、アサギさんが鬼の形相でスタスタと歩いてきている。
これは、出るしかないな、観念してキャノピーを開けて、コックピットから降りる。
「レイ!」
降りたそばから怒鳴られ、アサギさんは振り向きざまに僕の胸ぐらを掴む。く、苦しい・・・。
「お前、死にたいのか?あんな無茶なことしやがって、チグサに当たっていたらどうするつもりだ!」
彼女は僕の胸ぐらを引き込んで、力いっぱいに押し倒した。僕は堪らず後ろにコケてしまい、尻もちをつく。
「死ぬなら1人で死んでくれ・・・」
「え・・・」
その言葉は僕には堪えた・・・、アサギさんはチグサを連れてどこかに行ってしまう。ぼくは尻もちをついた状態から立てなかった。
●
夕方、僕はいつものベンチに座っていた。
「死ぬなら1人で死ね、か・・・」
もうすぐ日も暮れる。だけど、ここから動けない。
「僕は何してるんだろ・・・」
急に、今までしていたこと、やっていたことの意義を見失ってしまう。僕はなんの為に解放軍に入隊し、パイロットの養成訓練を受けているのか。
生活のため?生きるため?両親の仇のため?今となっては分からない。
「お母さん・・・・・・」
膝を抱えて蹲る。何も考えたくなかったから。
「帰るぞ」
「え?」
顔を上げるとアサギさんと、その後ろにチグサがいた。
どうして?
「さっきは言い過ぎた。傷付いたのなら謝る、すまん・・・」
「え、いや、その・・・」
アサギさんは僕に初めて謝った、申し訳なさそうな顔をしている。そんな、悪いのは僕だ、気にしないで欲しい。
「僕は・・・」
しかし、ついて行くことに躊躇して、アサギさんから目線を逸らす。なんて言っていいのか分からない、膝を抱えて下を向いていると。
「ほら、アサギさんも謝ってるんだからさ、行くよ!」
チグサに思いっきり手を引っ張られて、勢いのまま立たされる。
「ちょっ!」
無理やり立たされると目の前には、アサギさんの大きな胸があった、制服で着痩せしているが、それでも大きい。
気まずくなって横に目を逸らすと。
アサギさんの右腕が首を周り、反対の肩をがっしりと掴み肩を組む格好になる。
「夕食は何がいい?」
恐る恐る、顔を見上げると、彼女はニヒッと笑っている。多分彼女にも紛争で何かあったに違いない、悪気はなかったんだろう。
「え、カレー、かな・・・」
「そうか、カレーか!カレーは得意だぞ」
「カレー、私も大好き!」
僕はアサギさんに肩を組まれたまま、3人で彼女の家へと歩き出した。