第11話 戦う理由
同日19時。
今日の当直は、僕とソラさんとルリさん。
ニグルムくんも一緒に当直室でくつろいでいた。
アサギさん達は既に家へ帰っている、初めての当直に勤務にちょっと心配されたが。
「何かあったら連絡しますんで!」
と言って、渋々帰った、という感じだ。
そして、部屋には沈黙が流れていた。
痺れを切らした僕はソラさんに質問する。
「ソラさん、なんで解放軍に志願したんですか?」
ソファーの隣に座る彼に聞いてみる、沈黙が嫌で、何を話したらいいか分からなかったから、ありふれた質問だ。
「え?そーだねー、レイの飛び方見てると危なっかしくてね」
「えっ・・・」
「うそうそ、難民キャンプてじっとしてるのもアレだったし、有り合わせも無くなってきたからね、それで」
ソラさん、難民だったんだ・・・、変な事聞いちゃったな、昨日考えて発言しないとって反省したばかりじゃないか!よく考えないと、この国には訳ありの人が多いんだから。ていうか、会ってまだ間もない人にもう弄られている、そんなに僕って弄られキャラなのかな?
「すみません・・・」
「なんで謝るんだよ」
ソラさんは笑いながら僕を肘打ちする。
「ま、俺も訳ありだから、言えないことが多いけど、それは勘弁してな」
訳あり・・・、彼の事情は他の誰よりも重そうに感じた、難民としてここに逃げてきて、孤児まで拾って、なおかつこの国のために戦おうとしている。すごい人だ。
「ところで、ルリさん」
「・・・・・・なんですか?」
ソラさんは目の前のソファーに座る、ルリさんに声を掛ける、彼女は声を掛けられてちょっとビクッとしていたが、まだ怖がっているのか?しかし、何だろう?
「失礼は承知ですが、いくつですか?」
ちょっと、ほんとレディーに失礼だよ!ルリさんめっちゃ怖いんだから!
「・・・・・・23」
あ、言っちゃうんだ。
「23かぁ、ありがとうございます」
「・・・・・・?」
不思議そうに首を傾けるルリさん、彼はなんでそんな事を聞いたんだろうか。聞いたソラさんは、ふーと息を吐いて、ソファーに深く背もたれる。
「あ、いや、ルリさん旧友にちょっと似てて、目元とか。それに聞いたら同い年だから・・・・・・」
彼は天井を見上げて、鼻を啜る。泣いている?その似ている人とは、仲のいい人だったのか、思い出しちゃたんだろう。当分会えてないのかな?それとも訳ありの原因なのか・・・。
《ーー警戒態勢B発令、敵偵察機接近中、戦闘機隊、スクランブルーー》
僕達は目を見合わせ、慌ただしく、格納庫に向かって走り出した。
●
夜の空。
上を見れど下を見れど真っ暗で、小さく光る明かりは、街のものなのか、それとも星なのか、一瞬では判断できなかった。
よく考えてみると僕は、夜間飛行をした事がない、離陸の時はテンパってて何も考えずに出来たけど、夜という事実を思い出すと、心臓が飛び出そうなほどに緊張してきた。しかも、ソラさんもルリさんもその事を知らない、言い出せない・・・、いや、そんなこと言えない、やっと戦力になれたのだから。
《敵偵察機探知、判別のため近接する》
ずっとこの基地にいたんじゃないだろうか、と思うほど慣れた様子のソラさんに先導されて、僕達は敵機に近付く。ルリさんって強いけど、こういうリーダー的な事には向いていない、すぐに「落とす」とか言いそうで危なっかしい、ソラさんがいて良かった。
少しすると、点滅する灯りを見つけた、偵察機の物だろう、レーダー画面上でも位置は一緒、夜で視界が悪く機種が判別できないので、ほぼ真横まで近付く。
《無人機だな、グレイ2、撃墜しろ》
《え!りょ、了解》
偵察機は機体後方にプロペラがある機体で、コックピットのようなそれは確認できなかった、変わりに機首にでっかいレドームのようなものがある。この前、昼間基地に偵察に来た機体とほぼ一緒。
このまま帰られるよりは落とした方がいいだろう、どうせ昨日何機も有人機を落としているし、今更だ。
僕は1度大きく旋回して無人機の後ろに再び付く、ソラさんとルリさんは僕の少し後ろで待機していた。
大丈夫、やれば出来る。
照準器に無人機をしっかりと捉えて、機関銃の引き金に手をかけたその時。
偵察機は急に速度を落とし、左に逸れていく。旋回しているのか?
《まずい!!》
ソラさんの酷く焦った声が聞こえたと思ったら、既に僕の視界は眩い光に包まれていた。
ドンッ!
《ーーっ!》
僕は反射的に右に旋回して、強烈な光でチカチカする目を擦る。なんだ、何が起こったんだ?
《大丈夫か!?》
《大丈夫?》
ソラさんとルリさんが、すぐに僕の左右に戦闘機を付け、僕の様子を伺っている。
その声に慌てて僕はモニターを確認し、自己診断プログラムを起動、色々な文字と数字が超スピードで下から上へと流れていく。
《えっと・・・、異常無し、異常無し・・・、大丈夫です!焦ったぁー・・・》
モニターには全てグリーンの表示灯が光る。手順通りに確認を進めていくが特にこれと言った異常は無い、運が良かった。て言うか、死ぬかと思った。
《くそ、あいつも自爆するのかよ・・・》
あいつも?あ、聞いたことがある、前の戦争でローレニアは無人機による自爆攻撃を行い、エルゲートはそれに酷く苦しめられたらしい、ラジオでなんか言っていた気がする。という事はさっきのはローレニアの技術か、はたまたローレタラティスの模造品か。にしても、自爆するなんて思ってもいなかった、本当に心臓に悪い。
《ーー他機影探知なし、戦闘機隊周囲を偵察の後、RTBーー》
《ソード、RTB了解、偵察の後帰投する》
異常が無いか周囲の偵察を終えて、ソラさんと、ルリさんは難なく闇夜に光る滑走路に着陸。次は僕の番、クリスマスのイルミネーションのように真っ直ぐに光り輝く滑走路は綺麗だったけど、距離感がよく分からない、高度計をしっかりと見て直陸のタイミングを測る。
《ーー進入コース適正、そのまま速度を下げろーー》
管制塔の誘導の元、着陸態勢に入る、ヘルメットシールドにも、カーナビのようにコースが表示されているので、焦ることなくちゃんとやれば出来るはずだ。
滑走路の誘導灯がどんどん近くなり、機体の下をビュンビュンと通り過ぎていく。前方に見える横線を超えると滑走路だ、決心して、さらに速度を緩める。
キュッ!ガコン。
タイヤが地面に擦れる音がコックピットに響き、衝撃が座席から伝わってくる、ちょっと速度を落としすぎたかな、でもコースを逸れることなく、ちゃんと着陸できた、一安心だ。
「ふー・・・」
安堵のため息が漏れた。
そのまま駐機場に移動して、後は整備員に任せる、ソラさん達の機体は順番に格納庫内に収められていった。
「ごめんな、まさか自爆するとは・・・」
「・・・・・・危なかった」
申し訳なさそうに、彼は目線は伏せ気味で頭をポリポリと掻きながら僕に謝り、ルリさんも僕の服の袖をつかんでそう言う。いやいや、僕だって油断してたし、謝らないで欲しい。
「いえ、謝らないで下さい、僕がもっと上手かったら・・・」
照準に手間取ってなかったら起きなかったことだ、ソラさんや、ルリさんみたいに流れるように攻撃出来るようにならないと、命がいくつあっても足りない。
握った拳に思わず力が入った。
●
22時。
僕は入浴と洗面を済ませて、またいつでも出撃出来るように飛行服を着たまま、2段ベッドの下に横になっていた。
ソラさんはニグルムと隣の部屋に戻り、ルリさんはソファーで本を読んでいる。
ボーッとしていると、目の前にある上の段のベッドの天井が真っ白に光る錯覚に陥る、さっきのフラッシュバックなのか。目を瞑っても、以前敵に後ろにつかれた時の様に、曳光弾が自分を掠めていく映像が思い出される。もしあれが、もう少し近くて爆発して破片が当たっていたら、銃弾が機体に当たっていたらと思うと、恐ろしくて眠れない。
作戦中は無我夢中で何も思わないものだけど、いざ時間ができると色々思い出してしまう。
でも、寝れる時に寝とかないと、夜中に何があるか分からない、寝不足で戦えないとかは以ての外だ。
考えないように考えないようにように、と思っていても、また余計に、目の前が赤白く光る。
頭をブルブルと振ってもダメだ。
私も死ぬかもしれないし、お前も死ぬかもしれない。
また、アサギさんの言葉が蘇る。
「・・・・・・どうしたの?」
様子がおかしい僕に気づいたのか、ルリさんが僕の寝ているベッドの縁にちょこんと座り、僕の顔色を伺う。
「いや、あの・・・」
彼女に聞いてもいいのだろうか、ここの人は皆訳あり、変なことを聞いて嫌われたりしないだろうか、でも、この胸に残るモヤモヤした何かを話して晴らしたかった。
「死ぬのって、怖いですか?」
「・・・・・・」
気付けば口に出してしまっていた、僕は慌てて起き上がり自分の口を塞いでリルさんに謝る。
「あ!すいません、変なこと言って!何でもないです!」
ルリさんはしばらく無言で反対側の壁を見つめる、何か言葉を選んでいるのだろうか、それともめんどくさいな、とか思っていないだろうか、つい口が滑って面倒な話題をふってしまった。
すると、ルリさんは立ち上がって部屋の明かりを消し、僕のベッドの薄暗いベッドランプをつける。
「えっ・・・」
そのまま、彼女は僕の腕を引っ張りながらベッドに横になり、2人で添い寝をする状態になった。ルリさんの顔は僕のすぐ横にあり、鼻息が頬に微かに当たる。僕は彼女の顔を見ることが出来ずに、天井を直視する。
「・・・・・・死ぬのは怖くない、また死んだ皆にに会えるから」
ルリさんは、僕の右腕をギュッと握ってそう言う。確かにそうだ、僕だって死んだ父さんと母さんに会いたい、しかし、それは僕も死なないと叶わない。
「・・・・・・でも、アヤメたちとお別れはしたくない」
死、それ即ちこの世の皆との別れ、死んだ人とは会えるかもしれないが、生きてる人達とは会えなくなる。僕も、親とは会いたいが、アサギさんやチグサとお別れするのは嫌だ。
ルリさんは右手を僕の頬に当てて、自分の顔を見るように僕の顔を動かす。薄明かりに、ルリさんの蒼い瞳が光る。
「・・・・・・レイはなんの為に戦ってるの?」
僕の戦う理由。
生きるため?親に会いたいけど生きたい、それは何故なのか、僕が死ねばこんなに悩むことはない。しかし、今日だって死ぬかもしれないという状況になったら酷く怖かった、それは死にたくないからだ。
でも、何故なのか。アサギさんに怒られてもらえなくなるから?チグサの元気な姿が見れなくなるから?皆に会えなくなるか?
分からない・・・。
「僕は・・・」
死にたいけど死にたくない、何故・・・。一体誰のために空を飛んでいるのか。
「・・・・・・私は、これ以上皆とお別れしたくないから。だから強くなって皆を守るの」
僕の頬を擦りながらニコッと口角を上げるルリさん、小さな手が暖かい。いつもはぎこちなく目も笑っていない笑顔だったが、今は何か安心するような柔らかい笑顔だ。
「・・・・・・僕もです。アサギさん、チグサ、アヤメさん、ルリさん、ソラさん。皆と会えなくなるなんて嫌です」
「・・・・・・ふふ、ありがとう」
ルリさんが一段と僕に擦り寄って、僕の右腕を抱き抱える。無い胸が僕の腕に当たり、ルリさんの鼓動が腕を伝って感じ取られる。
「・・・・・・皆、もう誰も失いたくないの、だから、頑張って、皆を守るために戦うの」
「はい」
「・・・・・・おやすみ」
「え、あ、おやすみなさい」
そう言って、ルリさんはベッドランプを消す。
おやすみ?ってここで!?
ちょっとそれはまずいって!家ならまだしも、ってそれもダメだけど、軍の施設で!
「ちょっ、ルリさん、まずいですよ!」
「・・・・・・誰も来ないから、大丈夫」
ああ、誰も来ないなら・・・、大丈ばないって!
「・・・・・・」
無言の圧力、さらに僕の腕を掴む力が強くなる。
「んー、今日だけですよ?」
「・・・・・・ありがとう」
根負けだ、別に僕が何かしなければいい話で、そんな度胸もない、彼女もそれはわかっているのか、安心しきったように目を瞑っている。
さっきまでは気にならなかったが、シャンプーのいい匂いがサラサラな茶色のショートヘアから漂ってくる。
あー、いい匂い。
そして、それから目の前が光ったりするフラッシュバックは無くなり、安心して寝ることが出来た。
これって僕のために添い寝してくれたのかな?と思ったのは翌朝の話だ。




