第10話 最強の傭兵
6月27日13時。
今日は以前アヤメさんと約束した、マニューバを教わっていた。
僕とアヤメさん、2人で空を飛ぶ。
《そうそう、やれば出来るじゃない》
《はいっ!》
一見物キツそうなアヤメさんだが、それはもう褒め上手で、僕はルンルン気分で空を飛んでいた。アサギさんもこのぐらい褒めてくれると、もっとやる気が出るのに。そんな文句も出てしまう。
アヤメさんはスライスターンや、コブラマニューバ等、色々な機動を僕の目の前でやって見せるが、コブラが何とかそれっぽくできる程度、やっぱり一朝一夕じゃ出来ないよなー。
僕達は一通りの訓練を終えて、基地に帰投する。
「あそこは、躊躇せずに旋回した方がいいわ、逆に危ないからね」
「はい」
ベンチに座っていつもの反省会、僕とアヤメさんが話している隣に何故かアサギさんも座っていたが、参考にしたいのか、特に気にする事は無いだろう。
チグサとルリさんは格納庫の中で何やら作業をしていたが、僕には何をしているのか分からなかった、ガンポッドの整備ではなさそうだけど。
《ーーアサギ・セレステ大尉、司令室ーー》
お?基地放送でアサギさんが呼ばれた、何事だろうか、アサギさんは「はぁ」と面倒くさそうに立ち上がって、小走りで隊舎の方へと向かっていった。
「どうしたんですかね?」
「さぁー?」
僕とアヤメさんは顔を見合わせて、彼女は肩を窄めた。
アサギさんがいない間に、しばらく反省会をしていると彼女が帰ってきた、後ろに誰かがついて来ている。
「集合!」
僕達はアサギさんの前に集まる、右から僕、チグサ、ルリさん、アヤメさんの順。僕達から見て、アサギさんの右隣には僕とより少し高い背丈のサラサラそうなショートへアで、カワイイ感じの男?女?が立っていた。誰だろう?
「傭兵パイロット志願者だ、名前は・・・」
「ソラ・アオイです、歳は21。飛行機の操縦経験は何回かあります」
この人、傭兵志願者なの!?21歳って僕と1つしか変わらないし、飛行機の運転をしたことあるって、一体何者!?しかも、下手をしたらチグサよりカワイイんじゃないだろうか、目が合いそうになると何故かドキッとしてしまい、堪らず逸らしてしまう。
「はいはい!」
チグサが手を挙げてピョンピョンと跳ねる、なんだろ、質問かな?
「どうした?」
アサギさんが聞いてみる。
「ソラさん?は・・・、女?」
「男です!!」
「えぇ!?あ、ごめんなさい!」
あ、男の人なんだ、カワイイとか思っていた自分が恥ずかしい、まあでもカワイイく見えたんだから仕方ないと思う。チグサはそれを聞いて、泡くらったように唖然としていたけど、そんなにびっくりしなくても・・・、失礼でしょ。
そして、それぞれに自己紹介を始める。
「改めて、私はアサギ・セレステ、戦闘機隊の隊長をしている、コールサインはグレイ1」
「私は、チグサ・カエルラ!コールサインはブロッサム1だよ!」
「アヤメ・シエルよ。解放軍のアグレッサー、グラム隊隊長をしてるわ」
「・・・・・・ルリ、グラム2」
ソラという美青年は彼女たち1人づつ握手をしていく、てか、アヤメさん達アグレッサーだったんだ・・・、どおりで機体色が違うし2人とも強い。
そして、ソラさんが僕の前につく。
「あ、レイ・アスールです、グレイ2で、新人ですがよろしくお願いします!」
彼と固く握手を交わす、ニッコリと笑い、可愛くて感じのいい人だ、まだ入隊が決まった訳では無いが、男の人の登場に少し嬉しくなる。特に何が嫌とかではなかったが、これで女の世界から開放される、ちょっと気を使うんだよね。
「新人という事は君か、危なっかしく飛んでたのは」
「へ!?」
なんで知ってるの!?それを聞いてアサギさん達はクスクスと笑っている。いやいや、飛行機に何回かしか乗ったことのない君より、僕の方がよっぽど上手いと思う、ここ十数日戦闘機には乗りっぱなしだ、戦闘機の操縦ははそこら辺の飛行機とは訳が違うんだから!
「それじゃ、準備したら、さっそくテストだ」
アサギさんに連れられて、ソラさんは入隊テストの準備に行ってしまった。テストと言ってもアサギさん曰く模擬戦らしいけど。いきなり大丈夫かな?即戦力は欲しいところなんだろうけど、彼は戦闘機の操縦をしたことがあるのか?
「なんか、ソラさん?死んだって言ってたローレニアの王子に似てなかった?」
「・・・・・・うん」
彼が去るとそんな事を言い出す、チグサとルリさん。ローレニアの王子と言えば1年ぐらい前、経緯は不明だけど、飛行禁止区域に侵入してエルゲート機に撃墜され死亡したと聞いているが。街頭テレビで流れた写真を思い出すと確かに、似ている気もした。
「他人の空似でしょ」
アヤメさんの言う通り、世界には3人そっくりな人がいるという、偶然に違いないだろう。
「でも、カッコよかったですね!」
「そぉねぇ、レイくんとはまた違った、凛々しい感じね」
え、確かにソラさんカッコイイというか、可愛い感じだったけど、チグサにそう言われるとなんか嫉妬してしまう、男が増えるのも考えものか、別に皆から好かれたいとか、ハーレムがいい、とかそう言う訳じゃないけど。
(・・・・・・レイの方がいい)
「え?」
「・・・・・・何も」
隣にいたルリさんが、何か言った気がしたが気のせいだろう、目も合わされなかったし。
さてさて、飛行服をピシッと着こなした彼が、準備を終えて帰ってきた、謎の美青年、ソラさんのお手並み拝見といこう。
●
「・・・・・・」
僕はポカーンと空を見上げていた。
始めは機体に慣れるために、アサギさん先導の元、空をグルグルと回っていたが、10分もしない間にソラさんの進言で模擬戦に移行。
圧倒的な実力の差を見せつけていた。
ソラさんが、アサギさんに。
《くそっ、反則だろ・・・》
トランシーバーから聞こえてくる、アサギさんの悔しそうな声、当初は余裕を見せてソラさんを追いかけていたけど、完全に機体に慣れたソラさんに主導権を奪われ、今はずっと追われている、何をどう足掻いても状況は変わらなかった。
「えぇ・・・」
「すごいわね」
チグサとアヤメさんも、僕と同じように唖然とした感じでソラを見上げている。
《ルリ、上がれ!こうなったら意地だ!》
《・・・・・・了解》
ルリさんはトランシーバーで応答すると、自分の機体へとチョコチョコと走っていく。可愛い。
やる気満々、早々とルリさんが離陸して空に舞う。彼女が上がると、ソラさんはすぐに雲の中へと逃げ込んでしまって、下から状況がよく分からない。
トランシーバーから聞こえてくるのは、《くっ・・・》というルリさんの苦しそうな声、大丈夫かなぁ?
「あ・・・」
灰色のF-15が雲を突き抜けて降りてきた、そのすぐ後ろには漆黒のF-15、どうやらルリさんの方が1枚上手だったか?
「おぉ!」
「はぁ、流石ね」
そんなことは無かった、完璧なコブラマニューバでソラさんは空中に静止してみせて、勢いそのままに追い越してしまったルリさんの後ろに、態勢をすぐに立て直してピッタリとつく。
《そんな・・・》
ルリさんの悔しそうなボソッとした声、あんな完璧に後ろを取られると僕なら自信を無くしてしまいそうだ。そんな事を考えているうちに、ソラさんはどうやったのか、直角に旋回して、自分の背後に付くためにすれ違った、アサギさんの背後を逆にとっていた。
それはもう、笑ってしまいそうなほど圧倒的だった。
《終わりだ、降りろ・・・》
不機嫌なアサギさん、3機は上空を旋回して、アサギさん、ルリさん、ソラさんの順に降りてくる。
飛行機の運転をちょっととか、絶対ウソだ、解放軍のエースたるルリさんを手玉にとっているのだから。僕は戦闘機から降りてきたソラさんに駆け寄る。
「どこかで戦闘機、乗ってたんですか?」
「あ、えっと、レイくんか」
「レイでいいです!」
「ああ、えーと・・・」
困ったような顔をするソラさん、やっぱり何か隠している。
「大人の秘密だ」
彼は僕の頭をクシャクシャとして、アサギさんの方へと歩いていった。もう、なんで皆僕の頭をクシャクシャしたがるんだ、セット大変なのに。しかし、秘密か、なんで素性を隠すんだろうか、傭兵と言うだけ訳アリなのか。てか、大人の秘密って1つしか歳は変わらないのに、納得いかない。
僕はみんなにワイワイと騒がれ迎えられる、ソラさんの後を追う。
「合格だ、自由グレイニア解放軍へようこそ」
「よろしくお願いします」
アサギさんと固く握手を交わすソラさん、それは当然だろう、素人目に見ても皆より強い。
チグサとアヤメさんは拍手で迎え入れて、ルリさんは頬を膨らませて僕の後ろに隠れている。どうしたんだ?
「・・・・・・怖い」
いや、ルリさんの方が圧倒的に怖いから。でも、模擬戦で常勝無敗を誇ってきたというルリさんが、少し可哀想に思えてきた。頭を撫でてあげようかと手が伸びるが、いかんいかん、相手は幼女(年上)だ、下手なことは止めておこう。
「コールサインは?」
ソラさんはしばらく下を向いて、うーんと考え込む、いいな、僕より考える時間があって!
「・・・・・・ソード、で」
そして、彼、謎の美青年傭兵ソラ・アオイの加入によって、アルサーレ基地の戦闘機隊は6機編成となった。
●
当直パイロットは以下の編成になった。
2直制で、ルリさん、ソラさんと僕の班と。
アサギさん、アヤメさん、チグサの班。
チグサは「えー、レイとがよかったぁ」と言ってくれたが多分、ソラさん目当てだ、一緒にしない方がいい。
ルリさんはまだ僕の後ろに隠れている、そんな敵じゃないんだから襲ったりしないって。
「パイロット当直室に案内する」
アサギさんに僕と、ソラさんはついて行く、僕も当直室には入ったことがないから。
建設中の新隊舎の向かい側にある、いつもアサギさんが出入りしている、少し古い4階建の隊舎に入ってすぐの所にそれはあった、ドアを開けると、奥に2段ベッドが左右に1つづつとその奥に机、手前にソファーベッドが2つ。こんな部屋があったのか、掘っ建て小屋に住んでいた自分がバカみたいだ、しかし、戦力たるパイロットであるからこそ、この部屋に寝泊まりする権利が与えられるのだろう。
僕がわー、と部屋に入ると、ソラさんは僕達についてこずに入口で止まっている。
「どうしたんですか?」
「・・・・・・ああ、いや、なんでもない、なんでも・・・」
「??」
変な人、ソラさんは僕の声を聞いて、やっと動き出し、部屋を眺める。
「あの、アサギさん」
「どうした?」
「司令には許可もらってるんですけど、子供を1人預かってて・・・、ここに寝泊まりさせてもいいですかね?」
「子供??」
ソラさんは連れてきます、と言って部屋を後にする。
しばらくすると、ソラさんに連れられて少年が姿を表した。
パッと見は12、3歳の少年、華奢で肌は褐色、真っ黒な真ん中分けのショートへア、背はルリさんより小さいだろうか。しかし、目つきは子供にしては鋭く、幾つもの修羅場を生き抜いてきた、とでも言いそうな程だった。
「訳ありで一緒に生活してて・・・」
この子も訳ありなのか、その歳でちょっと可哀想。戦災孤児をソラさんが拾った、という感じなのかな、気の毒と言うかなんというか・・・。
「ニグルムといいます!」
ハキハキと言うニグルムと名乗る少年、歳の割には結構しっかりしてそうだ。まあ、そうでないとこの世界は生きていけないか・・・。
「司令が許可しているなら、断る理由はない。家はないんだよな」
「はい・・・」
「隣の部屋を使えるように言っておく、そこに、2人で寝泊まりするといい」
隣の部屋を覗きに行くと、居住部屋のはずなのに倉庫になっていた、そんなに荷物はないから使えそうだが、埃っぽい、掃除しないと。
「ありがとうございます」
ソラさんはアサギさんに深々と礼をした、遅れてニグルムくんという少年も、可愛らしい。
さてさて、掃除だ、窓を全開にし、チグサ達を呼んできて、皆で掃除を始める、アサギさんとアヤメさんで大きい荷物を運んでもらって、僕とチグサ、ソラさんで拭き掃除、ルリさんはニグルムくんと遊んでいた。背格好もだいたい同じぐらいで、歳は結構離れているはずなのに姉弟に見えなくもない、実に微笑ましいかった。
そして、軍お得意の人海戦術によってあっという間に掃除は終了、組み立てすらされてなかったベッドを組み立て、ソラさんと、ニグルムくんの部屋が完成した。
部屋の入口ドアの横にも、誰かが間違えて入らないように名札も付けておく。
『ソラ・アオイ』
『ニグルム・サマーオ』
当直室の方には、僕の名札も追加された、ちょっと嬉しい。
この当直室の名札は表が青色、裏が赤色で、不在かどうかすぐに分かるようになっている。
一直
『ルリ』
『ソラ・アオイ』
『レイ・アスール』
二直
『アサギ・セレステ』
『アヤメ・シエル』
『チグサ・カエルラ』
いやー、改めて見ると、当直パイロットに僕の名前があるなんて感慨深い、ついこの前までダメだダメだと言われていたのが嘘のようだ。僕はしばらく、感傷にひたって腕を組んで名札を眺めていると。
「行くぞ」
アサギさんに呼ばれる、はいっ!と振り向くと皆隊舎の外へ歩き出していた。
「ちょっと待って!」
僕はすぐに皆を追い掛けた。




