全員引き抜かれて消滅寸前のクランだけど、ここから再建する道は有りますか?〜借金返済ついでに英雄となる男〜
どう足掻いても絶望である。
いや、ウルフは足掻き方を知らないのだ。
【オラァ! 居るのは分かってんだぞウルフ! 出てきやがれ!】
【テメェもしかして踏み倒そうって気じゃねぇだろうな! あぁん!?】
クラン本部のドアが破れそうな勢いで打ち鳴らされる。
ついこの間に団長が大金をはたいて魔法付与工事を施工させていたから、この程度で破れないのは知っている。
知っているが、この耳障りな音はその安心感を不安に変えるには充分だった。
本当に破れそうなのは────ウルフの我慢袋の方だ。
「う、うるせぇっ! うるせぇな本当にっ!」
焦燥感と苦渋に急かされて、ウルフはつい大声で怒鳴りつけてしまった。
自分の短所が短気だと自覚はしていても、それでももう1秒たりとも落ち着いていられなかった。
【あっ! やっぱり居やがったなテメェ!】
【おらぁ! ルファー金貨にして十枚、指を揃えて返してもらおうか! いや、せめて一枚でも良いんだ! じゃないと俺が親方に殺されちまう!】
【そんなのこっちだって同じだよ! ウルフ、せめて顔を見せてくれ! なんでこうなったか理由を聞かせてくれ!】
扉の向こうで悲嘆にも懇願にも似た怒声が次々と起こり、もはや楽団の奏でる騒がしい音楽にも似た様相となっている。
「そ、そんなのこっちが知りてぇよ! 半年の単独討伐任務から帰ってきたらクランがこんな有様になってるなんざ、誰が想像できたってんだ!」
かつては多くの仲間で賑わっていた、このクラン本部の大ホール。
贅沢な魔導具や煌びやかな調度品で豪勢に飾られていたここも、今じゃまともに埃すら拭われていない、まるで場末の酒場の様だ。
【な、なぁ。良いから説明してくれよ。この扉を開けてくれ。一度話し合おうぜ?】
【そうだぜウルフ。俺らとお前の仲じゃねぇか】
【みんな知りたがってんだよ。銀の絆はこの街でもそこそこ有名な中堅クランだったじゃねぇか】
ウルフは考える。
足りない頭で一生懸命考える。
そうだ。今外に居るのは、どいつもこいつも本当は気の良い奴らばかりじゃないか。
鍛冶屋の倅に大工の見習い、酒屋の店主にクランが贔屓にしてた御用商人。
皆馬鹿でどうしようもない粗暴な奴らではあるが、気前と気っ風の良い飲み友達だった。
自分が本当に困っているのなら、多少の立場はあれど手を貸してくれるはず。
それぐらいの友誼を結んで来た筈だ。
熱に浮かされた様にフラフラと椅子から立ち上がり、ウルフは無駄に大きくて無駄な装飾品で飾られた扉へと足を運ぶ。
額を扉につけて、大きく深呼吸をした。
「──────怒鳴ったり、暴れたりしねぇよな?」
【もちろんだぜウルフ! 俺たち、友達だろ!?】
「──────武器持ってたり、縄持ってたりしねぇよな?」
【当たり前だぜ! 銀等級の戦士相手に剣を向けるなんざ、馬鹿のすることさ!】
「──────本当だな? 信じて良いんだな? 俺、今マジで泣きそうだからな?」
【大丈夫だウルフ。怖くねぇ、怖くねぇって】
記憶の中の楽しかったあの頃が蘇る。
ほんの半年前、単独で依頼に旅立つウルフの為に開かれた壮行会。
浴びるほど酒を飲み、声が枯れるほど歌い合い、顔の筋肉が固まるほど笑ったあの日の事が、まるで昨日の様に思い起こされる。
「ふっ、そうだったな。俺ら、ダチだもんな」
ウルフは自嘲して頭を振ると、扉に向かって手のひらを当てる。
淡い緑の光を発して、魔法で施錠された鍵が開きゆっくりと扉が内側に開いていく。
「……ああ、お前らにビビるなんざ。俺どうかしてた──────」
「捕まえろ! 相手は銀等級の戦士だ! 回り込んで取り囲め!」
「しめた! 武器を持ってねぇ! おら小姓ども! 縄とありったけの麻痺薬をぶっかけろ!」
「ようやく見つけた銀の絆メンバーだ! 絶対逃がすな! そして殺すな!」
雪崩れ込んで来たのは、ウルフの想像の数倍はあろう人の群れ。
皆見知った顔ばかりで、食堂の旦那から馬屋の主人から、果ては漁師の若大将に旅船の水夫まで。
血走った目つきをギラギラと光らせ、弓や短剣で物騒に武装してウルフへと襲いかかって来る。
「きっ汚ねぇぞテメェら! 信じてたのに! 俺お前らの事、友達だって思ってたのに!」
「ウルセェ! 全てはツケにツケまくって姿を消したお前らの団長が悪いんだ! 俺らだって生活がかかってんだよ!」
「殺しやしねぇ! 生け捕って金目の物を銅貨一枚分でも絞り出してやる!」
「お前、剣闘士とか興味ねぇか!? 儲けの9割を借金の返済に充てるってプランなんだがよ!」
泣きっ面に蜂どころの話では無い。
助け出した姫に背後から刺されて殺された、ぐらいの衝撃だ。
「それもう奴隷闘士じゃねぇか! 俺は何もやってねぇ!」
住み慣れた我が家であるクラン本部の大ホールで、ウルフは力の限り叫んだ。
「団長! どこ行ったんだよ! 何が起きてんのか説明してくれ!」
でもその叫びは、本当に届いて欲しい人物に届く事は絶対に無いのだ。
後日わかる事だが、クラン『銀の絆』団長、メッツィ・ホプキンスは──────遠く離れた都で大規模クランのメンバーとなっているのだから。
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