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第2-2話

 俺はキャベツを小脇に抱え、再び肉まん屋の前へとやって来た。店員のおっちゃんが木製の容器の蓋を開けると、大量の蒸気を吐き出して出来たてほやほやの肉まんが姿を見せる。うん、肉まんだ。俺は意を決しておっちゃんに話しかける。


「す、すみません……」

「へい、らっしゃい!」


 また馴染みのある挨拶をされてしまった。


「この食べ物はどういう食べ物なんですか……?」

「おっ、旅人かい? これは肉まんというもので、肉やら野菜を混ぜた餡を生地で包んで蒸したものだ。美味しいよ!」


 予想以上に肉まんだった。これなら安心して食べられる。


「じゃ、じゃあ、一つ――」


 いや、この二羽のウサギも食べると言っていたな。ウサギが肉まんを食べても良いのだろうか、という疑問が浮かんだ。まあ、本人達が食べると言っているから食べるのだろうけど……。このおっちゃんには、俺が三つも食べる大食らいだと思われてしまうかもしれない。若い男なんだしそれぐらい食べると思われても不思議ではない、と好意的に受け止めてもらえることを祈ろう。


「――い、いえ、やっぱり三つ、ください……」

「あいよ、三つね! 一リラと五十ケントだよ!」

「あっ、はい」


 いくらであろうと十リラのコイン一枚しかないからそれを差し出すしかない。俺は、おっちゃんにそれを手渡した。


「十リラからね! おつり、は、と……八リラと五十ケントね!」

「あっ、ありがとうございます……」


 返ってきたのは、百円玉ぐらいのサイズの銀貨八枚と同じサイズほどの銅貨五枚だった。

 どうやらケントはリラの下の単位のようだ。一リラは百ケントといったところか。

 先ほどの五百円玉サイズの銀貨一枚が十リラ。百円玉サイズの銀貨一枚が一リラ。十円玉のような銅貨一枚が十ケント。覚えておかないといけない。


「はい、じゃあ熱いから気をつけてね! まずはこれを兄さんに――」

「あっ、ありがとうございます……」

「で、これはお嬢ちゃんに――」

「わーい! ありがとー!」

「で、これは坊ちゃんのだ!」

「どうもー」


 今起こった出来事が理解できなくて俺は一瞬固まった。何故か俺の買った肉まんは、俺と後ろから出てきた二人の子供に配分されたのだ。

 人の物を横取りするとは、どこのガキだ。親は何をしているのだ。辺りを見回してみるがそれらしい姿はない。

 店前で、もふもふと食べ始めた二人だが、ここは怒った方が良いはずだ。でも、泣かれたりでもしたら面倒なことになるので、ここは諭すように行こう。


「あっ、あの、キミ達……、ちょっと良いかな?」

「ん?」「ほへ?」

「キミ達……、それはお兄さんのだから勝手に――」


 同時に振り向いた二人をよく見ると、黒いローブを着て首元に白っぽいリボンを付けた男の子のふわふわの黒い髪の中から一本の角が生えていらっしゃる。同じく白いローブを着て首元にピンクのリボンを付けた女の子のふわふわの白い髪の上には天使の輪を浮かせていらっしゃる。

 はて?

 こんな角と天使の輪をどこかで見た覚えがあるぞ。どこだったかなと少し思案する。


「おい、なんだよ言えよ」

「なーにー?」


 生意気な口調とほわほわした口調の二人。声にも聞き覚えがあるぞ。それにこの赤い眼と黒い眼。

 俺は閃いた。あのウサギだ、あのウサギにそっくりなのだ。

 あいつらはどこに行ったのかと辺りを見回したがいない。先ほどまでなら肩の付近かその後ろにいたのに。

 と、なると答えは一つ。ただでさえ空飛ぶウサギや十キロメートル歩いたからといってお金が出てくる世界だ。今更、驚く必要もなかった。


「あ、あの、もしかして……、お二人は、ガーディさんとハーディさん……、ですか?」

「そうだよ、何言ってるの」

「そうだよー」


 心の中で両手をあげて大きく仰け反ってしまった。マジだった。ウサギが人間になるなんて普通じゃ考えられない。まあ、ただの人間と違って、角と天使の輪があるけど。


「そういえば、この姿を見せたの初めてだったねー」

「この姿じゃないと食べにくいだろ」


 たしかにその通りで、大きめの白い肉まんを両手に持ってふーふーしながら食べている。ウサギにはできないことだ。

 俺はすべてを受け入れた。冷静になった俺は、店の前で食べると迷惑が掛かると思い、往来の邪魔にならない所に移動して熱々の肉まんにかぶりつく。そして火傷をした。



 その後、町の中を散策する。キャベツは邪魔なので道端に置いてきた。元ウサギの二人は人間の姿のまま一緒に歩く。


「ふふふ、後ろから見てると二人は兄弟みたいね。髪色が一緒だし!」

「えーやだよー。それじゃハーディもこいつと〝兄妹〟になるんだぞ?」

「えーやだよー」

「だろ?」

「私は、お姉ちゃんなんだから〝姉弟〟なら考えてもいいわ」

「そういう問題かよ」


 そんな仲睦まじい会話を俺抜きでされていると、夕暮れが近づいてきた。

 先ほど見つけた宿屋に泊まるか。その前に銭湯も見つけたのでそこに行くのも良いかもしれない。しかし、着替えがないので明日、市場で衣服を買ってから行くとしようかな。

 そういった事をあれこれ色々と考えていると二階建ての宿屋の前に到着した。看板に〝宿屋〟と書いてあるから間違いないだろう。――正確に言うと、見たことのない文字が書かれていて、ここが何の建物かわからないはずだが何故かその文字が〝宿屋〟と書いてあるとわかったのだ。まあ、不思議なことだらけの世界だ。そんな細かいことは気にしない。

 扉を開けると最初に奥のカウンターにいるおばさんが目に入った。中に入ると、あちらこちらに蝋燭が置かれており、白い壁に反射して多少の明るさはあったが、生まれながら電球の明るさに慣れた俺には薄暗く感じる。まあ、真っ暗なのよりはよっぽど良い。俺は木の板を継ぎ合わせた床を軋ませながらおばちゃんの前に向かう。


「いらっしゃい」


 市場のような活気のある挨拶ではなく、おっとりとした挨拶に俺は少しホッとした。


「お一人様、素泊まりで五リラと八十ケント。お食事付きなら六リラと十ケントだよ」


 なんとか足りる値段だ。無駄遣いしなくて良かった。


「じゃあ……、食事付き一人で……」

「あら? 三人でお泊りではないのですか?」


 三人だと? 嫌な予感がして後ろを振り向くと人間の姿のままのウサギが立っていた。これはまずいと思い、おばさんに断って一旦外に出る。


「どうしたのー?」「なんだよ? 早く休もうぜ」


 それぞれがそのように口にしたが、この二人はわかっていない。今置かれているこの状況を。


「あ、あのですね……、お金が一人しか泊まる分がないので、ウサギの姿に戻って頂きたいのですが……、どうでしょう?」


 ふうっ。これでわかってもらえただろう。


「えーやだー!。私もふかふかのベッドで寝たいー!」

「お前だけふかふかのベッドで寝ようだなんてずるいぞー!」


 どうしよう。わかってもらえていない。


「で、でも、お金が……」

「お金がないならまた歩いて出してよー」

「そうだそうだ」


 今すごく大事な情報を仰ったぞ、このウサギ。


「えっ、ま、また歩いたらお金出るんですか……?」

「そうだよー。未達成のことは教えれないけど達成したことなら、どういうことを達成してどういうボーナスがもらえたか教えてあげれるよー」

「は、はあ……」


 そんなちょっとした便利機能があったのか。知らなかった。


「『移動距離、十キロメートル』達成は、十キロメートル移動するたびに十リラもらえるの。そしたら、手持ちの八リラ五十ケントと合わせて、三人共お食事付きで宿に泊まれる計算になるわ。だから、早く歩いてきてよー」

「えっ、そんな……、もうほとんど暗いのに……」

「文句言ってないで早く歩けよ! じゃないと宿に泊まれないだろ!」


 ひどい。二人がウサギになれば済む話なのに。十リラ手に入れた後も散策で結構歩いたと言っても精々五キロメートルがいいとこだ。月明かりやかがり火の灯りがあると言っても暗いし、今日はもう疲れたんだ。早く休みたい。


「ねーねー早く歩いてよー」「早くしろよー」


 大ブーイングである。もうこれは行くしかないみたいだ。とても嫌だけど。


「じゃ、じゃあ、歩きますけど、二人は、来ないんですか……?」

「えっ? うーん?」

「悩むなあ」


 来ない選択肢もあるようだ。薄情なウサギである。


「でも、ラピス様に出来るだけそばにいるようにって言われたし……」

「そうだな……。行こうか……」


 すごく嫌そうだが俺も嫌なんだぞ。

 一瞬、二人が光りに包まれたと思うと次の瞬間にはウサギになっていた。

 何かがおかしい。


「じゃ、行こっかー」

「しゃあねえなあ」


 ウサギに戻るならこのまま泊まればいいじゃないか、と激しく思ったが口には出せず、二人――、いや、二羽は、俺の肩と頭の上に止まった。もう飛ぶことすら拒否なさっておられるらしい。



 それから、一時間と数十分後に『パンパカパーン!』という声を聞くのであった。

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