第2-1話 いっぱい歩こう
町の中は石造りの平屋が多くて人が通る道には石畳が敷かれ、人々は簡素でシックな色合いの服装をしている。テレビでしか見たことのない外国のようなとてもレトロな雰囲気だが、特にこれを観光としてここまで徹底してるわけではないのだろう。おそらくこれが日常なのだ。
門から続く太い道を少し歩くと横道に人が大勢行き交う通りを見つけた。
どうやら露店市場のようで、商売をする人とそれを品定めする人で活気に溢れている。ここなら何か食べる物がありそうだ。俺はこの場に合わない異色な服装のままその通りに入った。
生肉や野菜の食材の他に、店前で調理されて串に刺さった肉や、肉まんのような色と形をしている食べ物など色々とあった。魚がなかったので近くに海などはないのだろう。そもそもこの世界に海があって魚が存在しているかはわからないが。
その他にも日用雑貨や衣類、はたまたは物騒な剣などの武器が置いてあったりと、多種多様な店が並んでいた。今のところ、この世界で危険な目にはあっていないので、武器は旅人向けの商品なのだろうか。元の世界でも観光客向けに木刀を売っていたりするし。
そんなこんなで一通り露店市場を見て回ったが、とりあえず何か食べよう。俺はあの肉まんみたいなやつにするかな。側で飛んでいるウサギ達には野菜売り場で見たキャベツみたいなやつを与えれば良いだろう。
野菜売り場に着くと威勢の良いおっちゃんに、
「へい、らっしゃい!」
と、挨拶された。どこの世界も客への挨拶は一緒なのだろうか。そんなことは置いておいてさっさと買い物を済ませよう。
「す、すみません。こ、この、緑の丸い葉っぱのが欲しい、のですが……」
「ああ、それね! それなら二十ケインだよ!」
にじゅうけいん? この物体の品種名だろうか。よくわからないが二百円ぐらいあれば足りるだろうと、俺は右後ろポケットにしまっていた折りたたみ式の黒い財布を取り出して百円玉二枚を店主に手渡した。すると、
「なんだいこりゃ? お客さん、これはケインでもリラのコインでもないよ!」
「えっ……、ケイン、リラ……? 俺……、それしか持ってないのですが……?」
全くそこまで考えが及ばなかったが、国が違えば通貨が違うぐらいだ。世界が違えば通貨が違うのは当たり前のことであった。ど、どうしようか。
「うーん。――見たところ旅人みたいだし物々交換ってことでいいよ。このコインはあと何枚かあるかい?」
「えっ、はい……。あと三枚ほど……」
「じゃあ、この珍しいコイン五枚とそれ交換ね!」
キャベツ一玉に五百円は高すぎるだろ! と、心の中でツッコミを入れたが口には出せず、素直に残りの三枚も手渡した。ま、まあ、この世界では何の価値もないお金で買えたのだ。よしとしよう。
「毎度あり!」
そんな馴染みの挨拶に見送られ、俺は店を後にした。
露店の通りを出て人通りの少ない場所に移動した。ここならウサギに餌をあげてても邪魔にならないだろう。すると、今まで無言であった黒いウサギが口を開いた。
「なあなあ、早くなにか食べようぜ。俺、腹がへって死にそうだ」
「えっ、いや、だから……、キャベツを……」
俺が両手に持っているキャベツを二羽に捧げるように差し出すと、互いの顔を見合わせた。
「おいおい、そんなもん調理もせずに食えねえだろ! 俺、さっきの白くてもちもちとしてそうなやつを食べたい!」
「私も!」
俺は驚愕した。なんということだ、まさかウサギが好き嫌いをするなんて。どうしたら良いんだこのキャベツ。いや、それよりお金がない。先ほどのように物々交換できれば良いが、生憎もう財布の中はさっきの五百円で、すっからかんだし他にめぼしい物を持っていない。
俺はこのまま飢え死にしてしまうのか? どうしたものかと思案しながら小さい円を描くようにぐるぐると歩いていると、白いウサギの天使の輪がピカピカと光り――、
「パンパカパーン!」
どこか聞き覚えのある効果音を白いウサギが口で出した。
「おめでとう! 『移動距離、十キロメートル』を達成したよ! ボーナスとして十リラが贈られるよ!」
そんなアナウンスと共に、両手に持っているキャベツの上に五百円玉サイズの銀貨が現れた。どういうことなの。
「丁度良かったなー。それでさっきの店で買って食べようぜ」
「丁度良かったー!」
嬉しそうに上下に飛ぶ白いウサギと早く行こうぜ顔の黒いウサギ。
これが言っていたボーナスなのだろうか。万歩計の代わりになりそうだ。
などと考えていても仕方ない。本当にこのお金が使えるか試したいし、何より腹がへって仕方ない。あの肉まんを売っている店に行くことにした。