第1-2話
とりあえず、このウサギ達は質問したらちゃんと答えてくれるみたいだし、色々と訊いてみよう。
「えっと……、ここはどこなんでしょうか……?」
「ここ? ここは、どこかの世界のどこかの平原よ」
なんというアバウトな答え。ソレジャナイ感が凄まじいぜ。
「ごめんなさい。私達も初めて来た世界だからわからないの」
そうか、そういうことなら仕方ない。俺達一人と二羽は見知らぬ土地に置き去りされたわけだ。一体誰にそんなことを。と、考え込む必要はない。あの死神だ。あいつにアンケートだなんだと変なやりとりをした後にここへ飛ばされたのだから、あいつの仕業に違いない。
「じゃ、じゃあ、紫色の髪で真っ黒な服装をしている死神を知りませんか……?」
「死神? どこかの世界にいるって聞いたことはあるが、知り合いにはいねえな」
「――待って、ガーディ。この人、ラピス様のことを言っているんじゃないかしら?」
「確かに風貌はバッチリその通りだけど死神じゃないぜ?」
「でも、ある意味死神と言っても良いんじゃない?」
「うーん……、たしかに」
二羽で話が進んでいるようだが全然わからない。おそらく、俺が死神と言ったことで二羽を混乱させたのだろう。推測だが、俺が思っている人物と今二羽が話している人物は同じな気がする。
「では……、その、ラピス様……、という方はどちらに?」
「ラピス様ならこの世界にはいないわ。きっと今頃どこかの世界で遊んでいるんじゃないかしら」
この世界やらどこかの世界とかどういうことだろう。狭義の意味で世界を使っているのだろうか。
「ハーディ、こいつたぶん何もわかってないぞ。一から説明してやった方が早いんじゃないか?」
ウサギにこいつ呼ばわりされるとは俺も落ちたものだ。しかし、この黒い方のウサギは、口は悪いが察しが良いようだ。事実、俺は何にもわかっちゃいない。
「もー、仕方ないわね。ラピス様も少しは説明してあげたら良いのに……」
こっちの白い方のウサギはなかなか優しいようだ。良いウサギ達で良かった。
「えっと、私も何故かは詳しく知らないけど、あなたはラピス様の力であなたが居た世界からこの世界に飛ばされたの」
何やら常識の範囲内に収まらない出来事が起こったようだ。とにかく素直に聞き入れてみよう。
「それで私達があなたの行動を記録してラピス様に報告する係になったわけ。わかった?」
「なんか実験とか言ってたなー」
実験という言葉に聞き覚えがある。たしかにあの偽死神は実験だなんだ言っていたな。
じゃあ、俺のおはようからおやすみまでこのウサギ達に見守られて、それを偽死神に伝えられるのか? たまったもんじゃないぞ、おい。
「あっ、あと言っておかないといけないことがあって――」
なんだろう。これ以上まだ俺のプライバシーを侵害する何かがあるのか。
「あなたがこの世界で、あることを成し遂げるたびに、ラピス様や私達からボーナスとして色々な特典が与えられるわ」
「そのあることは色々あるから頑張って探せよー」
よくわからないが何か救済措置があるようだ。しかし、自力で探せとは完全に遊ばれている気がする。他人様の人生で遊ぶとは何事だ。いや、まあ一度捨てようとした人生だけど。
「とりあえず、ここでずっと立ち止まって話すのもあれだし、どこか近くの町に行きましょ。私、おなかすいたー」
「そうだな。もうお天道様も真上に昇っちまってるし、何か食べようぜ」
おなかがすいたならその辺りの草を食べればいいのに。ウサギなのだから。
と、思ったが口には出さないでおこう。きっと有機栽培で育てられた野菜しか食べないグルメなウサギなんだろう。なんてめんどくさい二羽だ。
まあ、俺も腹はすいているしその提案に賛同しよう。
とりあえず、遠くの方を見渡すと山の他に灰色の人工物らしき物が見えた。
そして、すぐそこにはご丁寧に人が行き来するような道があるじゃないか。その道はあの人工物まで続いているようだ。
とりあえず俺と二羽のウサギは道に降りるとその場所に〝歩いて〟向かい始めた。ウサギ達は〝飛んで〟だが。
かれこれ一時間ほど歩いただろうか。まだ目的地に着かない。着実に点だった目標の物は少しずつ大きくはなっているがまだ距離がありそうだ。道の脇にあるボロボロの木の立て札らしき物を見ると、上矢印の横に『三キロメートル』と書かれていた。この矢印があの目的地を指していて、俺の知っている『三キロメートル』であればまだ少し距離がある。
このだだっ広い土地に、土と草とまばらに木が立っているだけだと距離感がわからない。
それに、あれだけ喋っていたウサギ達も俺が歩き始めてからは黙り込んで、スィーっと俺の肩近くを飛んでいる。せっかく羽があるのに全く羽ばたいていないのが気になるところだ。
それから数十分歩き続けると、二階建ての家ほどの高さがある石造りの壁に到着した。もっと言うと、石造りの外壁に囲まれた町に到着した。
町の入口には本でしか見たことないような胸に模様が入っている袖付きの青い外套を着た門番らしき人がいた。身の丈より長い槍を持って不動で立っていらっしゃる。
俺がおそるおそる近寄るとその方はこちらに向き直り話しかけてきた。
「こんにちは、旅の人。珍しい格好をしていらっしゃいますね。どちらから来られたのですか?」
こちらからすればあなたの方が珍しい格好なのだが、この世界では俺の方が珍しいらしい。
元の世界にいた服装のままなので、学校指定の紺のブレザーとズボンに、ベージュのシャツを着てネクタイを締めている。靴もそのままなので、飛び降りる時に脱がなくて良かったと来る途中に思った。
「いや……、あの、その……」
俺がどう説明したものかと困っているとその門番は俺の肩付近に目を遣った。
「これはこれは。使い魔を二匹も連れられているとは、さぞご高名な魔導士様なんでしょう。どうぞ、何も特徴がない町ですがゆっくりしていってください」
勝手に解釈されてしまった。まあ、こちらとしては助かるところだ。
俺は会釈だけして町の中に入った。