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第6-2話

 なんとか通り抜けて扉の前にいる兵士に当たった番号札を手渡した。木綿のポンチョを着ているのでそこまでボロボロにならなかったが、普通のシャツ姿だとひどい有り様になっていただろう。


 そして、兵士に案内されるがままに城の中に入ると、すぐに大きな中庭が目に入った。土で固められた中道の両脇には田んぼの〝田〟の字のような形をした広いガーデニングスペースがある。花は植えられていないが緑の芝生や垣根があるので、石造りの城の中で自然を感じさせてくれる。


「ここ、前にラピス様と行ったお城に似てるねー」

「そうだなー。まあ、今は〝ない〟けどな。あはは!」


 何が面白いのかわからないが二羽はそんな会話をしている。耐久性に問題があって取り壊しにでもされたのだろうか。

 俺達はその中庭を突っ切ると再び大きい扉を通って建物の中に入る。すると、天井には豪華な装飾を施されたシャンデリアが吊るされており、ひし形模様が並ぶ床の上に、これもまた大きな扉の前まで赤い絨毯が道を作るように敷かれている。山の中腹に建っているとは思えないほどの広さだ。


 何度目かの扉を通ると、そこは大きな広間になっていて、五十人ぐらいの人達が居た。部屋の奥には少し顎を上げるほどの高さがある台座に置かれた空の玉座がある。


「なあなあ。今から何するんだ?」

「えーと……。俺も、知りたいです……」


 広間に足を踏み入れてから少し待っていると、同じように後から十数人やって来たところで扉は古めかしい音を立てながら閉められた。タブラさんの姿はなかったので残念ながら抽選に漏れてしまったようだ。まあ、おそらく二百倍ぐらいある倍率で当たる俺も俺だが。

 いよいよ始まるのかと集団がざわめいていると台座の前にいる兵士が、


「静粛に! まもなく、皇帝陛下がお見えになられる!」


 その言葉は静寂と緊張をもたらした。そりゃ国で一番偉い人が来るのだからこうもなるか。

 一体どんな人なのだろうか、と緊張していると玉座の後ろにある赤いカーテンが開いて人影が現れた。

 玉座の前に出てきたのは、金色の短い髪で兵士と似たような格好をしているが赤いマントを羽織っている男だった。いや、かなり若い容姿なので少年と言った方が近いかもしれない。たぶん、俺と歳はそう変わらないだろう。


 そんな分析をしていると、周りにいる人達全てが一斉に片膝と片手を床について頭を伏せた。周囲の急な動きに俺だけ対応できず、皇帝の側に控える兵士にひと睨みされてしまう。慌てて周りに合わせるように跪く。二羽は飛んだままだが良いのだろうか。


「面を上げい。――皇帝陛下より今大会に参加する皆に向け、お言葉を賜る」


 俺は跪く体勢に慣れていないので、顔だけ上げるのが難しいことを思い知らされていた。


「皆の者、本日は大会を開くには絶好の日和となった。これも皆の日頃からの善行の賜物だろう。怪我などせぬよう、十分気をつけて大会に臨んでくれることを願う。以上」


 なんだか運動会前の校長先生の挨拶のようだ。声は若いけど。


「有難いお言葉をありがとうございます。では、これより大会の内容を説明する! 皆、立つがよい!」


 割と早く苦しい体勢から開放された。身体が硬いとこういうときに苦労する。


「今大会の種目は〝長距離走〟になる。ここから街道を東に進んだ場所に小さな村がある。その村の特産品のひとつであるリンゴを持ってくること。その際、今から渡す赤い札を村にいる兵士に渡せば、それと引き換えに新たな札とリンゴが貰える。それをこの場に持ってきた順位を競ってもらい、優勝者には千リラが進呈される。それ以下の順位の者にも――」


 せ、千リラだと。俺はその言葉を聞き逃さなかった。昨日泊まった宿が七リラなので百日間以上も何をしなくても良い計算になるじゃないか。なんと素晴らしいことか。


「――となっている。馬などの乗り物は禁止とする。帝都に戻る際は、札を見せればすぐに入れる手筈になっている。では、今から札を配るので、もらった者から城を出た広場で待機するように。手荷物があればこの広間に置くことを許可する」


「はーい! ではこちらに並んでくださいねー! あと、参加費用の二リラはここで頂きまーす!」と軽いノリの兵士がこの大会の参加者に札を配り始めた。

 俺も二リラを払って赤い札をもらう。さらに、リンゴを入れる用の布袋をもらい、制服などが入ったカバンとポンチョは兵士に預け、城の外にある広場へ向かう。


 うーん、千リラは欲しいけどマラソンは特に得意という訳でもないしどうしたものか。お金も、もらえないのにただ参加するだけというのも面倒くさいだけだ。報酬を得てこそ意義があるのだ。――いや、待てよ。

 おそらく、今から目指す村はこの街に来る前に寄った村のはずだ。ということは半分の距離だが、転移すればかなりのアドバンテージになる。まさにこの大会のために与えられた能力ではないか。


 俺は不敵な笑みを浮かべて城の前の広場に戻ってきた。あれだけ密集していた人たちは広場からいなくなり、スタート地点となる城門から噴水の広場に掛けて、道の両脇に並び、大会に参加する権利を得た俺達にエールを送ってくれる。


「ゴールまでの道のりは長いけど頑張れよー!」

「俺達の分まで走り抜いてくれー!」


 そんな言葉が今からズルをしようとしている俺の心に突き刺さる。い、いや、勝負は勝たなくてはならないのだ。〝転移能力の使用を禁止する〟なんてルールはないのだから問題はない。俺は全力を尽くそうとしているだけなんだ。そう問題はない。だから千リラは俺のものだぜ、くっくっく。


 参加者がスタート地点に集まり各々がストレッチやジャンプをして体を温めている。俺も転移能力があるとはいえ、半分までの距離しか転移できないので結局は走らないといけない。入念にストレッチをして――、あっ。


 そういえばどうやって転移能力を発動させるのだろうか。大事なことを忘れていた。それを知るために、スタート地点付近に集まる人達から距離を取って小声でウサギになっているハーディに訊ねてみる。


「あっ、あの、ハーディさん。転移能力って、どうやって使えば良いんでしょうか……?」

「あのね、転移能力はね! 目を、わぷっ――」


 俺は慌ててハーディを捕まえて、自分の胸に押し当てた。兵士の人にチラッと見られたが気づかれてはいないようだ。

 俺の胸の中で抱きかかえられているハーディはというと、


「もー! いきなり何するのよ!」


 ご立腹である。


「い、いや、あまり大きな声で転移能力の話をされるとマズイので、小声でお願いします……」

「んー? よくわからないけどわかったわ」


 わかってもらえてないけどわかってもらえて何よりだ。ちなみに、ガーディはさっきのノリの軽い兵士と何やら楽しげに会話をしている。――毎度のことながら、この世界の人達はこのウサギ達を不思議がらないことが不思議で仕方がない。

 そんなことはさておき、ハーディが耳元でコソコソと教えてくれる。


「あのね、転移能力はね。行きたい場所を思い浮かべて目を瞑るの。そしたら、転移する先が見えるから、えいっ! ってすれば転移できるの」

「は、はあ……」


 わかったようなわからないようなだが、とりあえず言われた通りにやってみよう。この間、訪れた村を思い浮かべて目を瞑る。


「あっ、なんか、見えます……」


 村は見えないが、三百六十度カメラでぐるぐると辺りを見渡すことができる。おそらく、ここから村までの半分の距離の場所だろう。ちらほらと見える木と草原しかないので目印になるようなものはないので確証は持てないけど。


「それで、あとは、えいっ! ってするの! 終わり!」


 ハーディは前足を上にあげてバンザイの格好をした。白いお腹が丸見えだ。

〝えいっ!〟というのがよくわからないが、まあなんとかなるだろう。あとは使うタイミングだが、最後尾でゆっくり走って前後に誰もいなくなってから転移するのが最善か。


 しかし、片道二十キロメートルとして転移しても十キロメートル短縮できるだけで、結局は往復三十キロメートル走らなければならない。短縮できるだけで他の参加者と比べてかなりマシなのだが、それでもフルマラソンよりも少し短いぐらいだ。この中に世界大会の金メダリストでもいたら十キロメートルのハンデなんてひっくり返されるだろう。その辺りは、帰宅部世界記録保持者の俺の足の見せどころだ。


 スタートの合図が近づいてきた。俺は、少しでも前へ前へと出ようとする参加者とは反対に後ろへ後ろへと下がる。

 そして、スタート間際に身体を上に向かって伸びをした時、俺は悪魔的閃きをしてしまう。

 くっくっく、そうだ。これならより確実に勝利は我が手中へと収まる。

 俺が自分のおそろしさに慄いていると、スタートの合図となる銅鑼の音が鳴り響いた。

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