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第5-2話

 その後、喫茶店でゆっくりと食事をした。二人はデザートを二品ずつもねだってきたが、金ならあるぜ状態の俺はそれを承諾した。残金、百三十六リラと八十ケント。

 喫茶店を出た俺達は、この広い街の探索を始めた。広場には門に行く道を除いて五本の大きな通りがある。


 まず、門から見て左の道を進むと、普通の住居の他に宿屋がたくさんあった。他にも街の中なのにかなり広い土地を使って畑や田んぼがある区画を見つける。

 広場の道を斜め左に進むと住宅地のようで、家が並んでいるだけであった。

 門から真っ直ぐ進むと城へと続く坂道が待ち構えている。登りはしなかったが色々なお店の看板が並んでいるのを見た。


 最後に広場の道を斜め右に進むと、鍛冶屋であったり衣服の裁縫を行っている工場など、色々な物を作っている通りのようだ。そのためか他の道と比べると人通りが少ない。

 大まかに街を見て回った頃には夕暮れになっていた。見つけた宿屋に行こうと踵を返すと、突然何かが俺にぶつかってきた。


「きゃっ!」


 きゃっ?

 ぶつかって短い悲鳴を上げたのは女の子だった。金色のロングヘアーで水色のワンピースを着ているその女の子は、俺にぶつかって尻餅をついてしまった。


「あっ、あっ、だ、大丈夫……、ですか……?」

「は、はい。すみません、ぶつかってしまって……、あっ!」


 あっ?

 倒れてしまった女の子が顔を上げて俺を見ると、そう口にした。なんだか心なしか目をうっとりとさせている風にも見える。まさか一目惚れさせてしまったのか。俺よりも少し幼い見た目で顔も可愛い。ついに俺にも運命の時が来てしまったのかと有頂天になる。


「あ、あの……」

「あっ、す、すみません。て、手を、ど、どうじょ!」

「ありがとうございます」


 盛大に噛んでしまったが、女の子は気にする様子もなく俺の差し出した手を掴んでくれた。初めて同じ年頃の女の人と手を繋いだかもしれない。お父さん、お母さん、息子は大人になりましたよ。

 女の子は服についた汚れをぱっぱっと払うと俺の顔を見つめてくる。うっ、すごく可愛い。エメラルドグリーンの瞳が俺を捉えて離さない。


「あ、あの、突然で申し訳ないのですが……、少しあなたとお話がしたいのです……。で、出来れば二人っきりになりたいのですが……?」

「えっ、えっと、な、なんの話かな……?」


 慌てるな、慌てるんじゃないぞリュート。ここでがっついては台無しになるかもしれない。しっかり餌を食べさせて針に食いつかせるんだ。


「そ、それは……! わ、私の、想いを、聞いて頂きたく……」

「へ、へぇ、お、想いねえ」


 来た来た来た来た来たきたああああああ。ここで一気に釣り上げるため竿を引っ張る。


「い、いいよ、別に……。何の話かわからないけど、し、深刻そうだし……」

「わあ! ありがとうございます! では、こちらに来てください」


 花を咲かせたような笑顔とはこのような顔を言うのだろう。未だかつてこんな笑顔を俺に向けてくれた女の子はいただろうか。いや、いない。

 くっくっく、この大人の余裕を見せるクールさで更に惚れたに違いない。


「リュートどっか行くのー?」

「俺達も行かないとラピス様に怒られるんだぞー」

「えっ、いや、あの、その……」


 珍しく人間の姿のまま一緒に歩き回った二人が俺のランデブーを阻止しようとしてくる。俺は、俺は――、このチャンスを逃すわけにはいかないんだ。


「ハーディ、ガーディ」

「はーい」「なんだよ」

「すこーしだけだからここで待っててくれないかな? 明日も美味しいデザートを食べさせてあげるから」


 俺は二人の頭に優しく手を置いた。今の俺に、こわいものはなかった。


「じゃあ待つー!」「しゃあねえなあ」


 よしよしよおおおおおおおし。障害を排除した。これで舞台は整った。


「あ、あの……」

「あっ、はい。今行きます」


 そして人気のない路地裏に入った。どうしよう、ものすごく緊張している。あのウサギの二人も建物の影で見えない位置にいるし、可愛い女の子とこんな薄暗い路地裏で二人っきりに。緊張しない方がおかしい。


「来てくれてありがとうございます」

「いえいえ、礼には及びません。で、想いというのは?」

「実は……」


 緊張とテンションが最高潮まで高まる。俺の言葉はもう決まってるぜ、お嬢さん。


「有り金を全部置いていって欲しいのです」

「はっはっは、もちろんですよ」


 フイイイイイイッシュ。――あれ?


「えっ、い、今なんと……」

「だから有り金を全部置いていけって言ってんだよ!」

「ひ、ひい……!」

 

 急に態度が豹変した女の子に俺は怖気づく。その声を合図に物陰から物騒そうな男が二人出てきた。こ、殺される――。


「あ、あの、これ! さ、財布です!」


 俺は九十度にお辞儀をしてカバンの中から財布を差し出した。それを筋骨隆々の男に奪い取られる。


「えーと……。おい、こいつ三十六リラと八十ケントしか持ってねえぞ」

「なんだって? ――しけた旅人だね。おい、カバンの中も調べな」


 女の子のその言葉で、もう一人の百人は殺していそうな雰囲気の男が俺のカバンを奪い取ると、中身を全部ひっくり返した。


「……服と靴だけ。ほーんと、あんたって使えないね」

「す、すみません……」


 なんで俺が謝らないといけないんだ。こんな奴らぶっ飛ばしてやる――、ことも出来ず、俺は腰を折り曲げることしかできなかった。


「まあ、あの可愛いおチビちゃん達に免じて、綺麗な身体のままで帰してやるよ。今度オレと会うときまでにもっと金を貯めておくんだね」

「はい……。善処します……」


 そう言い残すと女の子達は去って行った。俺はこの上ない虚無感を抱きながら小さな二人の所に戻った。


「おかえりー」

「なんか元気ねえな? なんの話だったんだ?」

「お金……、盗られました……」

「んー?」「んー?」


 首を傾げてよくわからないという顔をされた。それもそうだ。俺も今のこの状況を飲み込めていない。正確に言うと飲み込みたくないのだが。


「お金全部盗られたのー?」

「……はい」

「なんで?」

「……わかりません」


 いや、わかっている。俺がバカだったんだ。どこの世界に俺に一目惚れする女の子がいるんだ。二つの世界を経験している俺が言うのだから間違いない。

 それにしてもお金を全部盗られるなんて最悪だ。これからどうすれば良いんだ。まあ、俺には歩けば歩くほどお金が出るという変な加護が付いているから歩けば良い話なのだが。初めて百リラの金貨ももらえたというのに――。

 いや、待てよ。

 あいつらたしか三十六リラと八十ケントしかないって言ってたな。ということは金貨がなかったのだ。金貨は一体どこへ。――その時、俺に電流が走る。

 俺は急いでズボンの右ポケットに手を突っ込んだ。馴染みのある円形の硬い感触を捉える。


「あっ――」


 取り出すと一枚の金貨だった。すなわち百リラ。


「よかったああああああ……」


 俺は力なく喜びの言葉を漏らした。初めての金貨だし大切にしようと思ってとりあえずポケットの奥に入れておいたのだ。おかげで助かったのである。


「お金あったの? 良かったねー」

「歩き疲れたから早く宿屋に行こうぜ」

「はい……」


 俺の心理状態の荒波を理解しているのかしていないのかわからないが、二人はいつも通りだ。三十六リラと八十ケントと財布は盗られたが、あとは無事であったことに安堵しよう。

 そして足を運んだ宿屋の料金は一人七リラだった。残金、七十九リラ。

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