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第5-1話 こわい思いをしよう

 新たに手に入れたボーナスの転移能力についてハーディが丁寧に説明してくれる。


「例えば、ここから二十キロメートル離れた集落に行きたいなーってなって、転移能力を使ったらその集落と今いる位置との半分の距離、十キロメートルの所に一瞬で移動できるのー」

「はあ、す、すごいですね……」

「でも、今のところは一日一回しか使えないから注意してね。説明終わり!」


 ハーディが、バッ! と、小さな両手をあげた。もう何も言うことはないらしい。

 ふむ、行きたい所の半分の距離というのは不便だが、それでも人の力を超えている。それを俺は手に入れてしまったのだ。試しに使ってみたいが一日一回らしいので、また前の町に戻る用事が出来た時にでも使ってみよう。


「なあなあ、早く行こうぜー」

「美味しいご飯食べたーい」


 そろそろ時刻も昼時だろう。これだけ栄えている街なら色々と美味しい食べ物があるはずだ。俺達は街の探索がてら、美味しい飲食店を探しに行き交う人達の中に入っていった。



 この街は坂の上の段々畑のような場所に建てられた建物と、その麓に広がるように無数の建物が並んでいる。見上げると大きな城の存在感に圧倒される。一体どんな人が住んでいるのか気になるところだ。

 街の門から続く石畳の通りを歩いていると大きな広場に出た。広場の真ん中には噴水があり、たくさんの人が行き交っている。

 人が多いので、すぐ迷子になりそうな小さい二人は仲良く手を繋いでいた。俺ともはぐれないように手を繋いで欲しいが、そんな可愛らしいアクションはなく、すぐ後ろをついてくる。

 広場から放射状に道が広がっているが、よくわからないので人通りが多い道に行ってみよう。今の時間帯ならみんな食べ物がある店に行くだろう。

 その理論に基づいて人の流れに乗りながら右の道を進んで行くと、飲食店が連なる繁華街のような場所に到着する。俺の理論が証明された瞬間でもあった。

 屋台などの出店もあるが、椅子に座れてゆっくりできる店の方が良いな。キョロキョロと探していると少し路地を入った所に、喧騒としている繁華街に似合わない、落ち着いた雰囲気を醸し出している喫茶店のような店を見つける。

 あそこにするかと思い、二人に許可を願おうと後ろを振り返ったが――、


「い、いない?」


 一体、どこに行ったんだあのチビっ子達は。俺は来た道を少し戻って人と人の間から二人を探すも見当たらない。完全に迷子である。人数的には二対一なので俺の方が迷子と思われているかもしれないがとにかく迷子である。だから俺とも手を繋ごうと言ってはいないが思っていたのに。


 とにかく、広場の方に戻っているかもしれないので行ってみる。――いない。

 門の所にまで戻っているかもしれないので行ってみる。――いない。

 もう一度喫茶店のあった所まで周辺を捜索しながら行ってみる。――いない。

 どこにもいない。どうしたものか。まだ日は高く、人通りが少なくなる気配は全くない。


 二人はお金を持っていないので、俺抜きにどこかで優雅にランチタイムと洒落込むこともできないはずだ。俺は二人にお金を持たせてなくて良かったと安堵した。

 しかし、いつも生意気な二人だが俺とはぐれて心細くなって泣いているかもしれない。そう思うと心配で堪らなくなってきた。どこかに迷子センターでもないのかこの街は。

 「ハーディ! ガーディ! どこだああああああ!」と心の中で叫びながら辺りを見回す。

 すると――、


「おーい! リュートー!」

「リュートー! どこだー!」


 あの声はもしや。声がした方へ顔を向けるとウサギになった二羽が人々の頭の上から叫んでいる。大声で俺の名前を呼ぶんじゃない、恥ずかしいだろ、という俺の思いは届かず、


「またぼっちになっちゃうよー!」

「足くさリュート! 早く出てこいよー!」


 人々がなんだなんだとざわめき出す。あいつらは、俺に何か恨みでもあるのか。 

 その後、羞恥心を押さえて名乗り出ることにより無事に合流できた。泣きそうだ。



 迷子騒動は終結したので、人間の姿になった二人と共に喫茶店がある路地へと入る。白い石造りの建物だが、扉や窓枠がチョコレートのような色が塗られた木で作られていて小洒落ている。

 趣のある木の扉を開けようと手を伸ばすと勝手に扉が開き、目の前には黒髪の背の高い男が立っていた。肩にはオウムのような緑の鳥が止まっている。怪しさしかない。


「あら? ごめんなさい。――あら?」


 最初の、〝あら?〟は俺が目の前にいたので出た言葉。二回目の〝あら?〟は俺の後ろにいる二人を見ての言葉である。


「あらあらあらー? 可愛い、お嬢ちゃんと坊ちゃんだこと! 天使の輪と角が生えててチャーミングねえ」


 なんだこの人は、おかしいぞ。端整な顔立ちをしているが、明らかに男だ。それなのにこの言葉使い。これがオネエというやつか。


「この子達はあなたの使い魔かしら?」

「えっ? あ、ああ……、ま、まあ、そんなとこです……」

「可愛い使い魔を二人も連れてうらやましいわあ。私のクーちゃんも可愛いけどこの子達も持って帰りたーい」

「は、ははは……」


 苦笑いしかできない。ワインレッドのセーターを着て、腰に刀が納まった黒い鞘を携えた男は、くねくねと体をうねらせている。こわい。


「お兄さん、男なのになんか気持ち悪いよ」

「ねー」


 で、出た! 純粋無垢な子供からの、どストレートな剛速球が。


「あ、あら、なにを言ってるのかしらね。この子達は……、ふふふ」

「いだいだいだいっ!」


 なんで俺が頭を掴まれて握り潰されそうになってるんだ。どう考えてもおかしいだろ、と痛みに悶える。


「でもその刀かっこいいね」

「鳥さんも可愛いー」

「あら、そう? この子はね、私の使い魔のクーちゃんよ。撫でてみる?」

「撫でるー」「撫でるー」


 頭を鷲掴みにしていた手を離してもらえた。すごくズキスキする。男はしゃがんで肩にいる鳥を二人に触らせながら俺に話しかけてきた。


「あなたも旅人? 使い魔を連れているということは、あなたもヴェティアベル帝国の方かしら? でも、使い魔を二人も連れているほどの魔導士なら私も知ってると思うんだけど……」

「えっ? えっと……」


 どうしよう。なんて言えば良いのだろう。俺が色々考えて言いあぐねていると、男は立ち上がって俺の目をじっと見つめてきたが、思わず目をそらしてしまう。


「でも、あなたから魔力を感じないわね。なにか訳ありかしら?」


 この人には高名な魔導士では通用しないようだ。訳ありなのはたしかだけど本当のことを言っても仕方ないし、どうしよう。


「――まあ、いいわ。誰しも秘密の一つや二つ持ってるものよ。私は、ロウ。ここから北の国のヴェティアベル帝国から旅をしてるの。しばらくはこの街にいるつもりだから、またどこかで会ったら一緒にお茶しましょ。そちらのおチビちゃん達にデザート奢っちゃおうかしら!」

「デザートー!」「デザートー!」

「あっ、はい。ぜ、是非……」

「それじゃあね」


 男はにこやかな笑顔で人ごみに紛れて行った。強烈な人だったな。短時間ですごく疲れた。

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