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プロローグ 異世界に飛ばされよう

新連載始めました。

毎日更新していきます。

 澄みきった青空。雲ひとつない青空。天晴れなほどに晴天である。

 そして、今俺はその憎らしいほど晴れ渡った空に近づくためにどこぞの雑居ビルの無機質な階段を一段ずつ登っている。

 とは言え、本当に空に近づきたいのであればもっと高い電波塔に登るなり飛行機にでも乗れば良い。つまり俺は空に近づきたいのではなく、人が落下して死ぬのに十分な高さを必要としている。

 それで選んだのがここ。このビルに面している道は人通りがほとんどないので好きなタイミングで飛び降りることができるだろう。この世の中に呆れ悲観して人生を投げ出そうとしているが、何らかの楽しみを見出して人生を謳歌している人を巻き込む気にはなれない。ただ、ここのビルの資産価値は下がるかもしれないがその辺りは持ち主が上手くやってくれることを願うのみだ。



 登る階段がなくなると、目の前にはどこにでもあるガラス窓の付いた安っぽい扉があった。ドアハンドルを回すと、何の抵抗もなくキイーという音と共に押し開けることができた。屋上の扉に鍵が掛けられていないのはこちらとしては有難い話だが、このまま俺が飛び降りたら責任問題が発生するかもしれない。が、その辺りも持ち主が上手くやってくれることを願うのみだ。

 屋上に出ると自分と同じぐらいの背丈の銀色の柵と、暖かみを一切感じさせないコンクリートの床面に、いつから溜まっているかわからない大きな水たまりがあった。

 風は吹いていないが湿度は低く、太陽の光がぽかぽかと気持ち良い。

 しかし、ここで暢気に日光浴と洒落込んでる暇はない。俺は今からあの柵を飛び越えて、この世の物理法則に従い落下するのだ。

 柵に手を掛けて下を覗き見る。すると、側に駐車しているワンボックスカーが米粒サイズまでとは行かないが、手のひらサイズぐらいにはなっていた。


「さあって、飛ぶとするかな……」


 ここには自分しかいないがなんとなく声に出して呟いてみた。

 ふと、この世の最後の言葉がそれて良いのかという衝動に駆られる。ここは、『人間、八十年――』と、どこかの武将のように何か残した方が良いのだろうかと。しかし、それを聞いてくれる人も、それをしたためる紙も筆もスマホもないのであきらめた。

 それより遺書のような物を残していないことを思い出したが、自分の心中なんぞ誰にも知られたくはないので、別にいいかと瞬時に解決した。特にいじめに遭っているわけでもない。

 ただ、これから人生を歩んで様々な事が起こったとしても、それは既に誰かが歩んだ人生と似ているものだ。幼い頃からテレビや本などでたくさんの経験談を目にし耳にした。だが、そんな他人に伝えるほどの出来事があれば恵まれている方だと思う。

 一般的には、学校を卒業して就職して結婚して子供ができて年老いて死んでいく。そんなもんだろう。そんな分かりきった人生を歩んで何が楽しいのか甚だ疑問だ。言わば、ゲームをプレイする前に攻略本を全部読んでしまっている状態である。確かにその時々には喜怒哀楽は生まれるかもしれないが、そんな感情もすぐに消えてしまう。何事も終わりがあるのだ。なら、今終わらせても変わらない。というわけで飛ぼう。



 柵を乗り越えていよいよ、あと一歩踏み出せば落下する所までやって来た。この国の慣わしとして靴を脱いで揃えるべきかと思ったが、そんなもんには囚われないぜ。俺は俺の道を行くのだ。まあ、その道も途方もない数ほど踏み荒らされてるのだろうけど。

 そして、誰に感謝することもなく、誰に支えられることもなく、俺は何もない宙へと頭から倒れるように落下を始める。地面にぶつかるまで数秒もないだろう。迫る地面。正確には俺が地面に迫っている。



 飛び降りると気絶する、と聞いたがそういうことはなかった。意識ははっきりしているし走馬灯も見なかった。死んだ人が言ったわけではないのだからそれらが嘘だったとしても驚くことはない。目を瞑り、自然の法則に身を任せて滞りなく落ちていたらそろそろ地面だろう。

しかし、なかなか衝撃はこない。代わりに、


『パンパカパーン!』


 と、よくわからない効果音が聞こえた。


『すみません、ちょっと良いですか?』


 落下中に良いわけないだろ! と、心の中で鋭いツッコミをすぐさま入れる。

 ん? 声がした?


『もしもーし』


 しつこい声に仕方なく応じるために目を開けると、そこにはアメジストのような紫色の髪に、飛び降りる前に見た青空のような瞳。そして、それと対をなすかのように、夜に紛れるような黒いコート黒いインナー黒いズボン黒い靴を身に着けた少年が、頭を地面に向けて浮いていた。なんだこいつはと思ったが、頭を地面に向けて浮いているのは俺も同様であった。


「お忙しいところ申し訳ないのですが、アンケートを取らせてもらってもよろしいですか?」

「アンケート?」


 この死ぬ瀬戸際にアンケートとはどこの世間知らずなんだ。 

 いや、この状況を冷静に考えるとこいつは死神な気もする。服装が真っ黒だし。


「何故自殺しようと思ったのか、その動機について教えてもらいたのですがー?」


 きっとこれはあの世に行った時の待遇に関わる話に違いない。真面目に答えないといけない、と緊張が走る。


「え、えっと……。そ、その、この世界に飽きたって言いますか、つまらないと言いますか……」

「ほうほう。それでそれで?」

「そ、それで……? それで、今の状況に至ったわけです……、はい……」

「なるほどー」


 本当にこんなので良いのか。〝なるほどー〟とか言ってるけど本当に理解してもらえたのか。一体、俺の待遇はどうなるんだ。


「いやいや、人間は面白いですねー。そういう理由で自殺するものなんですね」

「あっ、どうですかね……。仲間がいないから……っていうのもあるかもしれません……」

「仲間がいない……? 所謂、ぼっちってやつですね!」


 どこでそんな言葉を覚えたんだこの死神は。確かにその通りだが、言い方っていうものがあるだろ、と憤りを感じざるを得ない。


「ま、まあ、そんなとこですね。へへ……」

「なるほどー」


 く、くそう、死神でなければ殴ってやりたい。


「では、これでアンケートは終了にしますね」

「はや! け、結果の方は、どうなんでしょうか?」

「結果? いやあ、なかなか貴重なご意見を聞くことができました。満足です」

「えっ? じゃなくて……、あの世での待遇については……?」

「あの世? 待遇? ……なんのことでしょうか?」


 一体なんだったんだこの時間は。いや、時間は止まっているようにも感じるけど。


「では、さようならー。……と、普段ならなるところなのですが――、なんと!」

「な、なんと?」

「僕の気まぐれであなたを使った実験をしてみたいと思いまーす! パンパカパーン!」


 いきなりこの死神は何を言ってるんだ。というよりその効果音、口で言ってたのかよ。


「そういえば、まだあなたのお名前を聞いてなかったですね」

「あっ、赤木……、琉斗……、です」

「リュートさん! 覚えましたよー。ではでは、あとはハーディとガーディに任せるので僕はこの辺りで失礼しますね」

「えっ、どういう――」


 突然、世界が真っ暗になった。


「いってらっしゃーい」




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