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夕飯が終わり、調理の残り火を移した暖炉の前で
火が消えるまでに明日の狩りに使う木矢を研ぐ。
燃える木のはぜる音と、風がカタカタと鳴らす木戸の音だけが響く。
だから、外の音にも気づける。
裏の薪置き場の方から、木の崩れるカタカタとした音がした。
「薪泥棒か・・・?バカな狐とかならありがたいけど・・・。」
用心のため、棚ぼたを期待して弓を構えて外に出る。
「・・ツ、クソ!あの足は、人だな。」
小さな薪置き場の戸は挟まった足で閉まりきらず、戸の隙間から綺麗な革の元は光沢のあっただろう黒ブーツの爪先が見えている。
マズイな。いつから居たんだ?
お綺麗な革のブーツが身に付けられるほど裕福な奴、貴族とか上の人間ってことだ。
「めんどくさいことになったな。」
寒い夜空の下に放置もな〰。けど、かかわりたくないな〰、かといって、放置もな〰。
か弱い村人少年Aとしては絡まれて家に入り込まれたり、ましてや変なばっちりは嫌だし、万が一死なれても嫌だし。
「うん、村長呼んでこよう。」
関わると面倒そうな裕福なのの相手は、大人に任せたほうが無難だな。
家の戸締まりを確認して、村長の家に急ぐ。
「あれか?おぉ、確かに高そうな革のブーツだな。良いな、あれなら多少は金にはなりそうだな。」
遠目に革のブーツを見た村長は、幾らかの手間賃位は稼げそうだとみて独り占めに決めたらしい。
「よし。話しかけてみるから、お前は家に入っとれ!」
村長は手に持ったランタンを高くあげて、先にある薪置き場を照らし、革のブーツを確認するとためらいなく戸に近づく。
腕っぷしには定評の樵の村長は、恐れもなく近づいて戸を叩く。
「中の方。村長のイスタムクと申します。お見受けしたところ田舎の山村の寒空の下、難儀なご様子。お力になれるやもしれません。私めに話を聞かせてくださいませんか?」
村長の丁寧な言葉に、はみ出た足をモゾモゾと動かすことで応えとするようだ。
足をしまい、戸を閉め切ってしまった。
答えは、拒否らしい。
多分イラッ!としたんだろうな。
村長は対応を、言葉を返さない相手には問答無用に切り替えたようだ。
「中の人、開けますよ!!」
バキッ!
嫌な音がして、戸が開く。
ぜってー、どっか、壊れたぞあの音!
「大丈夫ですか?暖かい場所に行きましょう。」
抵抗らしい抵抗もせずに村長に抱えられて、薪置き場から引きずり出されたのは、貴族のお坊っちゃまのようだ。
「リク!運ぶから玄関を開けろ!」
「え~!オレの家かよ!」
仕方なく玄関をあけて暖炉の前に通す。
暖炉の火を明かりにして見ると、黒い革のブーツ、薄い青の綺麗な上下の服、乳白色のYシャツ、ボタンにまで飾り彫りがある、間違いなく良い暮らしをしているのが見てとれる。
しかし気になるのは、かなり汚れて傷んだ服に汚れてからんだ銀髪。
怪我をしているらしいが、丁寧に両手の指1本1本の先まで包帯が巻かれている。
その包帯も泥がつき汚れて、所々血が出ている。
「坊っちゃん。何であんなとこにいなすったんですか?」
村長に問われても、怯えたように震えて俯いてしまっている。
「応えてもらえねーなら、この村には置いておけねーですよ?」
汚れた坊っちゃんは、その言葉にギクリとしたよう大きく震えて、しかし、俯いたままだ。
「仕方ねーですね。お役人に引き渡すか、奴隷商人に売るしかないようですな。」
「ま、また・・」
汚れた坊っちゃんが、やけにゆっくりと顔をあげて、大きな目を涙で濡らし、こちらを見る。
「また、僕を売るの?村にいたいの・・。お母さんに会いたいの!お父さんもいないの !何でなの!!なんで、意地悪するの!!」
大きくクリクリした目を涙で濡らし、汚れてからまった銀髪をぐちゃぐちゃに振り乱して、何故?と金切り声をあげて泣き叫ぶ、お父さんお母さんを叫び呼ぶ姿・・・。
「ねーー!!リク!!なんでなの!!!」
遠い子供のある日に連れ去られた幼馴染みが、あの日のままの叫びを今、胸ぐらを掴みすがり付くように自分に向けているのだ。
今?
違うよね・・。ずっと、ずっと叫んでたんだよね?呼んでたんだよね?お母さんを。お父さんを。そして、オレを。
だから、ここに来たんだよね?
「・・ア、アレス?」
判っていて、確認を、名前を呼ばずにいられなかった。
ねー、アレス?その言い方へんだよ。
なんで、子供のまんまなの?
オレは、返事もできず、ただ、ただ、涙が溢れて、動くこともできなかった。
この日、幼馴染みが悲痛に心が壊れてしまう中に居続けていたことを知った。