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No.01 二時間後の世界:03

 チリも積もれば山となる。

 そんなことわざもある。だが、所詮は二時間の積み重ね。由紀はナツの言う通り、二四時間だけ使おうと決めた。

 数にすればあと十二回分。あと十回も占いは出来る。


 少ないのか多いのか、しかし未来がわかるという誘惑は大きく、由紀には抗うことは出来なかった。

 何度も彼のところへと訪れ、未来を知る。


 扉を開けるとただの準備室だったこともあった。だが、たいがい古臭いダサダサの彼の部屋を訪れることが出来た。

 ナツはいつも噴水頭に赤いはんてんを着て、コタツに体をうずめて背を丸めていた。

 たまに青いはんてんを着ていることもあったが、ださい赤ジャージは常に着ていた。よほどのお気に入りなのか、それしか服がないのか。由紀にはわからない。

 一度「趣味が悪い」と忠告してやったが、「あんただって部屋で着てるじゃん」と言われてしまった。図星なので、反論できなかった。



 由紀にとって、高校二年生というのはとても大事な時期だ。

 有名な大学に進学する生徒が多い名門の私立校に通っていたから、なおさらなのだ。

 内申を考え、成績は常に上位をキープしておきたい。テストの前は決まって彼のところを訪れた。

 彼氏と喧嘩すれば、ナツのところへ。仲直りするのを確認して、ほっと一安心する。

 そうこうしている内に、由紀は彼の言う「二四時間」に達してしまったのだった。



「これ以上は止めなよ。まじで」

「お願い! これが最後!」


 今日、ナツのところへ来たのは、やっぱり占いが目的だった。

 由紀は彼氏と近年まれにみる大喧嘩をしてしまったのだ。ささいなことで始まった喧嘩だったから理由なんてもうわからない。

 しかし、別れるか別れないか、そんなところまで発展してしまった。

 由紀の彼はケンカの流れに任せて、「クラスの女子に告られてる」と口走った。由紀と別れるなら、その女と付き合うだけだ、とも。

 由紀は怒りのあまり「好きにすれば」と怒鳴りつけてしまった。

 今更謝ることもできず、後悔だけが胸を覆いつくし、彼がどうしているのか知りたくて仕方ない。

 口八丁で言ったその言葉通り、他の女に走ってしまうのだろうか。

 それとも由紀とやり直してくれるのか――。もし、本当に他の女のところに行くのなら、追いかけるような真似はみっともなくてしたくない。無駄に高いプライドは不安を煽り、占いにすがりついてしまう。


「ナツ君!」

「あのさあ、たった一日って、馬鹿にしてるでしょ?」

「たった一日じゃん! 人生の中のたった一日! いいもん。そのくらい、いらないもん」

「でも、一日だよ。その一日があるかないかで、どんな最後になるか、変わってくるんだよ? 時間は大切にしないといけませんぜ奥さん」

「わかってますわ。お隣の奥さん。これが最後ですってばあ」

「しょうがないわねえ」


 気色悪いオカマ声を出しながら、ナツはコタツの中から水晶を取り出した。赤ん坊の頭ほどの大きさがある水晶は、窓の向こうから差し込む夕日を反射して妖しく光る。 


「なにこれ!」


 水晶に映った映像を見た由紀は、大声で不満を口にした。

 映し出されていたのは、灰色の廊下とその前で立ち尽くす由紀だけだったのだ。

 長くて暗い廊下は闇に飲まれ、どこに続いているのかすらわからない。

 おそらくは学校の廊下なのだろう。廊下の真ん中にのびた白い線だけが、闇に浮いていた。

 

「肝試しでもしに来たのかなあ?」

「これだけじゃあ、わからんねえ」


 ナツも首をかしげてはいるが、こころなしか楽しそうに笑う。由紀はむっとして、口を尖らせた。


「もう1回……はダメよね?」

「イエッサー。社長。女に二言はあっちゃあいけねえや」

「……さっきからあんた、なにキャラなの?」


 コタツの中に、水晶を戻してしまった。もう占いする気は一切ないらしい。孫の手を使ってテレビをつけ、器用にガチャガチャとチャンネルを回している。


「あ、始まっちゃってる」


 くやしそうに歯軋りをして、ナツはテレビにかじりついてしまった。


「って、アンパ○マンかよ! あんた何歳!?」


 ジャ○おじさんが楽しそうにパンを作り、チ○ズが「ウワン」と鳴いている。ナツは小さな子供のようにテレビに釘付けで、由紀の存在なんて忘れてしまったかのようだった。


「もう! 帰る!」


 わざとオーバーリアクションで立ち上がったのに、それでもナツは一切由紀を見ない。


「ナツ君、聞いてる!?」


 頭のてっぺんで結んだ髪の毛を掴み、ひっぱってやったら、やっとナツは由紀を見上げてくれた。


「聞いてなかった」

「はっきり言うな!」


 ナツは飄々としていて、つかみどころがない。まるで雲のような人だと、由紀は思う。


「占いはもうしないにしてもさあ、またここに来てもいい?」


 いい意味で関心を示してくれないナツの態度は、寂しくもあるが心地良くもあった。関心を示してくれないからこそ、何も話さないでいても落ち着ける。居心地が良かった。

 彼が普通の人間だったら……彼に恋をしていたかもしれない。


「あの暗い廊下、怖かったね。あれ、なんなんだろ?」

「大丈夫よー。暗くてこわ〜いものの先には、明るくって楽し〜いものがあるもんなのよ。人生なんてそんなもんさ」


 相変わらずテレビを見入りながら、ナツは独り言のようにつぶやく。

 バ○キンマンが「ばいばいき〜ん」と叫びながら、吹っ飛んでいく映像が見えた。



次の更新は7日を予定しています。


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