No.01 二時間後の世界:02
ナツは口をきゅっと閉めて由紀をじっと見据える。
黒目が大きいその瞳に、由紀は一瞬ときめいてしまった。ただの勘違いだと首を振って否定して、何度かうなずく。
「二時間ね……。まあ一生のうちの二時間なんてたいした時間じゃないし、やってよ。占い」
「後悔しない? その二時間が貴重だったりするよ? 例えば君が事故にあって、死にかけて病院に連れてこられて、あと二時間あれば、親や友達と会えたのに、その二時間が足りないばっかりに君は誰にも会えずに死ぬってこともある。あとは病気にかかって、危篤になって、あと二時間あれば家族が間に合ったってことも。あとは、好きな人に会えるはずが、二時間足りないばっかりに……」
「いや、あのわかったんで。もうたとえ話はいいっす」
真顔のままのナツに苦笑を送る。
なんだか急に二時間が惜しく思えてきた。だが、ナツという男も占いも、信じる方がばからしい。
時間を食べる妖怪なんて聞いたこともないし、ありえない。心の中で否定して、ナツを見つめ返すと、彼は「どうすんのー?」とふ抜けた声を発した。
「いいよ。占ってよ」
「おう。じゃあ、なにを占う?」
そう問われて、天井に目を泳がせて考える。
占ってもらいたいこと。未来のことで、知りたいこと。しかも二時間後に起こりうること。
意外と少ない選択肢に、由紀はうなり声を上げたが、はっと思いついた。
「私が、今から好きな人に告白するとして、どうなってるか!」
「オーケー。まあ、見てな」
ナツが水晶に手をかざすと、水晶の中の虹色がその色味を強め、全体がオーロラのように輝く。
揺らいでいく水晶の奥の妖艶な色合いは部屋を包み込み、空気さえも変えてしまったかのように思えた。
やがて、光は弱まり、由紀の顔がさっきのように映る。
それもまるで水面に石ころが落とされたような波紋を広げて消えていき、その奥に画像がうすぼんやりと見えてきた。
「すっごい……!」
思わず感嘆の言葉が漏れる。
ぼんやりとした映像は、徐々にピントが合わさっていく。目鼻立ちまでわからなくても、水晶の中の人物が由紀自身であることがわかる。
やがて、テレビの画面のように、映像がはっきりと映った。
「って見るんじゃねえ!」
そこに映っていたのは、ナツが着ているような赤ジャージに身を包み、寝転がってせんべいを食べながらテレビを見ている由紀だった。
「高校生なのに、ババくさいねえ」
今現在、同じような格好しているくせにクスクスとナツは笑う。
人のことは笑えないだろ、と叫びたくなる由紀をよそに、ナツは唇も目も三日月の形に変えて、ずっと笑い続ける。嫌味なやつだ。
「なんなのコレ。私の二時間返せよ。まじで」
コタツから身を乗り出し、彼の胸倉をつかんで凄む由紀に向かって、ナツは笑みを絶やさぬまま、「どうどう」と両手を前にやった。
「ちゃんと時間を指定しておけばいいんじゃねーの。一時間後に告白、その一時間後にお返事もらうって手筈を組めばいいんだよ」
「ああ、そっか。……それ、先に言えよ」
「あはははははは」
由紀の剣幕に、ナツはひたすら笑ってごまかす。
由紀の迫力に負けたのか、ナツはもう一度占いを行ってくれた。
再チャレンジとなった占いは、由紀を喜ばせるには充分のものだった。
水晶に映った由紀は、好きな男から「つきあおう」というメールをもらっていたのだ。
ナツと別れた後、占いの通り一時間後に告白、一時間後に返事をもらえるようにした結果、
水晶に映ったままの出来事が由紀の元に訪れたのだった。
顔が自然と綻び、喜びを抱きしめる。
明日、学校に行ったらナツに会ってお礼を言おうと決意する。ナツの占いのおかげで、告白が出来たのだ。彼の言うことはいまいち信じられないし半信半疑のままだが、占いが当たったことは事実。
由紀は、あの不思議な男の言うことを、少しだけ信じることにした。
「今日、英語の小テストだね。勉強してきた?」
「は?」
次の日、登校してすぐ、友達に話しかけられた由紀は、呆然としてしまった。
告白が成功したことに浮かれて、翌日に小テストがあることをすっかり忘れていたのだ。
一夜漬けでやるつもりではあったが、しっかり勉強する気だったのだ。小テストといえど、成績に入る大切なテストだ。
由紀は冷や汗が浮かぶのを必死の笑顔でごまかして、教室から脱け出した。
職員室に向かい、美術の教師のところに走る。
「先生! 美術準備室のカギ、貸してほしいんですけど」
「え? 昨日、忘れ物したって言ったから、貸したじゃない。まだなんか忘れてたの?」
由紀が昨日準備室に行ったのは、美術の授業で使ったイーゼルにシャーペンを置き忘れてしまって、取りに行くためだった。
たかだかシャーペン。けれど、そのシャーペンは好きな人の筆箱からいただいた――つまり無断で盗んだ――ちょっとばかり汚い手段でゲットした宝物だった。
それを取りに行ったのに、シャーペンのことなんか、ナツのせいで吹っ飛んでしまっていた。
教師には、まだ忘れ物をしていたと言ってカギを借り、美術準備室へと急ぐ。
またナツに会えるのか――あの昭和三十年代の部屋は、確かに存在していたのか。急に自分の記憶に自信がなくなって、由紀は逡巡する。
不安と期待を抱きつつ、扉を思い切り押し開く。
「ナツ君!」
彼は昨日と同じ、昭和な部屋でコタツに収まり、グウグウと寝ていた。
「ナツ君! ねえ! 起きてよ! 占いやってほしいの!」
無理やりたたき起こすと、ナツはヨダレをふきながら体を起こした。テーブルにはヨダレの水溜りが出来ていて、由紀は一瞬、「うっ」と身をよじる。
「占いー? やめときなよー。寿命が縮まるよー? チリも積もれば山となるっていうでしょー? 二四時間以上は止めなさーい。時間は大切にしなきゃああかんぜよー」
「わかったからあ。小テストがあるの。それが見たいんだけど……」
「しょうがないねえ」
朝を迎えた部屋に差し込む光で、ナツの目がギラリと光ったことに、由紀は気付かない。
次の更新は年明け1月2日か4日を予定しています。
拙作を手に取ってくださった方に、感謝を込めて。
来年もよろしくお願い致します。
良いお年を!