No.00 プロローグ
「お前は残酷だ。平気でこんなことをする。そのくせ、優しいんだ」
それはいつだったか、あの男が言ったセリフだった。
「あんたは、残酷なくせに、下手に優しい」
それはいつだったか、あの女が言ったセリフだった。
世界は掠れ、消えてゆく。
手の平の中で、幻想の中で。
この世は、残酷で、優しい。
血が滴ったような真っ赤な月の下で、男は笑っていた。
「なあ、知ってる?」
世界は不平等に出来ていて、終わりも始まりもないんだよ。
男はそう言って、目にかかる髪をかき上げた。
「俺は」
黒い髪の下で、猫のような鋭い目が光る。柔らかな唇は歪み、白い歯が光を反射させる。
「お前が大嫌いだ」
夜の冷たい風が、男の首筋をなでて、黒いネクタイを揺らした。
「知ってるか」
寝転がり、空を仰ぐ。散りばめられた星が今にも降り出しそうな広大な空は、男の眼前に広がっていた。
「お前が思うよりもずっと、俺はひどい男だったんだよ」
遠くに視線を投げかける。
何も見えない暗闇の向こう側に、彼にしか見えない何かがあるように。
「さようなら」
黒い革靴が、砂利を蹴り上げる。石のこすれる音がやけに大きく響いた。
***
「ねえ、知ってる?」
教室の片隅で、長い髪を二つに結わえた少女が、したり顔で目の前にいる友人に話しかける。
「よく当たる占い師がいるんだって」
「なにそれ」
「時間と引き換えに、占いをしてくれるんだよ。よく当たるの」
「嘘くせー」
ケラケラと笑われて、少女はわざとらしくむっとした表情を作った。
「ほんとに当たるって話だよ。やってみればわかるよ!」
「時間を引き換えにって、なによ? 黒魔術かっつーの」
「あ、あたしだって、よくは知らないけどさあ」
人知れず広まるその噂を、少女は少し信じていた。だから、友人の馬鹿にした口調がたまらなく悔しい。
「信じてくれなくったっていいもん。あのね、彼は突然現れるんだって」
「へえ?」
友人の口調は、少女を舐めきっている。
「昭和三十年代風の部屋だったり、魔王の居城だったり、おちょー婦人の家だったり、なぜか変な部屋に住んでてね」
「ちょ、その話、おかしくない? どんな占い師!?」
「いや、だって、噂話だからさあ」
話せば話すほど、嘘くささが増していく。
「とにかくね、変な部屋に住んでて、中学の赤いジャージを着てるんだよ」
「どこのおばさん!?」
「え、ええと、男の人だって聞いたけど……」
もはやただの胡散臭い話になってしまった。
「そういう、占い師が、いるんだって……」
少女の声はもう自信をなくし、か細くなっていた。
「なんでも真に受けるのは良くないよ」
友人に肩をはたかれて、少女はがっくりとうなだれた。
噂は噂に過ぎない。
真実なんて、ほんの一握りでしかない。
「あたし、会ったことあるよ」
机に座った少女の肩に手をかけて、笑みを見せるその子は、すらりとした細い足がモデルのようで、彼女たちが通う高校で密かに人気がある女子生徒だった。
「ナツ、でしょ」
「知ってるの!?」
「うん。あたし、占ってもらったことあるもの――」
男は笑う。全てを見透かしたような鈍色の目をわずかに細めて。
「占ってあげようか? あんたの、未来」
隔日くらいで連載していこうと思っています。
次の更新は明日を予定しています。
ご意見ご感想などありましたら、お聞かせいただけると嬉しいです。