清盛入道と鞍馬天狗
「な、なんと!!都へ上洛せよと!?」
ここは伊豆国の北条時政邸、政子の住む屋敷である。
そして五話目にしてやっと初登場の政子の父、北条時政、その人である。
北条家の起源はよくわかっていませんが、桓武平氏の末裔を名乗っておりました。
つまり平清盛と同族、遠い親戚だって事ですね。
・・・あくまでも自称ですが。
さて、この時政という人物、歳は30代後半、中肉中背のゴツッとした体格で、平清盛や源義朝のような宮仕えの武士よりはちょっと品が落ちる感じの、いかにもなガテン系な感じの武将。
「・・・うるさいぞ、お主。」
・・・ああ、すいません。
そんな時政の元に、都の平清盛より上洛を促す書状が届いたのである。
「・・・何の用だろう?何か怒らすようなことしただろうか?」
清盛の書状を前に考え込んでいると
「どうしたんですか?あなた?」
難しい顔で困惑する夫に奥方がそう声を掛けました。
「・・・うむ、都の太政大臣より上洛せよとの書状が参ったのじゃ。」
「あら、どうなすったんでしょうか?もしかして官位をいただけるとか?」
時政は腕を組んで考えてみたが、良いことも悪いことも思い当たる節が全く無い。
「・・・わからん。・・・何か気が重い、行きたくないのう。」
そう言うと溜息をついた。
しかし内心では
「理由はどうあれ、久々の都だぜい!!イヤッッホオオオイ!!おっパブ行って、ピンサロ行って、宿舎にはデリヘルでも呼ぼうか!?」
などとエロ満開の緩んだ表情で妄想していると、両親の会話を聞いていた政子がひょっこり現れて
「とと様、都に行くのか?」
と、たずねる。
すると、時政はキリッとした表情に変わり
「うむ!行きたくは無いが、父の武士としての勤めじゃ。・・・政子はかか様と留守を頼んだぞ。」
威厳を込めた声で、優しく諭すようにそう言う。
すると政子が胸を張り
「よし!あたしも行くぞ。」
そう宣言すると、時政が慌てて
「・・・はあ?いや、いかんいかんいかんぞ!!遊びに行くのでは無い!!・・・ほれ、お前も何とか言わんか!?」
奥方を振り返り、止めさせようと促すと
「あら?良いんじゃ無いですか?・・・都を見せておくのも経験じゃ無いですか。」
そう穏やかに言い返す。
「いやいやいやいや!!止めろよっ!!」
慌てふためく時政に、いぶかしげに
「あなた、何をそんなに狼狽えてるのですか?・・・それとも、政子が行くと何か不都合でもあるんですか?」
「・・・いや、・・・そんな事は無いが。」
「じゃあ、連れて行ってあげなさいな。・・・政子、道中とと様の言う事をよく聞くんですよ。」
政子は絶望的な表情をする父を尻目に敬礼をし
「はい!行って参ります!かか様!」
こうして、政子は愛馬である子馬、豊武に跨がり馬上の人となり、父時政と共に京の都への旅路に発ったのです。
さて数日後、時政一行が京の都に入ると、数ヶ月前に平清盛の屋敷を襲った天狗の噂を耳にする事となりました。
何でもその後、御所近くに雷が落ちたり、幾人かの貴族達が変死体で発見されるといった怪事件まで相次ぎ、きっとその天狗の仕業に違いないんじゃね?とか。
そして、その天狗が都の東北、鞍馬山で目撃されたとか、討伐隊が編成され討伐に向かったが、誰一人生きて帰って来なかったとか。
「とと様!都とは凄いのう?天狗までおるとは!」
政子が眼を丸くして驚くと、時政は高笑いし
「ハハハハハッ!政子よ、天狗などいるはずがあるまい!都市伝説じゃ!・・・いや、良い子にしてなければ天狗が現れて、頭からバリバリ食われてしまうかも知れんぞ!」
そう脅かすと、さらに眼を丸くして
「ほほう、なるほど。・・・悪い子にしてれば天狗に会えるのですな?」
嬉しそうに言うと、時政はガックリと肩を落とし、大いに呆れて
「・・・いや、そうじゃなくて。・・・政子よ、父は宿舎に着き支度を整えたら平家のお屋敷に向かう故、良い子に留守番してるのじゃぞ。」
そう窘められ、政子がちょっとつまらなさそうに返事をする。
「・・・はーい。」
時政が清盛邸に登庁し、奥の間で控えていると清盛が側近を引き連れやって来た。
何と清盛は出家し剃髪姿になっており、時政はそれを見てギョッ!と驚いたが、悟られぬよう表情をこわばらせながら
「こ、こ、こ、これはこれは清盛殿、ご機嫌麗しゅうございます。この度は太政大臣就任おめでとうございまする。」
と、挨拶口上を述べると、清盛はそれを聞いてニヤッとしながら、側近に耳打ちをしました。
「うむ、大義である。お世辞は良いから頭を上げられよ。と申されております。」
と、側近が言い伝える。
時政は頭を上げながら、不思議に思った。
「・・・おや?こんなに物静かな方だったか?非常に雄弁で饒舌な方とお聞きしておったが。」
清盛が側近にすかさず耳打ちをし
「ちょっと訳あって声が枯れてる故の非礼、許されよ。と申されております。」
時政は心を見透かされたと驚き
「ははっ!とんでもございませぬ!」
と再度平伏して答える。
そう、清盛は先だっての天狗に身をやつした為朝の襲来により、恐怖でまた声が枯れてしまったのだった。
しかも、天狗の脅迫文を真に受け、天狗の正体は義朝の霊だと信じ込んでしまった清盛は、常磐御前とその和子達の身柄を貴族の一条家の元へ移し、義朝の霊を慰めるため自らも出家してしまいました。
清盛は側近に耳打ちして
「早速だが、お主より源氏の落ち武者の捕縛の報告が無かったが、お主の領内に潜伏した怪しい者はいなかったのか?と申されております。」
それを聞いて時政は慌てて平伏し
「はっ!・・・我が領内にて先頃の戦の敗残兵らしき者が侵入したとの情報はございませんでした。」
と申し開きをしました。
・・・実はあなたの娘がA級戦犯を匿っていましたけどね。
それを聞き、清盛はちょっと疑わしい表情をしながら、側近に耳打ちして
「・・・ふむ、そうか。何せお主の所領より東に抜ければ、源氏の息の掛かった者達の所領となる。・・・儂が落ち武者なら当然そちらを目指すはずだがな。と申されております。」
「はっ!今後も厳重に取り締まります故ご安心を!」
それを聞いて清盛は表情をちょっと緩めて
「期待しておるぞ。と申されております。」
「はっ!」
すると、清盛は手を打ち侍女に膳を持たせると時政に一献注ぎ、側近に耳打ちして
「ところで伊東祐親を存じておるか?と申されております。」
伊東祐親とは、時政の所領である伊豆の東に隣接する伊東に居を構える豪族で、時政の奥方の父親であった。
「はっ!祐親殿は我が姑ですので懇意にしております。・・・それが何か?」
清盛は神妙な表情で側近に耳打ちをし、側近も小声で
「これより言う事はトップシークレットである。これよりお主の所領へ戻る際、伊東の元へ寄って欲しい。そしてある者を受け取って欲しいのじゃ。と申されております。」
時政は怪訝そうな表情で
「・・・物、・・・ですか?」
と問い返すと、清盛は側近に耳打ちして
「そう、者じゃ。と申されております。」
「・・・はあ。」
時政も合点がいかぬ表情で答えると、清盛はにこやかに時政の緊張をほぐすかの様に
「まあ、詳しくは伊東から直に聞いてくれ。・・・さあ、飲みなされ飲みなされ。と申されております。」
そして時政が清盛邸へ行っている間、宿舎での留守をきつく命じられていた政子だったが
「・・・超退屈なんだけどおおおぉぉぉ!!!」
すると政子の目付を命じられ、一緒に留守番をしている若い家人が苦笑いしながら
「我慢なさって下さい政子様。お父上が安心してお勤め出来るように良い子で待っていて下さい。」
そう窘めると、政子は頬をプーッと膨らませて
「だってさ、初めての京の都だぞえ?お前も観光に出掛けたいだろ?・・・ほら、ガイドブックにも載ってる!清水寺に!平等院鳳凰堂に!金閣寺!」
「・・・清水寺と平等院鳳凰堂はともかく、金閣寺はまだ無いでしょう。」
「そしてお昼ご飯はたけしのカレーショップでカレーを食べるのじゃ!」
「政子様、それもまだ無いですよ。・・・って言うか、もう無いと言いますか。」
確かにもう無いですね、2018年現在。
「フンッ!お外に出れないんなら、お昼寝しちゃうわよ!・・・止めても無駄だからね!」
若い家人は満面の笑みで
「いえ、止めません。むしろそうしていただいた方が助かります。」
そう答えると、政子はブーーーッ!!っと頬を膨らませ
「フンッ!」
っと言い、襖をバンッ!と乱暴に閉め、奥の部屋に籠もってしまいました。
奥の部屋が静かになり、半刻ほど経った頃、若い家人はちょっとだけ襖を開き、布団に包まって寝ている人影を確認し
「お、大人しくお昼寝されてるな。・・・やっと自由時間が出来たでござる。」
と、ニコニコしながら風物詩シリーズのプラモデルを取り出し、組み立て始めたのでした。
・・・その頃、宿舎の近くの土産物屋の店先に政子の愛馬の豊武が繋がれており、その店中では「新撰組」と掘られた木刀を購入している政子の姿がありました。
・・・あれ?
土産物屋で木刀を購入した政子は愛馬の豊武に跨がり、土産物屋で場所を聞いた、鞍馬山に向かっていました。
「豊武はここで待ってるんだよ!」
山の麓の木に豊武の手綱を結び頭を撫でながらそう言うと、両脇に鬱蒼と木々の生い茂る長い階段を登って行きました。
そして頂上近くの人気の無いお寺の境内に辿り着くと、辺りをキョロキョロ見回し、スゥーッと息を吸い込み
「天狗さあああああぁぁぁぁぁん!!!!!出て来おおおおおぉぉぉぉぉい!!!!!」
と、大声で叫びましたが、政子の声が虚しく響くだけで何の反応もありません。
「チェッ!天狗がいるなんてガセかのう?せっかくたけしのカレーショップ我慢して会いに来てやったのに。・・・もうっ!」
そして続け様に
「お前の母ちゃん、出えええええぇぇぇぇぇべそおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
と、怒りの叫びを発すると、奥の寺の社殿の屋根の上から、巨大な物体が勢い良く飛び出し政子の目の前にドスンッ!!!と凄まじい砂埃を立て落ちてきました。
モクモクと立ちこめる砂埃の中、すっと立ち上がったその姿は見上げるような巨躯、そして鮮血を浴びたような深紅の顔、その真ん中には異形の長い鼻、・・・天狗だ!
「・・・誰の母上が出べそだってえええぇぇぇ!?」
流石の政子も、驚きのあまり一瞬息を飲んだが、そもそも鋼鉄のハートを持って生まれた政子、すぐに持って来た木刀を構え、
「・・・うわっ!出た!天狗だ!?・・・いざ尋常に勝負、勝負うっ!!」
と、大見得を切る。
すると、政子を怒りの表情で見下ろしていた天狗が、表情は全く変えずに
「・・・何だ、誰かと思ったら、政子かよ。」
と、予想だにしなかった一言を放つ。
「・・・何であたしの名前を知っておるんじゃ?・・・あたしは天狗の知り合いはおらんぞ?」
「俺だ、俺。」
その異形の顔を指さしてアピールするが、
「俺って言われてもわからん、新手の俺俺詐欺か?」
政子は天狗面に見覚えがありません。
「ああ、そうか、すまんすまん。・・・よっと。」
そう言い天狗がその猛々しい鼻に手を掛け引き上げると、その天狗の顔の下から政子も見知った為朝の笑顔が現れた。
「おお!!何じゃ!!はちではないか!?はちが天狗を詐称してたのか?」
「・・・詐称って。つうか、何でお前は天狗を探しに来たんだ?木刀なんぞ持って、恐ろしくないのか?」
政子が木刀を肩に背負って
「天狗を退治して家来にしようと思ったのじゃ。」
そう言い放つと、為朝は苦笑いしながら
「相変わらずじゃのう。天狗を家来にしようなどと考える奴に初めて会ったわ。」
政子と初めて会ったあの日を懐かしんでいるかのよう。
「・・・初めてじゃ無かろう。あたしとはもう何度も会っておろう。・・・で、何ではちは天狗に化けておったのじゃ?」
「俺か?俺はまあ都ではちょっとした有名人でな、それで騒がれると嫌で変装をしておったのだ。」
「ふーん、はちは芸能人だったのか?」
「・・・まあそんなところだ。」
嘘をつけ、嘘を。
「そうか、・・・武芸が達者なホームレスだと思ってたぞ。」
「・・・ホームレスって。」
まあ、確かに頭領が殺され、その子供達も散り散りの源氏の武士達は、ある意味ホームレスっちゃホームレスですな。
政子は、ふと都で耳にした恐ろしい天狗の噂を思い出しました。
「・・・そう言えば!天狗が都で平家の屋敷を襲ったり、雷を落としたり、貴族さんを引き裂いて殺したりしたって噂を耳にしたが、・・・まさか、はちの仕業か?」
「・・・・・。」
為朝が頭を掻いて無言で空とぼけていると
「黙っているとは、はちの仕業だったのじゃな?・・・何でそんな鬼畜のような振る舞いを?」
政子が今にも泣き出しそうな真剣な表情で為朝に詰め寄ると、為朝は観念したように
「・・・わかったわかった。言うよ。・・・平家の屋敷を襲ったのは確かに俺だ。それは認める。大事な物を守るためにやったことだ。」
「・・・・・。」
政子が涙ぐんで唇を噛みしめると、為朝が慌てて
「待て待て待て待て!それ以外は俺じゃねえって!確かに俺は戦で数え切れないぐらいの敵をぶっ殺して来たが、それは敵だからだ。無抵抗の貴族なんて殺さんぞ。そんなもん敵じゃねえ。武家としての誇りだ。」
「・・・ホントか?」
政子が泣きモードを持ち直してたずねると
「ホントにホント、マジのガチだぜ。・・・それに雷を落とすなんて、ガキの頃からナリがデカくて化け物呼ばわりはされてたが、ガチでそんな化け物みてえな真似出来るかよ。」
それを聞いて政子は着物の袖で、その眼に染み出た液体を拭き取ると、ニッコリしながら
「・・・そうか!あたしははちを信じるぞ!・・・それはともかく、はちが武士じゃったとは。驚きじゃ!」
そう言うと、為朝もホッとしたような笑顔で
「俺を何だと思ってたんだよ?」
と、たずねると
「熊みたいにでかいホームレス。」
間髪入れず政子が答える。
「・・・結局、ホームレスかよ。」
「ところで、はちはまだ都におるのか?伊豆には戻って来んのか?」
政子がそうたずねると為朝はちょっと政子に遠慮がちな表情で
「うむ、・・・新たな所用が出来てな。甥っ子に武芸を教えているんだ。・・・政子ほどじゃないが、なかなか筋の良い子だ。」
それを聞き、政子は残念そうな表情で
「そうなのか、つまらんのう。・・・まあそれがはちのやりたい事ならしかたないのう。」
そう健気に答える。
為朝はその大きな手で政子の頭を撫でながら
「すまねえな。・・・おっと噂をすれば何とやらだな。俺は天狗としてミステリアスに登場しなくちゃいけねえから、隠れるぜ。・・・じゃあまたな。」
そう言うと、為朝は天狗面をかぶりなおし杜の木々の中へと姿を消して行った。
「はち!また会おうぞ!」
政子は為朝が姿を消した方に手を振り、別れを告げました。
すると下の方から階段を駆け上がってくる小さな足音が聞こえて来ました。
後ろ髪を引かれる思いを振り払って、政子が階段を下っていくと、小さな少年がハアハア息を切らせながら階段を駆け上がって来ました。
政子がその少年に
「・・・少年、どこへ行かれるのかな?」
と声を掛けると、少年は足を止めて息を整え
「はい!・・・えーっと、・・・天狗のお師匠さんのところに修練に行くなんて、絶対に内緒です!」
・・・思いっきり言ってるがな。
もしかしてアホの子かな?
「そうか、少年、名は何と申される?」
「はい!私は牛若と申します!」
政子は少年の無邪気な笑顔を見て、為朝がこの少年に入れ込む理由がちょっとわかりました。
「そうか、牛若殿。修練に励みなされよ!」
「はい!」
そう、はきはきと返事をし、ペコリとお辞儀をすると、牛若は嬉しそうに階段を駆け上って行きました。
その背中を見送り下山した政子も、豊武の背中に跨がり、都に戻って行きました。